55.考えを絞るな、全て使え
槍投げ開始から2週間ほど。
「おらっ!!」
漆紀が甲冑姿の侍へと槍を投げ、その刃先は見事に侍の首筋に突き刺さった。
「ごふっ……がっ」
「やっと……やっと、やっとこさ……ああ!」
2週間でようやくマトモに狙い通りに投げた槍が当たるようになった。普通の槍投げ選手は命のやり取りの中で槍を投げるわけではないし、練習時間も決まっている。
しかし漆紀には選手達とは違い、異常な成長環境が設けられている。それは時間の概念すらあるのかないのかわからぬ戦場の世界である。24時間、いつも戦っている。
この戦場が、短い時間で漆紀の槍投げ技術を成長させた。40m先や50m先の敵にまで槍を当てられるような名人や達人とまではいかないが、20m以内の距離ならば、狙い当てられるようになった。
とはいえ、槍投げだけでこの先戦い抜けるわけでもない。
現に一つの問題がある。それは、この戦場では体が成長しないことだ。四六時中戦い続けて体を動かしているのに、漆紀の体に変化がない。具体的に言うと、筋肉量が増えていない。
おそらくはフェリーで意識を失った時の体のままなのだろう。筋肉が育たないため、いつまで経っても侍と刀によるマトモな勝負には持ち込めない。
「痛てっ!?」
槍を投げた隙を突いて弓兵がどこからか射たのだ。その結果、漆紀の右肩には矢が刺さり、鋭く突き抜ける痛みが傷口から広がる。
(やっぱり弓矢で撃たれるのがつらいな。槍は緊急用、弓で遠くから撃って殺すのが一番だな……)
次の目標は決まった。これまた違う武器ではあるが、敵の間合いの範囲外から一方的に攻撃する点においては弓と槍投げの優位性に差はないはずだ。
(一旦どこかで死なないとな。この肩じゃ弓矢の練習出来ねぇ)
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弓矢を始めて1日目
(これが弓かぁ。弓道部が持ってるやつと大体同じデカさだなぁ。構えづれぇ、えっと……矢をつがえて、こんな感じかぁ?)
なんとなくで弓の弦に矢をつがえてひっぱり狙いを定める。
(とりあえず射ってみっか)
そう思い近くの足軽に向けて矢を放つが。
「痛ってェええ!!」
はね返った弓の弦が手首に当たり切ってしまう。手首の傷口からドクドクと血が流れ、漆紀はさながらリストカットを経験した気分になる。
(手首痛ぇ、弓持てねぇじゃねえか。どういう風にはねた? よく見えなかった。どう避けりゃしっかり矢を射れるんだろ。見よう見まねでやってくしかねえか)
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弓矢を始めて3日目。
(殺した弓兵の甲冑……弓道部の連中が付けてた防具に似てるな)
漆紀がそう思ったのは、弓兵が身に着ける胸当てと籠手に対してである。
(これ、ひょっとして弓矢やる時に絶対に要る防具だったりするのか?)
漆紀は弓道の「き」の字も知らないド素人である。弓で矢を放つのに必要な装備があることすら知らないし、気付かなかった。
(これ身ぐるみ剥いで……頼むから今の俺を狙うなよ)
周囲で戦う足軽兵や侍たちをチラと見つつそう願う。
殺した弓兵から速やかに胸当てと籠手を奪うと、それを装備して弓に矢をつがえて構える。
(よーし、やってみっか)
侍を狙って矢を放った瞬間、いつも通り弦が手首にぶち当たる。しかし籠手を装備しているため、手首を切ったり強打する事はなかった。
(やっぱり装備が必要なのか弓は……もっと頭使わなきゃなぁ)
矢は侍にも足軽兵にも当たらず、地面に突き刺さった。
(こりゃ、槍投げより苦労しそうだ)
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弓矢を始めて1週間目。
「クソっ!」
向かって来る足軽兵へと矢を放ったものの、急所を逸れて左肩に刺さった。足軽兵は足を止めず、他の仲間達と共に漆紀へと長槍を振るって来る。
「危なっ!」
弓を手放してすぐさま真横に転がり込むことで長槍による総叩きを避けるが、足軽兵達は足を止めない。
「うぅぅうおぉぶぇええええぇぇぇえええええ!!!」
足軽達へと小手先として吐瀉物をぶちまけた。見事に足軽達の顔面へと吐瀉物がかかり、彼らは悶絶する。そして悶絶した足軽3人へ村雨を振るって斬り捨てていく。
(足軽は問題ない。そう、こいつらはどうとでもなる。槍投げだけじゃなく、弓も練習してるのはこいつらが理由じゃない。侍の連中だ)
漆紀が頭を悩ましているのは、甲冑を着た侍だ。侍は相手が一人ならば、小手先だけでなく槍投げといった遠距離攻撃も駆使すれば十分に戦える。
しかし、最終目標は大将首なのだ。将は必ず大勢の侍に囲まれ守られているのだ。もしムラサメの「将を討って」という言葉通りならば、侍一人を簡単に倒せるほど強くならねばなるまい。
(まだだめだ。こんなんじゃ足りない。もっと頭を働かせろ、全て戦うためだけに使え。そう、なんでも……なんでも使うんだ)




