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61.古き戦場の終わり、届かぬムラサメの言葉

城付近まで戻り、匠作が大将首を掲げると戦は幕を閉じた。敵味方共にいる戦場で高々と首を見せると、武将たちが退却を支持して攻撃側は退却。

漆紀は匠作の案内のもと城内へと問題なく招かれた。

(さて、殿様と会えたとして……真正面から殺せるのか? 殺った後は? どうすんだよ……逃げれるかなあ?)

問題はそこである。

今現在、漆紀は匠作に連れられて本丸館の廊下を歩いている。

(どうすんかなぁ。最悪その場で曲者ーって殺されても、大将である殿様殺れれば……よし、死ぬ覚悟またすっか)

またやり直せばいいだけ。

死に対する重さや受け止め方が明らかに歪んで来ているとも自覚するが、ある程度の恐怖は戦う上で邪魔だと実感もしている。

(さて、状況整理。今、俺の手元に村雨はない。首飾りはあるけど……上半身は裸のまま。これ失礼に当たらない? 殿さまに会った瞬間、服装無礼で切腹言われねぇ?)

城主に会うというのに、はしたない恰好でよいものか。とはいえ匠作が何の文句も言わぬのならば問題ないのだろうが、漆紀には細事も心配であった。

(腰には、敵の足軽が装備してたままの刀が二本か。とにかく、今回は匠作と敵対せずに城に忍び込めたんだ。もし匠作を倒すなら方法は……城の殿様を殺して、その死体を盾にして隙を作る。もうこれしかねえ)

漆紀は使い慣れた村雨はなく、敵兵が付けていた銘も知らぬ打刀と脇差の二本を腰に差していた。少々不安だが、もうあとには退けない。

「童ぁ、はしたない恰好だが大将首を結城殿に見せるのが先じゃ。その恰好の無礼も構わぬ」

「はっ」

「ほれ、もうそろそろ結城殿の館じゃ」

廊下を抜け、長い縁側を歩くと襖が大きく開かれている部屋が見える。

(あの部屋が殿様と会う場所なのか……ああいうのが広間とか御殿とかって言うのか?)

匠作が「殿」と一言声をかけてから部屋の畳に右膝をついてかしづく。漆紀も見よう見真似で畳の上でかしづく。

「戻ったか。面を上げい。大将首と聞いたが……そこの童は……」

「結城殿、この童が上条上杉清方を討ちもうした。この報を急くべく、無礼を承知でこの恰好で童も連れて参った次第……」

漆紀が殿様の方を見ると、部屋の状況がわかった。

まず上座の方には四十代前半ほどの男が座していた。殿様ゆえか贅沢な食事を食っているようで、小太りで肥えた体つきであった。とはいえ大軍で攻められた心労が積み重なり、目に隈が出来て気怠げであった。

そして上座にいる殿様の近くには漆紀より年下の少年、小姓が居た。小姓は鞘に納まった太刀を畳の上に立てていた。

そのほか護衛の家臣などは部屋の中にいない。

「そうか、ならば構わぬ。さて、上条上杉……兵庫頭(ひょうごのかみ)の首を見せよ」

「はっ。ほれ、童ぁ。首を出せ」

「はい」

すぐさま漆紀は後ろの腰にぶら下げた大将首を両手で持ち、ゆっくりと殿様に近付く。

「ん~? 首が良く見えん、もう少し近う寄れ」

「はっ」

漆紀にとっては好都合であった。一歩ずつ着実に殿様の傍へと近付く。

「殿様、よくご覧ください。この首を……」

「お……おお、おおう! そ、それは……間違いなく、確かに、兵庫頭の……!!」

漆紀が殿様との距離、わずか2mに入った瞬間。

「ッ!!」

漆紀は首から手を放し、かつて時代劇で見た居合抜きを見よう見まねでやってみる。大きく踏み込んで殿様の懐へと飛び入り、腰に差した打刀を迸らせる。

達人ほどの力量ではないが、刀を引き抜く動作に1秒も掛からない。

「お?」

漆紀が動いて1秒足らず、殿様は間の抜けた一声を出す。

一声出し終えた瞬間に、漆紀の振るった打刀が殿様の首筋に届いた。名刀でもない銘すら知らぬ打刀の刃が、皮、肉、血管を切り裂く。

(殺った)

