50.狂乱して逃げる、戦場を走り抜ける
「はっ!?」
死んだと思ったはずの漆紀だが、再び先程と同じくどこか分からぬ雨天の戦場に立っていた。
右手には刀の村雨、けれど光景は先程と変らず時代劇のような合戦の最中であった。
(わけわかんないけど、ループしてんのか? もう死んでたまるか、死んでたまるか!)
先程、首を切断された時の痛みは一切ない。しかし先程の恐怖だけでなく首を刺され斬られる時の感覚は、確と頭の中に生々しく刻まれたばかりなのだ。
(逃げる、逃げる! 逃げてやる!!)
村雨から水も出せなければ、傷を治す力も使えないし、竜王の力はまだ自力で使うことなど到底出来ない。そうなれば足軽兵達を圧倒する事など出来ない。
脱兎の如く右手に村雨を持ったまま戦場を駆け抜けた。足軽兵達に当たらないよう避けながら、標的として目に留まる時間がないよう走る。
(死にたくない死にたくない死にたくない!!)
先程、確かに自分は2回死んだはずだ。その2回ともこの戦場のどこを見ても存在する足軽兵どもに殺された。強そうな甲冑を付けた武将でもない、単なる足軽兵達に。
雑兵の一人一人が、死そのものに見えて恐怖してしまう。
(余計な事考えるな、逃げる、逃げる、逃げる! 余計な事考えたらまた隙が出来て死ぬ!!)
前方だけでなく、斜め前方や真横もチラチラと見ながら必死に戦場を一方向に逃げて行く。
一心不乱に走っていると、土堀の前に辿り着く。だが土堀からその先は何もなかった。
何もなかったとは、人工物や敵兵が居ないという意味ではない。
「なんだよ、これ……」
土堀から先は、まるで空間が切り取られたかのように白い霧が立ち込めていて何も見えなかった。左右を見渡しても、どの土堀の箇所でもその先はただ霧が立ち込めていて地面すら見えない。
霧が土堀から先を囲っている。その事実を確認すると、漆紀は土堀を駆け下りて霧の方へと逃げ出す。
(霧に紛れれば誰にも追われない!)
霧の中へ、文字通り五里霧中にも関わらず我武者羅に逃げ続ける。幸い、霧で見えないだけで地面はあった。
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ」
息を荒らげつつ戦場から逃げる。逃げて、逃げて、逃げて。
やがて何分経ったか、何秒経ったかすら分からなくなってくる。四方八方、辺り一面が霧、霧、霧。
地面には短い野草が生えているだけ。虫の鳴く音すらない。
この現実離れした光景には見覚えがあった。
(ムラサメと、初めて会ったあの世界……)
夜露死苦隊総長に斬られて瀕死の時、意識だけがムラサメの居る現実とは思えぬ霧ばかりの幻想的世界に移動していた。
あまりに光景が酷似しており、漆紀はムラサメが何か状況に影響していると考える。
(とりあえず敵からは離れた……侍も足軽もこっちには居ない。ちょっと考えよう、どうすればこの戦場から出られる?)
ムラサメが夢を見せているのだろうか。それとも本当にタイムスリップしているのか。
痛みはある。匂いも、味も、感触も。五感は確かにある。ムラサメから精霊術で引き出せる魔法の一切が使えないが、死ねばどういうわけか戦場に再び立っている。
(デスループとかふざけんじゃねえぞ……思い出せ、ムラサメはなんて言ってた?)
フェリーで意識を失う直前、ムラサメが漆紀に言った事を思い返す。
(俺が弱いと言っていた。そして……)
『戦場に育まれ、将を討って』
(将を討て……って言ってた? 将って、やっぱり大将とか、偉くて強そうな侍を殺せってコトかよ。いや、まだ逃げれるか試してない。このまま戦場を離れてればどうなるか……試してみるか)
しばらく戦場から離れて霧が広がる平野に座って様子を伺う事にした。
頭の中で今までの出来事を思い返しながら、時間が過ぎる事をひたすら待った。
_______________________
待つ、と決め込んでからどれだけ経過しただろう。体感時間にして4時間か5時間は経過したと漆紀は考える。
遠くからは未だに戦場の兵士たちが討ち合い叫ぶ音が聞こえてくる。
(……時間がいくら経ってもダメなのか?)
二度も死んだため、漆紀は死の恐怖がまだ冷め切っていない。その恐怖があっても、ただ待つというのは非常に暇であり眠気すら湧く。
(ちょっと眠いな……疲れた)
その時、ふと漆紀は己の眠気からひらめく。
(これ、眠ったらどうなるんだろう……眠って起きたら、フェリーに戻ってるとか……ありえないかな?)
少しでもそんな期待を抱くなり、漆紀は短い野草が生える地面に横たわる。
(眠っちまおう……さっきから地面にアリ一匹すらいないから、虫が耳に入ってくることもないし)
そう思って漆紀は全身の力を抜いて、寒くも暑くもない霧の中で目を瞑り眠った。




