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42.出発、さよなら佐渡島

「竜蛇、あんなんで良いか? 二度とあんな猿芝居はゴメンだ」

信者達に話を終えて、漆紀は一度天幕に戻って椅子に座る。漆紀の言葉を聞いた五百人ほどの佐渡流竜理教信者達は、他の多くの信者達に漆紀の言葉を伝えていくだろう。

「少数ながら納得した信者の方がいましたね。意外でした……多くは渋々飲み込んだ感じですが……ところで、なぜ輸血パックなど?」

「村雨に血を吸わせて貯めないと怪我が治らないんだ。だから、俺は血が要る」

「そうなんですか。面倒な仕組みですねそれ」

「妖刀として語られてるしな、村雨って」

そうこう話していると、黒いスーツを着た信者の男が軽く頭を下げつつ天幕に入って来る。

「失礼します、司教様。ご報告がありまして」

「どうしました、母の遺体が見つかったのですか?」

「いえ、それはまだ……総本山で瓦礫の撤去作業中の者達が、控室でこれを見つけたのです」

信者は一枚の封筒を取り出し、彩那に手渡す。

「控室は特に損壊はなく、封筒は机の引き出しにありました。司教様のお母上の名前が書いてあったので、単なる雑務の書類ではないと思いこちらに持って参りました」

「ありがとうございます。見てみますね」

「では、私は失礼します」

信者は天幕から出て行き、彩那は首を傾げて封筒を開ける。

「これは、手紙?」

封筒の中に入っていたのは細く折られた手紙である。表には「彩那へ」と書かれているのみだ。

「手紙、開いてみるのか?」

漆紀が短く問うと彩那は一度手紙から目を逸らすものの、母の遺品だと思って踏ん切りがついたのか手紙を開いていく。

「これは……遺書、です」

「遺書? 竜蛇の母親のか。なんて書いてある」

開いた手紙の最上部には「遺書」と書かれていた。

「おそらく、本家竜理教が動き出した事を知って、万が一の為に書いたんだと思います。では、読み上げます」

目を瞑り、一息深く吸い、彩那は目を開いて手紙を読み始める。

『手短に書く。この手紙は本家竜理教の者に私が殺害された場合の為に書く遺書である。まず、信者達はこれからも有難い悪魔たる竜王様を信じ奉じなさい。そして我らの故郷、佐渡島の発展に励んで』

そこで彩那の読み上げが止まり、視線が漆紀の方に移る。

「どうした?」

「竜王様への言葉も書いてあります」

「俺にか?」

『竜王様、正直なところ今まで俗世で過ごし人間として育った貴方に竜王の責を求めるのは酷だとわかっております。しかし、カルトと言われようとこの島の人々が先祖代々竜王様を求めて信じ続け、数多の命を捧げ血を流して来たという事をどうかご理解ください。佐渡島に常に居られずとも、どうか彼らを見捨てる事だけはしないでください。導いて頂けるのであれば、いかように利用されても構いません。竜王様の指揮であれば信者はみな喜ぶでしょう』

佐渡流竜理教司教家という立場として役割に徹した竜蛇香代子であったが、彼女も内心では漆紀のような少年に竜王の責を強いるのは無茶であると感じていたのだ。

とはいえ、香代子は決して漆紀に対し甘くなって折れるわけにはいかず竜王を迎えるという己の使命を果たすほかなかった。

「なんだよ〝ご理解ください〟って……書きたいこと書き殴って死ぬなよ」

迷惑そうに眉間にシワを寄せながら漆紀は呟く。

「次は、私に……向けての言葉?」

香代子は彩那に向けての言葉も手紙に書き込んでいたようで、彩那は声に出そうかどうか深く悩むが。

「口に出しづらいならわざわざ言わなくていい。お前のコトなんだからお前だけで読めばいい。それでも受け止めきれなきゃ、俺にも内容を話してくれりゃいいから」

香代子から彩那へと宛てた言葉こそ、彩那にとって本当の意味で「母の遺書」となる部分だろう。

「ありがとう、竜王様」

彩那は後ろを向いて漆紀に背を向けると、己の陰に手紙を隠しつつその内容を読んだ。

_____________________


漆紀は天幕を出てテント街を抜けて両津港に停泊しているフェリーに乗船した。東京までの交通費は佐渡流竜理教の信者達から受け取り、彼一人で東京まで帰ることとなる。

彩那とは港で別れる事となった。佐渡島の人々の安否確認や避難生活の環境が整うまでは佐渡島に残ることとなった。

つまりこの瞬間、ようやく漆紀は佐渡流竜理教から解放されたのだ。

「やっと、帰れる……」

漆紀はフェリー船内の窓からは大佐渡山脈が広がる陸地と海を分かつ海岸線が見える。

人々の生活と自然を感じる景色、本来ならばどこか心が安らぐはずだが漆紀は違った。

(父さんが死んだ。死亡届、どうすんだろ。墓、立てなくちゃな……それに、真紀のことだって)

漆紀の妹・辰上真紀は入院中である。己が衝動に任せてひたすら夜露死苦隊と萩原組に抗って徹底抗戦を繰り返した結果、真紀は銃撃に巻き込まれた。

集中治療室で治療中である真紀の体にはいくつも医療器具が取り付けられ、いつ容体が急変しても対応出来るようになっている。

(真紀の入院生活は変わらねぇ。問題は、ウチの家業だ)

便利屋タツガミ。

武蔵村山市を中心とした街の便利屋として辰上宗一が創業して小さく営んでいる。従業員も少人数雇っており、彼らとどう便利屋を続けていくのかなど問題が山積みで漆紀は頭を悩ましていた。

(とにかく、帰ってから色々やんなきゃな。父さんが死んで真紀も動けないなら、俺が色々やるしかねえんだから)

家計のあれこれも考えるが、生活に必要なそれらの思案が些細に思えるほど強い恨みが漆紀の頭にこびり付いていた。

(なにより……宮田って呼ばれてた、ヤツを見つけ出して……首を刎ねてやるんだ……ッ!!)

思案は止まらない。父の死をただ嘆き沈んでいる暇はない。止まること、膝をつく事は許されない。

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