殿様の首筋を深々切り裂くと、一気に血が噴き出し畳を汚す。それだけでは不安に思った漆紀は、打刀を振り上げてから殿様にもう一撃見舞う。

「がふっ!?」

右肩から左腰へと打刀で切り裂き、漆紀は袈裟斬りを成功させた。

漆紀が打刀を抜いてから袈裟斬りに至るまで、3秒ほど。素早い行動。この素早さは何も深く考えていない普段の漆紀では出来ない芸当。

漆紀は無意識に、己が殿様を斬るまでの動きを頭の中で反復していた。その反復は一種の暗示効果を成し、漆紀はこの素早さに至ったのだ、

「何をやっておるかぁ童ああぁぁぁっ!!」

あまりの出来事で体が固まっていたが、ここでようやく匠作が漆紀へと怒号をぶつける。

殿様のすぐそばの小姓はというと、殿様が斬られ今度は自分ではないかと恐怖して不忠にも逃げ出して行った。

「なんだよ、この大将殺しても現実に戻れねぇのか……って事は、やっぱり将って……あんたか?」

「無礼、非道千万ぞ。童ぁ!!」

「あんたナニモンだ? 明らかに、この戦場で一番強そうな侍じゃないか。本陣で次々に敵を斬り倒してたし。俺が倒すべき将って、あんたなのか? 名乗り上げろよ」

殿様を殺され怒り心頭の匠作だが、腰の打刀を抜いて刃先を漆紀に向けながら答えた。

「我が名は大塚匠作、足利家近習なり。兵庫頭を討ったかと思えば、主家のお味方たる結城氏朝殿を討つという狂人ぶり……悪鬼羅刹め! 両陣営大将を討つなど、あやかしの類いしか有り得ぬ所業よ!!」

これまた時代劇でしか聞かぬ口上を言われ、漆紀は笑いすら浮かび上がってくる。

「結局あんた倒さないとダメなのかよ」

「てえぇぇぁあああああ!!」

匠作が漆紀目掛けて真っ直ぐ駆け距離を詰めてくる。

(まともに当たるな、刀を合わせれば押し切られる。今出来る対処法、なんでも使うなら!)

なんでも使う、その考えの漆紀が辿り着いた対処法はまず一つ。

「斬れるか?」

漆紀は姿勢を低くしながら殿様の死体の背後に回ると、精一杯の力で掴んで死体を上げて盾にする。

「結城殿の亡骸をっ!!」

これが雑兵の死体であればなんともなかったであろうが、漆紀が盾にしたのは城主の死体。これにはさすがの匠作も一瞬躊躇うが、匠作は殿様の死体ごと漆紀を斬ろうと刀を振るう。

(ここしかない!)

殿様の死体で匠作の一撃を防ぐ。一瞬でも躊躇いが生じたせいか、匠作の一刀は力不足で漆紀の身までは切り裂けなかった。

殿様の死体という心理的にも最上級の盾。これ以上ない匠作の動揺。漆紀が匠作を崩せる小手先があるとすればこれしかなかったのだ。

死体を盾にした状態で攻撃するには、打刀は扱いにくい。そう感じた漆紀は右手にある打刀を放し、即座に腰に差した脇差を抜き。

「ッらぁあ!!」

下段から匠作の首の真ん中、すなわち喉へと脇差の切っ先を突き上げた。

「がぁっ!?」

とはいえ強者たる匠作が何の抵抗もなくそのまま漆紀の攻撃を受けるわけではなかった。漆紀の動きを見て、避ける事をしたが間に合わなかった。

漆紀の狙いである喉には当たらなかったが、喉のすぐ横あたりに脇差が刺さったのだ。

(やった、首を刺した! もうコイツは)

