36.振り下ろされる絶望、そして喪失
佐渡市竜理教総本山、東アーケード街にて。
漆紀と彩那が総本山に登るルートに用いたこのアーケード街だが、4年前の襲撃同様に本家竜理教が佐渡流竜理教へと攻め入ったのだ。
目的はただ一つ。竜王と思われる人物の拉致である。すなわち、本家竜理教も辰上漆紀を狙っているという事である。
「伏せろ!」
爆発でシャッターや路面の破片が辺り一帯に散らばる。
佐渡と本家の信者達が、激しい銃撃戦をしていた。手榴弾、ロケット砲、ライフル銃、拳銃、散弾銃、機関銃、様々な銃火器の応酬が続き、およそ法治国家日本には本来そぐわない光景が広がっていた。
しかし佐渡流竜理教側に関しては信者だけが戦っているわけではない。
「これを使え、煙幕になる! これで突っ込むぞ」
信者の隣に居た警察官が一本の発煙筒を手渡した。
「ありがとうお巡りさん!」
佐渡島の現地警察官達もこの戦いに加勢している。総本山警護や街の巡回もしているため、なし崩し的に加勢している。
「もう弾がない!」
「ケツのポケットに弾がある!」
そう言って信者に弾を漁らせたのは自衛隊の自衛官であった。佐渡島にも自衛隊の駐屯地は存在するため、佐渡流竜理教を支援することはできる。
しかし警察にせよ自衛隊にせよ、なぜ現地の警察官と自衛官が抗争の支援までするのか。
それは、警察官も自衛官もこの佐渡島出身者であるからだ。この島の人々にとっては佐渡流竜理教は宗教というよりは文化という認識だ。
4年前の本家竜理教による襲撃時にも現地警察と現地自衛隊は佐渡流竜理教に協力しているし、過去を遡れば他の事件でも佐渡流竜理教に協力しているのだ。
「もう4年前のようにはさせない! ここで追い返す!!」
「ああ!!」
次々に佐渡流と本家、敵味方が互いに倒れていく。汗を、硝煙を、叫びを、血を流しながら。そこにあるのは、抗争というよりも戦争という言葉が正しいものだった。
しかし戦場の光景にそぐわない現象が唐突に起こった。
アーケード街の路面が大きく割れ、そこから大量の水が噴き出したのだ。
「おいあれ見ろ!」
次々に路面が割れて水が噴き出し、大きいものだと建物すら吹き飛ばす半径20mほどの水柱が噴き上がっていた。
僅か10秒ほどで辺り一面水浸しであり、とめどなく水が坂を流れ落ちる。
「どうなって……うあぁぁあああ!!」
運悪く佐渡流と本家、双方の足下の路面も割れ、勢いよく噴き出した水で上方へと吹き飛ばされる。
「痛っ!?」
「ああぁッ!」
転倒し頭を打ったり、高所まで飛ばされて落ちてしまい転落死する者が続出する。
「どうなってんだよこれはああああぁぁぁぁ!!」
この場の誰にもわからなかった。全ては本家竜理教、宮田が放った竜脈の力が起こした魔法なのだ。
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「ああぁっ!?」
宗一が飛び移った家屋の地下から巨大な水柱が噴き上がり、屋根が崩れて彼はそのまま路面へと投げ出されて落下する。
「あぁ、チクショウ……腕がっ」
左腕から着地し全体重がかかったため、宗一は左腕を真っ二つに骨折した。残った右腕だけでは立ち上がるのが困難になっていた。
「父さんもう動くな!! 俺が!」
漆紀はようやく傷が癒え四肢も再生した。すぐさま立ち上がって村雨を取り出し、水浸しの路面を走り抜け宮田へと斬りかかる。
「竜王様、何度も言わせないでください」
宮田が操るアンキロサウルスの姿は蛍光塗料によって見えている。アンキロサウルスはハンマー状の尾を漆紀に向けてぶん回す。
「邪魔だ!」
漆紀は村雨から水を放出して飛び上がり、アンキロサウルスの尾を避ける。
「死ねッ!!」
空中からそのまま宮田へと落下し村雨で串刺しにしようとするが、漆紀の真下の地面から半径5mほどの水柱が噴き上がった。
「クソッ!!」
水柱に打ち落とされ、そのまま地べたに落下して右脚を強く打ってしまう。
「あ、脚が……」
落下の衝撃で右脚の骨が折れ、漆紀は宗一同様に立ち上がれなくなってしまった。
「治せムラサメ、早く!」
『言ったでしょう。血の貯蔵がない、と。もう無理』
「治せ、治せよ! 治せって、おい!!」
『もうここまで。あなたの怪我は治せない、これ以上戦わないで。本当に死ぬ』
「頭撃たれても助かっただろ!」
『無理……やめて』
「クソ、クソ、クソ、クソ!!」
怒り、焦り、痛み、漆紀の中で沸々とした心が渦巻き悪態を吐いて考え続ける。
「竜王様、あなたに庶民が持つような感情など要らないのです。その悪態も、痛みも、怒りや焦燥も。ましてや竜王様には"家族"などという存在はいません。あってはならない……竜王様は最初から〝在る〟存在でなければなりません」
宮田が冷たくそう告げると、彼はネルに漆紀を押さえるよう伝える。
「今度こそ動かないでください、竜王様」
ネルが不可視の力を用いて、既に立てない漆紀の肩を路面に叩きつけて押さつけた。
宮田は踵を返すと一歩、また一歩と宗一に近付く。
「やめろ、父さんに何する気だ! どけ! おい竜蛇、竜蛇!! なんとかしろ!!!」
彩那は路地に隠れ、もはや打つ手もなく自分の力ではどうにもならない状況に頭を抱えて呻き声を上げるばかりである。
「竜王様に"人間の親"など存在しません。竜王様に親などという俗世の人間関係が存在してはいけません」
「逃げろ、漆紀……早く……っ!!」
宗一は腹部の負傷も悪化しているにも関わらず、右手に持った拳銃を宮田に向けて撃ち続ける。銃弾を受けようとも宮田は倒れず、右腕を振り上げた。宮田が繰るアンキロサウルスが、ハンマーのような尾を宗一の頭上高くに振り上げる。
「おいふざけるな、やめろよ……おい! やめろおおぉぉぉおおおおおおッ!!!」
「竜王様に、心は要らないのです」
何の私情も混ざらぬ声でそう言うと、宮田はアンキロサウルスの尾を宗一へ振り下ろした。




