34.戦闘開始、銃弾と魔法
西アーケード街入口にて。
宗一がアーケード街の下り坂を歩き、もうすぐ入口にまで着く頃であった。周囲への警戒を怠らずに進み続けた、入口の開けた場所にさしかかった瞬間。
(あいつら!!)
琴浦集落で交戦した本家竜理教の魔法使い二人組、銀髪の宮田と金髪少女のネルを見てすぐさまライフル銃を構えて狙う。敵との交戦がいつあってもおかしくないため安全装置は外れたままだ。
宗一がすべき動作は狙って、撃つ、ただそれだけ。
二人組を視認して銀髪の男を狙って撃つまで、その所作1秒以内であった。
「おっと、まさか昼間のあなたが来るとは」
宮田の身に当たる直前で弾丸が空中で不可視の何かにぶち当たり、路面に落下して「トン」と低い衝突音を立てた。
(竜魔法か。なら出し惜しみなしだ、一気に押し切る!)
「宮田先生、私が!」
「近づいてはいけませんよ。この竜魔法の守備範囲はそこまで広くありませんからねぇ」
宗一が街灯の物陰に隠れつつ宮田とネルへと交互に銃撃を繰り返すが、一向に弾丸が当たらない。
(狙いは正しい、明らかに竜魔法だ。次は爆弾を試すか!)
宗一が自作の破片爆弾と違法ルートでかつて買った焼夷手榴弾を連続で二人組の方へと投げ込む。
「さて、後退していきますよネル。むしろ彼から遠ざかってやるのです」
「なぜです?」
宗一自作の破片爆弾が起爆し鉄片や釘や鋲が四方八方に飛び散るが、宮田とネルは無傷であった。その直後に焼夷手榴弾も爆発して、これまた爆炎が大きく上下四方八方に広がって周囲を焼却する。
「彼はこちらに向かっていた。おそらく、彼が向いていた方角……西に、何かあります。このまま彼の動向を見ながら……この戦闘状態を継続させたまま退きましょう。こういう状況で、我々本家でも佐渡流でもない第三者が銃火器を持って行動している……何かありますよねぇ、絶対」
焼夷手榴弾の爆炎も効かず、宮田とネルは依然として無傷であった。
「それはそうですけど、竜王様と関係あるんですか?」
「それを探るのも我々の役目です」
一歩一歩退いていく宮田とネルを視認し宗一は瞼を少し下げつつ眉間にシワを寄せた。
(奴らの目的はなんだ。俺をおびき出す? 俺の行き先を突き止めたいのか? 漆紀は既に保護している。こいつらに固執する必要はないが……今の漆紀にとっては大きな障害になる。ここでやはり始末すべきか)
宗一の銃火器はあくまで手榴弾程度の爆弾とライフル銃のみである。しかしこれらは宗一が所持している銃火器のフル火力というわけではない。海外の紛争地域で使うような強力な爆弾もあるが、そこまで強いものは手元にない。
(火力不足だ。稲黒さえ手元にない。奴らを殺すなら……不意打ちしかないな)
魔法も使えず、爆弾も手持ちのものでは宮田とネルを全く傷付けられない。
(本当に竜理教の竜魔法は面倒くさい。まったく……楽しくなってきたよ)
心底うんざりする手合に「楽しくなってきたよクソ!」と毒づきながらも、宗一はライフル銃の弾倉を取り替えて大抗争時代を思い起こしつつゲリラ戦を仕掛けようと決めた。
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「音が近い、この先だ!」
「竜王様、いきなり出て行っては危ないです! もし敵であれば不意打ちを」
「わかった、なら黙れ」
漆紀が黙って慎重に坂を上がっていく。一発、また一発と銃声と小さい爆発音が響く。
「竜蛇、なんでここの住民は起きないんだ?」
漆紀が小声でそう問うと、彩那も小声で弱く答える。
「既にこちらの住民は北部に逃げてます。でも、実戦部隊が来るかもしれません……というか、私なら実戦部隊を呼びつけられます。母が死に伯母が裏切った以上、指揮系統は滅茶苦茶ですが……私がいます」
「まだ呼ぶなよ?」
坂が終わり、平坦な道に出るが。
「隠れて」
前方を行く漆紀が彩那が前に出ないよう制止すると、彩那の手を引いてすぐさま路地に入って隠れる。
「誰か居たんですか?」
