43.平野小太郎、帰還。漆紀を危惧する父
平野宅にて。
漆紀達より一足早く平野小太郎は撤退していた。漆紀が宮田達と戦った相川の街で、闇夜に溶け込みながら小太郎も自作拳銃を用いて手助けをした。
辰上宗一と取っ組み合いになっていた貴子を撃ち、漆紀の形勢を有利にするものの銀髪の男・宮田によって地震が引き起こされ、危険を感じたため一度立て直そうと身を退いた。
しかしその後も天変地異の様な超常現象が佐渡の各地で起こり己の命まで危ぶまれた。
目的は漆紀と彩那の捜索であるが、目的を達するより前に己の命が失われるリスクを考えて小太郎は屋根伝いに移動し、再び漆紀の戦いに加勢することなく相川の街から逃げた。
そして今は小太郎は父とテーブルで向かい合っていた。
「さて、ニュースを見たが……佐渡では随分と大事になったようだな」
「そうですな親父殿。いくつも超常現象を目撃する羽目となりました」
漆紀や彩那、竜理教の宮田とネルが使った魔法。次々に地中から噴き出す巨大な水柱。
今思い返しても小太郎自身「よくあんな状況で生還できた」と身震いする。
「そこで親父殿、直球で聞きたい。親父殿は超常的な力を持った人間に会ったことがあるのですかな?」
「……ある。人々の害となるためこの手で葬った」
「葬った!? あんな……あんなことまで出来る者をどうやって」
「今回の件で色々知ったようだな……話は変わるが小太郎、以前武蔵村山市周辺を拠点とする暴走族と暴力団の崩壊について疑問を抱いていたな」
「夜露死苦隊と萩原組ですな。特に萩原組に関しては組員たちが大勢殺されたと拙者は情報を掴みました。何故か警察は事件化していませんが」
「お前は警察の方から情報を仕入れられないからなぁ」
「親父殿は警察のツテがあるので?」
小太郎が父に問うと、静かに父は頷く。
「友人の刑事から直に聞き出した。警察はガイシャが反社会勢力の場合、大勢死のうがわざわざ事件化なんかしない。組員を大勢殺した殺人鬼についても、捜査して手を出せば警察にも大勢死人が出る可能性があるため関わらないとな」
「ガイシャが反社会勢力とはいえ殺人鬼を野放しに!?」
「そもそも考えてみろ。萩原組が大勢死んだ件を警察が押さえたのは、実際に彼らが死んでから2週間も後だ。しかし現場の靴跡からして殺人犯は明らかにたった一人だ。しかしたった一人の犯人に対して、組員の死因が異常だ」
「死因?」
「圧死、溺死、斬殺。主な死因はこの三つ。言っておくが屋内での事だぞ? 屋内で圧死、溺死など建物の構造からしても起こり得ない死因なんだ。建物の天井や上階が崩落したわけでもないのに圧死や溺死など……現実的あり得ない」
萩原組の事務所と屋敷にはプレス機があるわけでもなく、水道設備も至って普通で溺死するような水量が用意できたり、その大量の水を密閉できる構造の建物ではない。明らかに異常なのだ。
「仮に斬殺だけにフォーカスしても、銃火器などで武装した萩原組組員を犯人がたった一人で何十人も斬り殺して生還するのは無理だ。映画じゃあるまいし」
「全員殺して生還するのが不可能なのは拙者も疑問に思っておりました」
「現実的に不可能だが、犯人は現にそれが出来てしまってる。そんな犯人を捕まえようなどとしてみろ……もし犯人が抵抗して萩原組組員を殺した手段を警察相手にも実行したら警察も大勢死ぬ」
「しかし警察は命を賭してでも市民の安全と公共の利益のために殺人鬼を」
「甘い、小太郎!! 大抗争時代から、警察の目的は変わった。市民を守る、ではなく犯罪者を裁くことに変わった。犯罪者を裁くのは市民を守るための手段なのにな」
現状、警察は市民の安全と公共の利益のために動いていない。少しでも怪しいと見たら「犯罪者」ではないかと疑い、凶器を持っていると想定してその者を撃つ。
手段と目的が入れ替わったどころか目的である市民の安全すら切り捨てられたのだ。
「あるのは犯罪者を裁く目的とメンツだ。殺人鬼に返り討ちにされて何十人何百人と死ねばメンツが丸潰れだ。さて、改めて聞くぞ小太郎。超常的な力を振るう者……俗にいう魔法使いを佐渡島で見たのだな?」
「魔法使い、ですか……はい。拙者の同級生である、辰上氏と竜蛇氏ですな。直に見て納得いきました……拙者の中で点と点が結ばれ実像が見え申した。萩原組組員を大勢殺した犯人は……辰上漆紀氏で相違ない、と」
小太郎の予想に父は静かに目を見開く。
「辰上とは、お前が今回佐渡島へ捜しに行った捜索対象ではないか」
「佐渡島で辰上氏を発見し、尾行を続けました。機を見て連れようとは思っていましたが、その最中に戦闘が勃発。辰上氏は魔法を使いました……それも、大量の水を出す魔法を」
