39.助けを待つのみ。限られた物資と言葉
夕方。
漆紀と彩那は周囲の家屋から食べれる物を漁れるだけ漁った。街一帯の電力供給が途絶えたために冷蔵庫も機能せず生鮮食品は既に腐っていた。
残っているのは缶詰や干物などの保存食と、天然水やミネラルウォーター、ジュースなどペットボトルに入った飲料であった。
ただ待つだけ。やること、出来る事はもう特にない。
手に入れた分の食糧で、ただ救助を待つほかない。
「俺……丸一日寝てたんだろ? その間、竜蛇が診ててくれたのか?」
「診てないです、寝かせてただけです。この家屋まで運ぶの大変だったんですから」
「ありがとう、助かった」
手に入れた食糧を細々と食べて救助を待つ。それまで、退屈しのぎの娯楽というものは何もなく、そもそも二人とも娯楽を楽しめるような心境ではない。
(父さんはきっと、色々俺に隠してた。隠してたこと、知らないままだ。俺が知らない、俺の秘密……色々あったんだろうな)
なぜ漆紀に竜王の力があるのか。そもそもなぜ父が過去に大悪人と言っていい仕事をしていたのか。家族であるのに、それを一切知らない。
(伯母さんはどうして……あんなに、あんなに私やお母さんを……信者を、佐渡を憎んでいたなんて)
彩那も漆紀同様、家族であるのに伯母・貴子が殺意を抱くほどに自分達を憎んでいたことを知らなかった。家族なのに、本人の内情を一切知らなかった。また香代子に関しても4年前の本家竜理教の襲撃以来、彩那に対してより一層厳しくなり彩那に話していない事も多くあった。
漆紀と彩那、互いに他人の事どころか家族の事すら本当の事を知らなかった。
なぜああなったのか、それを知らないまま死別を迎えた家族。
二人とも自分が酷く小さく弱いガキに過ぎないと痛感させられた。精神的なものだけでなく文字通り物理的な痛みも伴って。
「……」
「……」
あるとすれば、何か話す事だろう。会話をしていなければ、気が気でないほどにこの街は漆紀と彩那の心を蝕むのだ。
「竜蛇。助けが来たとして、まず俺達はどうなるんだ?」
「わかりません……多分怪我がないかお医者様に診てもらって、そのあとは佐渡島の皆様の前で、色々お話をする事になるかなって……予想ですけど」
「……どうなるかはわかった。なら、今度はどうするかだ。竜蛇は、このあとどうするんだ?」
漠然とした今後の質問に彩那はしばし沈黙し考え込む。これは漆紀自身にも言える事で、自分が行った質問に対し自分もどうするかを考え込む。
「私は……まず、お母さんのお墓の手配をします。そして、竜脈の巫女としての務めを続けます。あなたと、竜王様と一緒にいます」
「一緒にって……俺は東京に帰るんだぞ?」
「今の私の家だって東京にあります。もちろん故郷はこの佐渡島ですけど……それに、竜王様が言ったんですよ? 私のこと、助けるって」
彩那が魔法を暴走させた際に、説得のために漆紀はその場の勢いで確かに助けると言った。漆紀は「無茶な事を言ってしまった」とも思うが、撤回してやろうなどと思う後悔の心は無かった。
「そうだったな。言っちまったからには、やり通さないと……依頼はやり通さないと。父さんから叱られそうだ」
一つ話題を終えると、漆紀はもっと切り込んだ質問を投げかけた。
「最初……俺を拉致したのが、竜王の力を持ってるからってのは聞いた。でもなんで拉致なんて強行に出たんだ? 俺に事情話すとか」
「事情を話したとして、あの時のあなたは我々佐渡流竜理教を信じましたか?」
そう問われると漆紀は首を真横に振る。拉致される前、彩那が配ろうとしていたビラのボールペンに発信機が取り付けられていた事を小太郎から聞いていた。
普段からカルトに対しては胡散臭いしそもそも話など聞くまいと考えていた所に、発信機で住所を特定しようという悪質な行動も相まった。
その結果、漆紀の中での佐渡流竜理教の印象は最悪であろう。
「信じないな。話に聞く耳なんて一切持たないと思う」
