44.青竜改め、千竜桜!彩那、前を向く
両津港で漆紀と別れると、竜蛇彩那はすぐさま信者達を束ねて救助活動や避難活動の指揮を始めた。勝手知る佐渡島であるが佐渡島全体の指揮を執ることなど初めてであり、年配の信者達の補助が必要不可欠だ。
佐渡空港で無線設備を借りると彩那は速やかに連絡を取り、まず無事な者の確認を改めて行うことで信者間の連絡網の復旧を急いでいた。
「椎泊周辺の避難所設営と瓦礫撤去指示は加藤さんにお任せします。その地域の方たちが何名無事なのか正確な確認をお願いします」
『わかりました。司教様のご命令ならば』
「小間建設さんから協力を取り付けて、重機の手配もお願いします! 瓦礫撤去も速やかにしたいんです」
『もちろんですとも』
通話を終えると、彩那は続けざまに他の信者に電話をかけようとするが。
「司教様、報告があります」
若い女の信者が平坦な表情のまま彩那に駆け寄って来る。冷や汗や深刻そうな目付きではないことから、悪い知らせではなさそうに見えて彩那は安堵のため息を吐く。
「なんでしょうか」
「新潟県知事が佐渡島に渡って来ます。安全な地域があることが確認出来たため、災害の被害を実際に見るため県知事が」
「県知事が視察に……かなりの被害なのですが、総理は来ないんですね?」
「はい」
歴史上竜理教同士での抗争をして市井の人々に迷惑ばかりかけている上にカルトと呼ばれる佐渡流竜理教だが、これまた歴史上類を見ない天災に遭ったゆえに本来ならば国のトップが視察に来てもおかしくはない。
総理や各省庁の大臣が来ないのは、何らかの要因で多忙極めるからだろうか。
「本土では現在、総理が不祥事によって刑事裁判中で……」
「えぇ? そんなニュースいつの間に。なんの不祥事です?」
「大使館や米軍基地など計30箇所以上のカジノを総理大臣が密かに設けてたんですよ。しかし外務省に届け出を怠ったカジノがあったそうで。で、問題起こしてる最中なので案の定学徒会が盛大に学生運動を全国で起こしてるみたいです。仕事を下の者へとたらい回しにした末路ですね。国会も毎日囲んでるとか」
理由はどうあれ、総理大臣が来ないと聞いて彩那は胸を撫でおろして安心する。十代に過ぎない小娘一人が佐渡島の代表者として総理大臣と会わなくてはいけないのではという緊張と畏怖と焦燥が解れた。
県知事とは以前から行事などで時折顔を合わせる事もあったため、総理大臣ほど重圧の感じる相手ではない。
「よかったぁ……いや、よくはないんでしょうか……まだ私には良し悪しがわかりません。とにかく、県知事が来るからには支援を訴えかけるほかありません」
「はい。しかし司教様、あなたはまだ少女。対等に政治家と話せるようなほどご経験がありません。佐渡流竜理教の代表が子供だとなると、県知事は冷ややかな目で見るかと思われます。政治のやり取りにくわしい、佐渡市長にも同席して支援していただきましょう」
今まではそれなりに年齢と経験がある貴子が司教代理として政治家の視察や会議の対応もしていた。とはいえ、貴子は本家竜理教に内通し佐渡流竜理教を売ろうとしていた。
そして貴子だけでなく香代子も今は亡き者。司教家たる竜蛇の者で生き残った彩那が佐渡流竜理教の代表として対応するほかなかった。
「そうですね。市長にも同席をお願いします。まあ、蔑まれるのは別に構いません。冷ややかな目で見られようが、佐渡流竜理教信者だって新潟県民なんです。支援しないで見捨てます、なんて県知事は言えませんよ。どこで会えばいいので?」
「この佐渡空港にわざわざお越しになります」
「わかりました。今日中ですか?」
「明日です」
「では、明日はせいぜい嗤われてきますよ」
佐渡流竜理教を束ねねばならない立場になってしまった以上、嫌でも対応はせざるを得ない。
「自分はこれで失礼します」
信者が彩那から離れて作業へと戻っていく。ため息を吐きながら彩那は机に置いた香代子の遺書へと視線を戻し、母・香代子が残した手紙の内容を今一度読む。
『青竜、あなたを本来の名で呼ばなくなったのはいつからか。厳しく教え続けたことを恨んでいるかもしれない。もしまだ私を許してくれるのなら、この手紙にだけでもあなたの名前を書いて呼びたい。彩那、と』
香代子とて彩那に対し一切の情を捨てたわけではない。香代子もまた、佐渡流竜理教の使命のために厳しくあり続けていた。当然、彩那はそれを悲しく思ってもいるし恨みを問われれば無いと言い切れない。
『そして、これは万が一の遺書。あなたが単に司教としてだけでなく、人間として大成することを祈って新たな名を書き残す。小さい頃、本当にあなたが小さい頃から、よく行っていた場所。流血の儀を行う予定の、大竜脈の上に生えた大きなヤマザクラの木。あの名木の名を』
彩那が漆紀と共に首筋を切る流血の儀を行った場所。その傍にある大きく立派なヤマザクラ。その名木の名は。
『千竜桜』
佐渡流竜理教の司教として、使命とその者の在り方を示した名であった。
『あなたが未熟な青き竜から、成熟した紅き桜の竜へ育つことを信じて。千の竜を束ね、千の竜脈を御す、竜脈の巫女になって。愛しているわ、彩那』
自分でふともう一度読んだもののの再び彩那の唇が震える。けれど最初に読んだ時とは違い、思い起こした手紙の内容にぐっと心を抑えて唇を嚙み締めた。
香代子は死んだ。すぐに悲しみが無くなるわけがないが、彩那は後ろを向くわけにはいかなかった。前を向いて竜脈の巫女として佐渡流竜理教を導く。
もう後ろを向こう、などとは思わなかった。
佐渡流竜理教の信者達は見捨てない。しかし、それだけのために生きるのもやめよう。
(お母さん、あなたの思うほどうまくいかないかもしれない。佐渡流竜理教を再起させたとして、本家から守り切れないかもしれない。でも、私が死ぬまでは頑張ってみる)
母とは違う生き方をする。違うやり方をする。
そう強く心に誓い、彩那は無線機のマイクをオンにして信者との連絡を再開した。
「私は佐渡流竜理教司教、竜蛇彩那」
続けて彩那は、はっきりと名乗りを上げた。
「洗礼名、千竜桜……竜脈の巫女です」




