47.昏倒、倒れる漆紀
話が進まないと判断した世理架は漆紀を突き飛ばすと、客室に戻っていった。漆紀はというと、しばらくは世理架と顔を合わせたくないのでデッキに残った。
「……ムラサメ、聞こえてるよな」
5秒ほどおいてから、脳内に仄暗い声が通った。
『人でなくなった自覚はある? あなたは竜に成り下がったこと……わかっているの?』
「そうかもな。正直、俺は竜王ってのがなんなのか……お前がどういうものなのか、今思えば全然知らないままだ」
『さっきの彼女、本当に竜王だよ。虚言じゃない』
「っざけんなよ! 父さんと昔からの仲なら、助けろよ……自己中野郎がっ」
『ちょっと。彼女にも彼女の事情があるのに、それはあんまりではない?』
「あんなに父さんの事を知った様に語った癖に、ふざけんなよクソっ!!」
思い切り右腕を振りかぶって壁部を殴った。
「……痛ェ」
拳がジンジンと鈍く痛むが後悔はしていない。
「うっ!?」
その時、唐突に漆紀の頭が強く揺さぶられる。誰かに頭を殴られたのか、そう思って周囲を見渡すも自分の至近距離に人はいない。
グラグラと頭の中が揺さぶられ、視界に移る光景が揺れて見え焦点が定まらない。
「あっ? なん、だ……これっ?」
手足の力が次第に抜けていき、しっかり立とうと意識しても力が入らない。
「なんっ、だよっ……」
その場で漆紀は倒れてしまい、気が遠のいていく。
『あなた……いい加減にして。恨むべきを恨まずあれこれ噛み付いて……もっと心身強くなるべき、あなたは……弱い』
ムラサメの態度が豹変した。普段の宥める様にも気だるげなようにも聞こえる声色から一転し、低く冷めたものになった。
「ムラ、サメ?」
『戦場に育まれ、将を討って』
「な……に……っ?」
ムラサメが漆紀に何かしたのは明らかだが、彼女の言葉の意図するところが全くわからなかった。もうフェリーの水音やボイラーの轟音すら聞こえないほど気が遠のき、やがて眠りにも似た沈む感覚と共に意識が途絶えた。
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「竜王様が倒れてる!」
「なんだって!?」
「おい、医者いるか!」
フェリー船内は慌ただしくなっていた。フェリーに乗っている佐渡流竜理教信者の一人が展望デッキで漆紀が倒れている所を発見し仲間に知らせたのだ。
当然この事実は聞き耳を立てた世理架にも伝わる。
「なに?」
すぐに世理架が展望デッキに再び出ると既に信者達が漆紀の周りを囲っており、漆紀の容体を診ていた。
「どいてくれ、わたしに見せてくれ」
信者達を掻き分けて、世理架が進んで行く。信者達が口々に「何者だ?」と問うが彼女は「竜王様の友人だ」と返して進む。
「おい、漆紀君。どうした、なぜ倒れてる、おい」
漆紀のもとに着くと、上体を軽く持ち上げて少しだけ体を揺らす。
「意識はないが……」
もう一度上体を床につけて顎を持ち上げ、呼吸を確認する。
「竜王様、息はしてるんだが……意識がねぇんだよご友人」
信者の一人がそう語るが、そんな事は気にも止めずに世理架が漆紀を調べる。
「呼吸も正常、体に損傷はない……眠っているようだがいくら刺激しても起きない。ただ意識がないだけ…………とにかく、今打てる対策はない、安静に寝かしておくほかないぞ信者の皆々よ」
世理架がそう信者達に告げると、信者達は皆眉間にシワを寄せて悩ましい表情を浮かべる。
「対策なしかよ!」
「竜王様は怪我なされてるワケじゃないんだ。寝かせて様子見るしかないのか……」
「本土に渡ったら医者連れてくぞみんな」
信者達は落ち着きを取り戻し、しかし世理架は依然として首を傾げる。
(もし漆紀君に関係あることがあるとすれば……この鉄塊の首飾り、ワケアリのこの品以外に考えられん。長生きしてるわたしでも、わからない事ってあるものだな)




