40.救助された二人、両津港にて
二日後、漆紀と彩那は救助された。
佐渡島現地の生き残った警察と自衛隊だけでなく、地域住民達の活躍でお互いに孤立した地域住民を助け合ったのだ。総本山へと侵攻した本家竜理教の信者達は宮田が起こした水害を鑑みて、自分達の船で佐渡島から撤退した。
また全ての道路の障害物を撤去できてはおらず、住む家を失った地域住民達は海岸から船で移動し佐渡市東部にある両津港周辺に集まっていた。
佐渡島の街や村、集落の多くは、宮田が放った竜脈の力による水害で破壊されていた。しかし幸いなことに本土との船が行き来する両津港の街は被害を受けずに健在であった。
自力で来た者、救助された者、様々な者達が両津港周辺の街に集まっていた。人数が多くホテルや旅館や民宿でも被災者達のための部屋が足らず、駐車場や公園、神社や寺に臨時のテントを張って寝泊まりをしている。
とはいえ非常時用のテントの備えは島民全員をカバーできるほどの量などないし、島民の1割にも当てられない量しかない。
それでもまだ足りないため、佐渡島の建築会社各社は普段自分達が立てている仮設事務所を駐車場などに速やかに立てて地域住民の家屋替わりする施策を既に始めていた。
この仮設家屋でも足らない可能性もあるため、佐渡島を離れても良いと言う住民はフェリーで本土に渡って、そこで避難生活を始めた。
佐渡島の今後の行く末は、復興の一言に尽きるだろう。
その日の昼、漆紀と彩那はというと両津港の駐車場に居た。駐車場はいくつものテントが張られている。そこには地域住民達、すなわち佐渡流竜理教の信者達がいるのだ。
テント街は両津港の駐車場だけにあるのではない。水害に遭う事なく土壌も問題なく広い場所であるならば、両津港に限らず佐渡の各所でテント街になっている。
彩那の予想通り、漆紀の望む望まぬ関係無しに信者達は竜王の言葉を待っていた。
五百人ほどの避難民が両津港のテント街にいる。彼らは佐渡島の住民ゆえに、全員もれなく佐渡流竜理教の信者であるのだ。
急遽立てた小さい木の台の後方にある天幕内で、漆紀は椅子に座ってこれから避難民にどう話をしようかと考えていた。向かい側には同じく彩那が椅子に座って待っていた。二人きりだが、顔も知らぬ信者が入らないことで落ち着いて物事を考えられる。
「みなさんは竜王様の言葉を待ってます。あなたが竜王として奉ぜられる気などないのはわかりました。でも、彼らは竜王様が自分達と変らぬ人間の精神だとは思ってないんです。ですから、この場ではそれらしい演技を」
「はぁ……何を話せっていうんだ。スピーチとかやったことないぞ。それに、あいつらが望む答えなんて出せない」
佐渡流竜理教の彼らが望んでいる答えなどただ一つ。漆紀が今すぐ竜王として彼らの信仰対象になって導いていく事だろう。
しかし漆紀には毛頭そんな気はないし、陣頭に立って人を率いれる技能や経験すらない。
「それにあの男……宮田、ヤツが言っていた。竜王に人の心など要らない、って……この佐渡の人達も、俺にそう望んでるのか?」
「竜王様に心が要らない、というのは本家の考え方です。私達は竜王様の心を否定などしません。佐渡流竜理教は実のところ、竜王様のためというより私達佐渡で暮らす人々のために続いてきた宗教です。以前、竜王様が言ったじゃないですか。宗教のオードブルか、って」
「ああ、言った覚えがある」
佐渡流竜理教は彩那が着る修道服などキリスト教の分化があるかと思いきや、海水や滝行での身を清める行為については仏教や神道の文化もある。
「長い歴史の話は省きますが、佐渡流竜理教は最初こそ本家竜理教の八大竜王を奉ずる仏教路線から始まりました。途中で神道が少しずつ入り、江戸時代の鎖国政策時に島原の乱……いわゆる島原・天草一揆で戦ったキリスト教信者の生き残りがこの島に逃れてキリスト教の文化も混ざっていきました」
「それで、今の宗教オードブルが出来上がったってことか」
佐渡流竜理教の世界観がごちゃまぜなのは、その歴史にあった。
「だからこそ、竜王様にも寛容なのです。本来は竜王様の御心を尊重してます。拉致を実行する際はお母さんも他の信者の方々も申し訳ないとは思っていました。確かに、竜王様には基本的にずっと佐渡島に居て貰いますが、数少ない本土の佐渡流竜理教施設の視察や行事への参加といった名目で全国各所に行くことができます。でも、私はもう……あなたにそんな事は望みません」
本家と比べれば佐渡流竜理教は人道的な宗教組織だと彩那はアピールする。神道・仏教・キリスト教が入り混じった宗教文化もその寛容さからだろう。
しかし、漆紀は決して忘れていない。好印象かつ善良に見ようとしても佐渡流竜理教には邪教的な文化や厳しい習慣もある。
まず竜王を奉ずるためならば、本家竜理教同様に力づくで漆紀を確保しようとしたこと。そして、漆紀の身体を傷付ける邪教的な儀式「流血の儀」を行ったこと。
漆紀が難色を示したのは肉を食う事を固く禁じて代わりに魚だけから動物性タンパク質を摂るという宗教文化だ。好物のジビエを食せぬのは滅入ってしまう。
なにより悪質だったのは、彩那が学校で宗教勧誘のために配ったボールペン内に発信機が仕掛けられていた事だ。
「だから、あなたの御心のままに演じてください。彼らが納得まではいかずとも、決して不安にならない言葉を」
「無茶言いやがって……竜王にならないって断言はせず、でもここの人達を落ち着かせることを……よし、決めた。なんなら将来どう言い訳しようかまで思いついちまった」
漆紀は少し悪意のありそうな笑みをするが、彩那はもうその程度で漆紀の事を疑う事はない。
「竜王様、私との約束はずっと守ってくださいよ?」
「心配すんな、竜王にならないってのは言わない」
漆紀が「約束」と問われてそう返すが、彩那の求めた答えと違うからか彼女は首を横に振ると再度問いかける。
「約束は、わかりますか?」
「助けるって言ったことだろ。変な事は言わないから安心してくれ」
彩那にそう断っておくと、漆紀は椅子から立ち上がる。
「話しに行こう」
「もうみなさん外で待ってます。ここで話を聞いた方たちは、他の信者の方々にも言葉を広めます。その上で、しっかり話してください」
「……わかった。無理せず、それらしくやる」




