52.掻頸、死の安寧
「はっ!?」
再び先程と同じくどこか分からぬ雨天の戦場に立っていた。右手には村雨があり、足軽兵達や甲冑姿の侍が激しく討ち合っていた。
「何回……これから何回死ぬんだよクソ!! テメぇらが死ね!!」
そもそも人間が死を経験するのは本来たった一度きり。ムラサメによる何らかの術とはいえ、漆紀は既に計3回も死を経験したのだ。
死ぬ感覚。それは痛覚、恐怖、絶望感、どれにフォーカスしてもただただ心を蝕むだけなのだ。
「死にやがれええぇぇぇ!」
半狂乱の漆紀が村雨を両手で強く握り、戦っている最中の足軽兵の首筋を切りつける。
「がっ……こふっ」
足軽兵の首からは夥しい量の血が噴き出るが、死の恐怖で錯乱した漆紀は自暴自棄にも戦場を走り回って村雨を振るって不意打ちする。
「死ね、死ね、死ね、てめぇらが死ね!!」
敵と戦い両手が塞がっている状態の足軽兵達の首や背を次々切り付けていく。
(死にたくないもう死にたくないテメエらが死ねテメエらが死ね!!)
そのとき甲冑姿の侍が視界に映った。その者は足軽兵を相手取っており、隙ありと漆紀は見た。
狂気任せの殺意を剥き出しにした漆紀は、すぐさま侍に駆け寄って上段から村雨を振って背を斬ろうとするが。
「せいやぁっ!!」
漆紀が侍の背後から不意打ちしたにも関わらず、侍は漆紀の殺意か足音に気が付いて瞬時に振り返って刀を振るった。
「あっ……?」
ぼとっ、と村雨を握った漆紀の両腕が何の風情もなく地面に落ちる。
「あぁっ……ぁあああぁぁぁぁ!!」
「ふんっ!」
間髪入れずに侍が漆紀の首筋を真横に切り付け、その勢いのまま足軽兵の方へと振り返って戦い始める。
「かっ……ひゅーっ……ひゅー」
声が出せず、両腕も斬り落とされた漆紀はバランスを保てず後方へと倒れた。
「かっ……かほっ……ひゅーっ……」
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気が付くと漆紀はどこか分からぬ雨天の戦場に立っていた。右手には村雨があり、足軽兵達や甲冑姿の侍が激しく討ち合っていた。
気が付いたところで、既に気が違い始めている漆紀に意味などない。
狂乱して戦場を走って村雨を振るっていると、呆気なく足軽兵達の槍で脳天をかち割られた。
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気が付くと漆紀はどこか分からぬ雨天の戦場に立っていた。右手には村雨があり、足軽兵達や甲冑姿の侍が激しく討ち合っていた。
今回も狂乱したまま戦場で村雨を振るい、運よく城の二の丸の城門まで来た。到達したところで何か成せるわけでもなく、城兵達に射られて蜂の巣にされて倒れた。
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もう何度目だろうか。気が付くと漆紀はどこか分からぬ雨天の戦場に立っていた。右手には村雨があり、足軽兵達や甲冑姿の侍が激しく討ち合っていた。
何度繰り返しても変わらぬ光景。安息がどこにもなく、ひたすら鉄と血と死の世界が広がっている。細かい死因など覚えてないが、既に何十回も死んでいる。
矢で頭を射抜かれ、一振りで首を刎ねられ、槍で脳天を叩き潰され、複数人で囲まれ刺され、斬られ、刺され、射抜かれ、斬られ、叩き潰され。
繰り返し繰り返し、何度も繰り返し死ぬばかり。
暴れるのはやめた。冷静さを欠いた衝動のまま暴れても勝てない。かといって戦場から逃げる事もできない。土堀を越えて霧の平野に出て眠ったところで、何度でもこの戦場に戻されるのだ。霧の平野は安息だが、そこに至るまで殺されないかという恐怖の中、戦場を駆けるのすら面倒臭く疲れてしまった。
漆紀は殺しの渦から逃れる方法を一つだけ見つけ出した。
「これしかねえよな」
故に漆紀は己の首筋に村雨を宛がい、そのまま掻き切った。当然、脈ごと切れたため、大量に血が噴き出す。致死量の出血にも関わらず、漆紀の表情には安堵と平静が表れていた。
首を斬り落とされるわけでもなく、脳天を割られるわけでもなく、こうして絶え間なく首を掻き切って死に続ければ殺される苦痛は味わずに済む。