勝てるイメーージが一向に湧かなかった匠作相手に、致命傷を負わせる事に成功した。見事に首へと脇差を突き刺してやった。

その喜びのあまり漆紀は忘れてしまっていた。この時代の侍達は、悪あがきをする。根性論で動いており、致命傷を負っても死ぬまでに抵抗を見せる事を。

匠作は首に脇差を刺したまま、一歩引いて上体を反らす。匠作の動きによって脇差の柄は漆紀の手からすり抜け、漆紀は空手になってしまう。

「悪鬼めがああぁぁぁぁっ!!」

首に脇差が刺さっているというのに、匠作は雷鳴のように鬼気気迫溢れん怒号を上げる。

打刀を上段に構えて振るい、漆紀を真っ二つにしようとする。

(そうだった)

侍は根性論の生き物。致命傷を負っても戦い続ける。

すでに打刀は畳に落とした。今更拾う時間はない。脇差は匠作の首に刺して手元にない。

空手となった漆紀は、魔法が使えないにも関わらず無意識のままにこう叫んだ。

「ムラサメええぇぇぇぇ!!」

その場にないはずの、城外の敵陣に置いてきてしまった妖刀村雨が、霧と共に漆紀の右手に現れた。

「ッ!?」

その刀身を見て匠作は一瞬固まる。漆紀は「魔法が使えないのになぜ村雨を取り出せるのか」といった疑問などもはやどうでもよかった。その疑問は押し殺し、眼前の匠作を殺すべく村雨を真っ直ぐに突き出した。

「ごえぇッ!?」

村雨は見事にも匠作の喉に刺さり、刀身は首を貫いた。うなじからは刀身が抜け、まさしく串刺し。

「はっ……はぁっ」

瞬きのごとき時間での出来事。漆紀は詰まった息遣いで二呼吸おき、固まったままの匠作から村雨を引き抜くと共に腹を蹴って後ろへと放す。

「ごぶっ……が……」

匠作は上段に構えていた打刀を落とし、自分の首を両手で押さえながら後方に一歩一歩下がる。

漆紀は村雨から水を出そうとしてみるが、相変わらず水は出ない。恐らくは水の放出や回復については使えないのみで、刀の村雨を自由に呼び出す事は出来るのだろう。

今更ながらそれに気付いたが、既に戦いは終わった。

(やった……勝ちだ……コイツで条件満たせてなかったら、もうどうすりゃいいかわかんねぇぞ)

「はっ……ひゅーっ……」

首を押さえて苦悶の表情を浮かべつつも、匠作は漆紀の方を見て口を開く。

「はは……そうか、そうか。喉を貫かれて話せるとは……ははは、儂はそうか。わかったぞ」

「ッ!?」

喉を貫いたというのに、匠作は声を出している。それどころか先程までの鋭き刀のような眼光と眉間に寄せた皺はなくなっていた。漆紀はこの事実に得も知れぬ警戒心を抱く。

「力では儂ら侍に勝てぬ……ゆえになんでも……なんでも使ったか。はは」

匠作は声を出す度に首から夥しい量の血を噴き出して畳を汚しながら話す。

「思い出してきた……なぜ童が村雨丸を持っておるか……ああ、そうだ。上条上杉の清方を、かように痛快に討てた歴史など、ありはせんのだ。ははっ……これは夢。そうかそうか、儂はとうに死んでおるのか。この戦も、とうの昔に負けておるではないか」