「アーケード街で会ったあの銀髪と金髪の二人組だ。多分、父さんと戦ってる。あいつら魔法のおかげか一切傷がない」
「えぇ?」
漆紀が視認したのは、一歩一歩退いていく宮田とネル。二人とも一方的に撃たれている様に見えたが傷一つなかった。
「あの発砲音は父さんの銃だ。射撃場でよく聞いた音だ……魔法って、銃弾を防御できるものもあるんだよな?」
「おそらく竜魔法にはそういう手段になる魔法もあるかと」
「なあ竜蛇、あいつらの足元から水を噴き出させる事はできないか?」
「で、出来ますけど……どんな水が出るかわかりません」
「むしろハズレを引いてあいつらをやっちまってくれ」
「地下水に含まれる有毒物質の拡散範囲は都合よく噴出場所から数メートルだけとは限りません。もっと何キロメートルにも拡散するかも……」
「住民は避難してるんだろ。それに、お前が魔法を止めればしばらくして噴出も止まる。父さんについてもすぐに連れて逃げる」
「わかりました……あっ」
彩那が路地から覗き込むと、宮田とネルは後退から一転して前進を始めた。
「彼らが進み始めました」
「後退をやめた? 父さんを追い詰めにかかる気か。絶対させるもんか。竜蛇、早くやってくれ」
「わかり、ました……っ!」
まだ母と伯母のことの整理がついていないが、それでも彩那は唯一残った竜王という寄る辺に縋った。彼に縋り、彼に救いを求めたいから、その為に魔法を行使する。
彩那は宮田とネルの足下に手を向け、魔法を起こす場所を正確かつ精度を高めるため集中する。
「水を出せ、出した瞬間俺が飛び出てムラサメの水と繋げてあいつらを窒息させる」
「ッ!!」
彩那が手をグッと握った瞬間、突如として宮田とネルの足下の複数個所から水が噴出した。
「行くぞ!」
すぐさま漆紀が路地から飛び出て駆け、村雨を取り出して水を纏わせ始める。
「これは竜蛇彩那のッ!?」
「宮田先生まずいです」
(やるぞムラサメ!!)
『窒息ね。魔法使い相手には良い選択』
ムラサメの呼応も確認すると、刀身から一気に水が噴き出す。水が二手に分かれて宮田とネルの頭にかかり、彩那が起こした複数の水柱と合流する。彩那が噴き出させた水と繋がり、路面の噴き出し口から村雨の刀身にまで水の繋がりが出来た。
「溺れろ!!」
瞬時に宮田とネルの頭が水球で覆われる。
「ごぼボっ、ぼぼっ!?」
「父さん! さっきの銃声と爆音は父さんなんだろ! 出て来てくれ! こいつらこれだけじゃ倒せないかもしれない!! 撃ってくれ!!!」
宮田とネルは水から逃れようと走ったりしゃがんだり飛び跳ねるが、水球はその動きに追従して宮田とネルの頭を覆い続ける。しかし、父・宗一からの返答はなく銃声が止んだままで周囲の屋根や路地から一切の動きが見られない。
「おい父さん? 早く撃てって! さっきまで撃ってただろ! 早く角度つけてこいつら狙い撃って!!」
漆紀がそう言った途端「ダァン」と一際大きい銃声がした。
「はっ?」
漆紀は体のバランスを崩して転びそうになるが、腕を伸ばす。が、思った様に動かずそのまま地べたに倒れてしまう。
否。腕が動かないのではない、眼前の路上には村雨と血行の良い色の腕が何の風情もなく無造作に落ちていた。
「腕ぇってぇ!! 痛ええぇっ……なんでっ、ええぇ!?」
村雨の操作が途切れ、宮田とネルの頭を覆っていた水球は崩れた。漆紀の精霊術が止まり、路上に落ちた村雨も霧と共に消えていく。
「うるさいクソガキだなぁ! 早く死ね!!」
直球な殺意の籠った言葉と共に、倒れた漆紀の背へと追い撃ちの弾丸が突き抜ける。
その時、彩那は視認した。漆紀、宮田、ネルからおよそ30m離れた家屋の屋根に貴子が猟銃を構えたまま立っていた。
(やっぱり魔法より銃の方が疲れないし、素早く連続で攻撃できて良いわ)
魔法を使えるが、魔法より銃をとった貴子の判断は間違っていない。今の現代において魔法の絶対的優位性は覆っている。むしろ魔法は銃の補助として使うべきなのだ。
「伯母さん!? これ以上、させない!!」