「加えて私達佐渡流竜理教は、本家と違い竜王様がいない竜理教です。本家はアジア全体を含めて竜王様が計8名います。まあ、何人かは消息不明ですが……それに対し我々佐渡流は一名も竜王様が居ません」
「だからって拉致は」
「私達佐渡流竜理教は、本家と違って竜王なき竜理教としてずっと恥に耐えました。本家に嘲笑され、何度も侵攻を受けました。歴史上、佐渡流竜理教は多くの血と汗を流し、命を捨てて竜王様を探してきました。本家に奉じられていない竜王様をようやく……何百年もかけてようやく見つけたんです。ならば1秒でも早くこの佐渡の大竜脈に連れて来て奉じなければ……つまるところ、執念なんです。拉致にまで及んでのは、何百年もの積み重ねゆえです」
「一秒でも早く、念願であり宿願である竜王を迎えたかったと。俺を長々説得しようとする時間すら惜しかった。ってことか?」
「はい」
佐渡流竜理教の長きに渡る信仰と、その執念。それこそが強行手段を選ばせた理由であり、恐らくは漆紀の為に信者が何人でも犠牲になると香代子が話した件の理由でもあるだろう。
「そのために歴史上ずっとみんな命を捨ててきて……強硬手段で俺を拉致したってことは……その後の計画もあったんだろ?」
「聞きたいんですか、それ」
彩那がバツの悪そうな表情で漆紀の顔色を伺う。
「当たり前だ。なにを考えてた?」
「竜脈の力は人では上手く扱えませんが、その力自体には普通の人でも魔法を使えるようにする力があります。そこで、竜王様のご手腕で我々全員に平等に竜脈の力を分配し、信者全員を魔法使いにするつもりでした」
「信者って、佐渡の人達全員じゃないか……佐渡島の人口は?」
「5万人ほど……」
その言葉を聞いて漆紀はゾッとした。佐渡島の人口を聞き、当初の彩那達の目論見通りに事が運んでいれば魔法使いの軍隊が出来上がる。
現代において、魔法の絶対的優位性は覆っている。第一次世界大戦前の連射銃がまだない火力不足の時代ならいざ知らず、連射銃がある現代では魔法は敵を倒す手段としては効率が悪いのだ。
しかし、これが5万人居るとどうであろうか。彼らは信仰のために今まで幾らでも命を投げ打って来た歴史がある。そして佐渡流竜理教信者の中には現地の警察・自衛隊まで含まれる。彼らが魔法を手にしたらどうなるのか。
致命傷覚悟で突撃し佐渡流竜理教に仇なす敵を魔法で容赦なく殲滅する強大な軍団となるのだ。
「5万人を魔法使いにして、なにする気だったんだ? 察しはつくが……」
「魔法の力で本家竜理教に攻め入ります。本家の魔法使いは多いですが、五万人も居ませんからね。精々1000人でしょう。彼らの本家の全てを我らのものとし、繁栄する。そういう計画でした」
「そんなことしてみろ……魔法が世間に知れ渡ったらどうなるかわかってんのか?」
「世界各国の魔法使いの集団が、私達佐渡流竜理教の存在を抹消しに来ます。日本国内にも竜理教とは別で潜伏している魔法使いの集団が居ますしね」
「わかりきってるなら馬鹿なことだぞ。それに、そんな事したら魔法使いだけじゃない……政府も動くだろ多分。魔法があっても、自衛隊が全力出して来たら……国内での戦争になるぞ」
「夜間に本家の本拠地を急襲するのであればバレませんよ。魔法があれば、露見することなく速やかに本拠地を急襲できます」
「なんて馬鹿げた計画を……本気だったのか? それ、お前の考えか?」
「お母さんが考えてた事です。本気でしたよ……今は違いますけど」
佐渡流竜理教の目的。その全貌を聞いた今、佐渡島が現在滅茶苦茶になっている事に対して不謹慎にも安心してしまった。
(こいつらやっぱりカルトだ。国内で戦争、それも魔法を使ってとか……頭おかしい)
「竜王様は、今後どうするんですか?」
今度どうするのか、という彩那の言葉は今の漆紀には効いた。その上で漆紀は一つの目的が明確に強く頭に思い浮かんだ。
「父さんを殺したあの銀髪男を探す」