重要な何かを思い出したのか、匠作は朗らかな笑みを浮かべてそう言い始める。

「何を言ってる」

「童、その村雨。大切にせよ。今の儂も、村雨が見せる霧露に過ぎん。確かに儂は居た。だがもう死んだ……童の生きる時代より、何百年も前に」

「……」

「お前は将を討ち、村雨の持ち主の一人たる儂を討った。よくやった」

「持ち主……だったのか?」

「わずかな時だがなぁ……ほれ、首を刺されたというのに。平然と話せる……儂は死人よ。この戦場の者はみな死人よ。今人よ、これは村雨の過去じゃ。その夢じゃ」

「ムラサメの過去?」

「さて、儂はそろそろ消えるか。庭を見よ、全てはあの娘が知ること」

「え?」

匠作は左腕を伸ばして真横にある庭を人差し指で示す。

漆紀が庭の方を見ると、庭にはいつの間にか霧が立ち込めていた。

「これは、ムラサメか?」

「来るぞ。あの娘が……ではな」

「おい、あっ」

漆紀が匠作の方をもう一度見ると、いつの間にか姿を消していた。足音もなく、最初からそこに居なかったかの様に。

「やっと」

庭の方から聞きなれた声がした。庭の方を再度見ると、とても神秘的な気配を漂わせる尊い少女が居た。白基調の衣の所々に赤色の細線が入った、どこか現代に繋がる巫女服を想起させる衣服であった。しかし普通の巫女服と決定的に違うのは袖や首回りや縁に竜の意匠が縫われている所だろうか。

忘れもしない姿。

漆紀が夜露死苦隊との戦いで瀕死に陥った際に会った少女・ムラサメ当人であった。

それを見た時、漆紀は抑えていたもの、たった今でさえ抑えようとしている激情が溢れていく。拳を固く握って、足を地に固定し、唇を強く噛み締めても、その衝動は抑えられなかった。

「ム……」

ムラサメと呼ぼうとしたが、その声が出ない。発する事が出来ない。

「忘れたの? ここでは……私の前では、真名しか名乗れない。真名しか呼べない。だから、いつもの呼び名なら使えない」

平然とそう忠告するムラサメだが、漆紀は抑えられぬ衝動のまま言い放った。

「……俺を、なんでこんな場所に連れて来たんだよ! オイっ!!」

「弱いから」

「そんなの……そんなの嫌ってほどわかッたよ! いい加減に俺を現実に戻せ!! 何回死んだと思ってんだ、クソ痛えんだぞっっ!!」

「竜理教を相手にするなら、この先更なる苦痛が待っている。慣れた方が」

「悪趣味だって言ってんだよ! 方法が、悪趣味で、最低だ!! 頭潰されるし首斬られるしよ!!」

「……ごめんなさい」

漆紀は無言で激情だけを露わにしてムラサメに歩み寄ると、その胸倉を掴む。

「いいかムラサメ、今回みたいな荒治療……何の説明もなくやってんじゃねえぞ。そしてこれも言っておく……なにがあろうと俺は必ずこの手で宮田の首をとる。わかったな?」

「あなたこそ、わかってる? 竜化が可能になった今、竜化を何度も続けていれば……そのうち体が本当に竜のそれになっていく。そんな姿になったら、あなたの生きる現代でマトモに生きれると思う?」

「父さんは正しかったな。とんでもない地雷だよ、お前……」

「あなたはまだ判断力が足りない。私に言っても仕方ないというのに」

「……」

ムラサメの体が突如として霧と化して掻き消え、その直後に漆紀の背後で霧がムラサメの姿となった。

「もう話す事がないなら、戻すから」

「待て」

現実に戻る前に、漆紀はムラサメに問い質したい事があった。

「お前は……誰なんだよ。色々隠してんだろ、お前。教えろよ、竜王の力……お前の隠し事をよ」

ムラサメは漆紀の方を振り向くと、気怠げに言った。


「私は●●●●●と呼ばれた。竜理教の×××―――――の者」


「え? あ? なんて、聞き取れねぇよ。今の、なんて」

「あぁ……やっぱり"聞こえない様になっている"んだ……じゃあ、あなたが私の正体を知る日は、まだ遠い」

そう言うとムラサメが霧を放って拡散させ、庭や館、城、城外に至るまで全てが霧に包まれた。霧と自分の体の境目すら分からなくなっていき、やがては意識すら霧のように朧げなものになっていった。

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