彩那が漆紀の周囲の路面に向け魔法を起こし、そこから一気に大量の水が噴き出す。水の障壁に守られ、銃撃からは免れるだろう。
「しぶといクソ姪だねまったくッ!!」
「やめろっ!!」
建物の屋根には負傷した宗一も居り、宗一は血が滲みだす脇腹を左手で抑えていた。宮田とネルへの攻撃に集中しており、背後から来る貴子に気付くのが遅れ脇腹を拳銃で撃たれていたのだ。
傷を負っているものの宗一は体重に任せて貴子の首を右手で掴んでそのまま押し倒す。
「俺の息子を、俺の銃で撃つな!!」
「無駄にカンの良い……なんで後ろから撃ったのにわかった!?」
宗一が貴子の首にゾンビのように噛み付こうとするが、貴子は素早くポケットからナイフを取り出して宗一の右肩に突き刺す。
「父さん!!」
その間にも漆紀は左手から村雨を取り出してすぐさま右腕を再生させて立ち上がるが。
「行かせない!!」
水球による窒息攻撃が解けたネルが、地下水の水壁越しに漆紀の肩を不可視の強力な力で掴んでそのまま路面に叩きつけた。
「竜魔法ってヤツかッ!? こんなもんなあぁ!」
漆紀が村雨から大量の水を放出し、その勢いで立ち上がろうとする。
「ダイノニクェスの膂力はここからですよ!!」
より一層不可視の力は強くなり、その力と村雨の放出水の圧力で漆紀の左肩が「ごちゃ」と粉砕音を立てて潰れてしまう。
「があぁッ!! 痛ってェえっ!」
その時、薄っすらと不可視の筈の力の正体が見えた。透明だが輪郭から生物だと認識でき、その姿は小型の恐竜である。漆紀は幼少の頃に図書館の恐竜図鑑で見た恐竜を思い出す。似た輪郭を持つ恐竜が居たが、名前までは知らない。
「クソがああぁぁぁっ!!」
路面には夥しい量の血が飛び散り、断面からの流血も止めどない。度重なる激痛だが、それよりも漆紀は眼前の敵を一刻も早く倒さねばならないということで頭が満たされていた。
(俺の力じゃ足らないのか? 父さんもあのままじゃヤバい)
貴子は宗一の肩からナイフを引き抜いており再び刺そうとするが、宗一はこれを防ぐべく必死に貴子の手首を掴んで押さえて取っ組み合いと続けている。
「ムラサメ、もっと水出せえぇッ!!」
そう叫ぶも、ムラサメから返ってきたのは非情な事実であった。
『水の貯蔵が少なくなってきてる。最後に貯水したの、いつだかわかってる?』
「こんな時に……っ!」
『でも水なら周囲にある。噴き出した地下水と水を繋げて!』
「最初からそう言え!」
再生した右手からもう一度村雨を出現させようとするが、その動きを眼前の敵が見逃すはずが無かった。
「動かないでください竜王様」
伸ばした右手が、先程とは別の不可視の力で叩き潰された。
「ああぁぁっ!! なんでだよクソおおぉッ!!」
宮田の竜魔法で、ネルの行使するものとは別の不可視の力が振るわれたのだ。
「感情を抑え、無情になってください竜王様。あなたは本来、庶民が持つような俗な感情や精神など不要なのです。ただ絶大な力を持って、静かに高潔そうに鎮座する。それだけでいいのです……」
「竜蛇ぃ!! 俺だけじゃだめだ! もっと水出せぇ!!」
傷口から流れ出す己の血にまみれつつも漆紀は彩那に向かって必死に叫ぶ。
「これ以上無理です竜王様! これ以上の水の噴出と制御は無理です!!」
彩那の魔法の技量も限界があった。彼女が使う魔法の特性上、普段は魔法を使わないので技量は低いのだろう。
「宮田先生。竜王様は怪我を治せるようですし、頭をやっちゃっても良いのでは?」
「んー……潰して万が一そのまま死んだらマズいです。脳震盪か気絶レベルに頭を打ちなさい、ネル」
「ふざっけんなッ! ふざけんなテメぇらああぁぁッ!!」
宮田とネルからすれば、漆紀の叫びなど喧嘩に負けたガキの遠吠えだろう。
だが、唐突にも宗一と貴子が取っ組み合いをしている家屋とは別の屋根から「パァン」と銃声が聞こえた。
「なんだ?」
漆紀が地べたに這いつくばったまま音のした方の屋根を見上げると、屋根には薄っすらと夜闇に紛れて人影があった。