「水か。萩原組の溺死の件には繋がるがそれだけではな」
「辰上氏は春休みの際、唐突に拙者へ連絡をとるなり萩原組の事務所と屋敷の情報を求めて来ました。状況的には辰上氏が萩原組の件の犯人ですが、現実的に不可能だと思っておりました」
「魔法があるなら間違いない。その辰上という同級生が萩原組組員を殺したのだろう。しかし佐渡で戦闘があったのならっば、まずはその辰上とやらの生死を確認せねばな」
父は「うんうん」と首を縦に振って合点がいったと納得する。
「して、親父殿はどうするつもりで? 魔法使いといっても、殺した相手がヤクザならばさして」
「そうだ、ヤクザ相手だろうと大勢殺すような魔法使いだ。辰上はすぐに葬らねばならん」
「へっ?」
辰上漆紀を葬る、そう言った父の言葉を聞いたものの小太郎はあまりの発言に理解に及ばない。
「小太郎。ウチの家系は確かにご先祖様の贖罪もしなければならないが、それとは別にもう一つ風魔忍者の背負った使命がある。われらは風の魔という不名誉な当て字をされているが、本来は魔を封ずる……封魔の使命を負っている」
父が次々口にする小太郎の頭に一切ない言葉が止まることはない。
「風魔忍者が生まれた時代から、魔法使いに相当する者は存在した。平和な北条家の領地を荒らす魔法の者ども……奴らを殺し、封ずることも使命なのだ」
「親父殿、何を言っているのかわかりません! 辰上氏を殺すのですか!?」
「そうだ! そんな力を持っていて、どう使うかわかったものではない。平和のためには殺すのが最適解に決まっている。賢いお前ならわかるはずだ」
人が本来手に出来ないはずの超常的な力を個人の事情で、あるいは感情で振い人を殺す。そんな存在が社会に隠れ住んでいるなどあってはならないと小太郎の父は考えている。
「ならば本当に辰上氏で間違いないのか念入りに調査すべきです! 魔法使いだとしても、本当に辰上氏が萩原組の組員を殺したかどうかは」
「もはや萩原組の件は関係ない。人に害を成していなかろうが、魔法使いであるなら殺すしかない。お前ぐらいの年頃など全員情緒不安定の思春期……あれはもはや十代特有の精神病と言ってもいい。心のうちに漠然とした希望と自信を秘めて、自分が他とは違うなどと薄々でも思っている。そんなちっぽけな心構えでヒロイズムに酔って、事情によって反社でもない一般人をもそのうち殺す。若いどころではない、幼い魔法使いというのは本当に恐ろしい」
「親父殿は辰上氏の何を知っている! あたかも今まで見てきたような」
「今までそういう魔法使いを見つけてきたからだ! そういう身勝手な魔法使いを今まで葬ってきた。中には魔法で爆破テロをしたり、要人暗殺や通り魔をやっている者もいた!」
その返答に、小太郎は言葉に詰まってしまった。決してその場の嘘ではなく、父からは実際に凶悪犯と呼ぶべき魔法使いを見て来たという苦渋の表情が表れていた。
「でも、でも……だが親父殿!」
「ではお前は辰上とやらの事をどこまで知っているのだ? ソイツの心の内や、秘密まで知っているのか? 本当に今知ってる事で全部なのか?」
「それは……」
「わかるまい。ならば確実な安全策を取るに限る……魔法使いは葬る。中には魔法使いの組織集団に属していて、手出しするのが危険な者もいるが……その点だけは慎重に見定めてから殺そう。よし小太郎、今後辰上が魔法使いと思わしき者と接触しないか2週間ほど様子を見るのだ」
「仮に拙者が魔法使いと思わしき者との接触を見たとして、それを親父殿へ素直にそのまま伝えるとでも?」
「何度も言っているが、お前は賢いはずだ。過去に魔女狩りなどが何故起こったのか、よく考えてみろ。魔法使いなどという存在がいかに身勝手で反社会的で不安定な存在か……わかるはずだ。あんなふざけた存在は居てはならない」
父からのその言葉を最後に、小太郎は眉間にシワを寄せ口元を下げたまま席から立ち上がって自分の部屋へそそくさと歩いていく。
(辰上氏は悪人ではない! 何か本人の事情で萩原組の構成員を殺したのだとしても、身近な人を殺めたりそこいらを歩いている一般人を殺したり魔法の悪用だなんて……)
佐渡島では普段学校では見る事の出来ない漆紀の姿を見た。しかし小太郎には漆紀のことを父が言うような凶悪極悪の完全な悪人には見えなかった。
しかし同時に頭ではこうも思っていた。
超常的な力が一部の人間にあることはこの上ない脅威であり、いつ悪用するかわかったものではないと。リスクを考えれば、父の言い分の方が正しい上に最適解に近いのではないか、と。
魔法使いという超常的な力を持つ、不安定な存在。小太郎は自問自答を始めた。