「確か、あの銀髪の人物は相方の人物から宮田と呼ばれていましたね」
「あいつは斬る。首を、刎ねてやる……ッ!!」
漆紀の父・辰上宗一を殺した本家竜理教の魔法使い。宮田と呼ばれる銀髪の男を殺す。
「お母さんの仇は、もう死んでます。でも、そうですよね……竜王様のお父さんは」
「でも、すぐにヤツを殺せるわけじゃない。状況確認が要るはずだし……俺自身、まだまだ力が足らない。準備の時間が要る」
厳密に言えば、漆紀自身には力がある。その力の使い方、戦い方、メンタルなど単純な力以外の部分がまるで足りなかった。それらは父・宗一にはあったが漆紀にはないものである。
人間的に良くも悪くも漆紀はまだ十代の高校生に過ぎないのだ。
「竜蛇もさ、親を亡くしたんだよな。親との思い出とかって、あるか?」
死んだ親のことを掘り返すのは一見すると傷に塩を塗る気かと思われそうだが、漆紀は良い思い出でどうにかして心の傷を抑えたかった。
「俺から腹を割るとな……父さんと射撃場行ったり、山小屋に行ったのは楽しかった。射撃場じゃ映画でしか聞かないような生の迫力ある銃声が聞けてな……山だと前の日に罠をかけて、後日に罠に獲物がかかってないか……すげぇわくわくしてた」
今の二人は、どう紛らわそうとも失った親の事を考えてしまい一層悲しいし疲弊する。どうせ親の事を思い返すならば楽しいことを思い返そう、そう深く漆紀は思った。
お互い傷の舐め合いに過ぎないと薄々感じているが、彩那も少し眉間のシワを緩めて話し始めた。
「私は……小さい頃によく、両親と大竜脈のヤマザクラへ花見に行きました。もっとも、春だけの話ですが。竜王様と、流血の儀を行ったあの場所……すぐそばにあったあの木です」
「ああ、あったな」
「あのヤマザクラ、名高い桜で……千竜桜と名付けられたんです。あの下に大竜脈があります。私の魔法の力も、あそこから」
千竜桜。
威厳ある名であるし、その名木に彩那の思い出があるのだろう。
「そうか。他には?」
「加茂湖なども、思い出深いですけど……やはり、千竜桜が一番です。あそこはとても温かいんです。私の……」
それ以上、言葉で語れることがなかった。うまく表現出来なくてもどかしそうな彩那の様子を見て、本当に言葉に出ないというのはこういうものかと漆紀は理解した。
「竜蛇はさ。親も、じいちゃんばあちゃんも、ご先祖様もずーっと……佐渡流竜理教のために生きてたんだよな。ずっと司教を代々務めて……これまで先祖が続けて積み上げたもの、それを投げ出すわけにはいかなかったんだよな?」
「はい。だから、あんなにお母さんも厳しいし、竜王様のために信者の皆さんも後先考えずにどんどん命を投げ捨てていく……それが、信仰というものです。命懸けで信じる。それは、どの宗教も本来同じです」
信仰、というと漆紀には理解しにくい考えであった。しかし、何かを信じること自体は良く理解していた。根本的には漆紀が宗一を助けようと大怪我を負いつつ戦った事と、信者達が命懸けで本家竜理教と戦った事は「信じる」という一点では同じであろう。
「だから……あなたの事を信じさせてくださいよ、竜王様。助けてくれるんですよね?」
「ああ。父さんは助けられなかったけど」
漆紀と彩那、二人とも何も得られないどころか、多くを失った。
「……」
「……」
再び互いに沈黙してしまう。今後について以外では、頭に思い浮かぶのは食べ物の事ばかりだ。沈んだ心境とて、体は腹が減る。
「腹、減ったな」
「でも次の食事時間はあと2時間後って決めたじゃないですか」
「そうだな……腹減った。ああ、腹は減る……少し眠るか」
彩那は体側で壁に寄りかかり目を閉じ、漆紀は壁に背をつけ座り目を閉じた。
沈黙特有の空気と窓から差す夕光が、軽い睡眠をとるのに心地がいいのだ。
二人とも自身の皮や肉といった外側の重さと内臓の重さを実感しつつ、その重さに沈められるように意識を眠りに委ねた。




