32.質問、世理架が語る事
「そうか、漆紀君には色々カルチャーショックだったわけだね。この佐渡島は」
「まあ、はい……」
漆紀はあくまで漆紀自身の視点で思った事と起こった出来事を洗いざらい世理架に話していた。
「で、ずーっとだんまりだけど……彩那ちゃんは彼をこの島に拉致してどうだった?」
「竜王様を巡って、多くの信者が死んでいます。今の状況が……正しいとは思っていません。でも、佐渡にせよ本家にせよ竜理教は常に竜王様を求めております」
「竜王様を奉ずるためなら互いに信者がどれだけ死んでも致し方のない事……そう言う気かい、彩那ちゃん? そう思ってるなら、君みたいなのが司教だなんて信者が可哀想だ」
世理架にそう煽られても彩那は特に何も言う事はなかった。
しかし漆紀は世理架が父に魔法を教えた人物である事を知っているので、世理架がどういう人物で何を知っているのか気になり質問を投げかけ始める。
何歳なのか
「世理架さん、父さんに魔法を教えたって聞いたけど……あんたその見た目で何歳なんだよ。明らかに年齢と見た目がおかしいだろ」
「ふふふ、わたしはアンチエイジングのプロなのさ。見た目いくつに見える?」
「見た目は20代前半……あの、何歳かって聞いたんだけど」
「歳も当ててみ?」
「140歳……なんてな、冗談冗談……」
漆紀が頭に浮かんだ数字を思いつきで言うと、世理架は一瞬だけ目を見開く。あまりの突拍子もない冗談ゆえか世理架は「ないない」と言いながら笑う。
「冗談も本当にほどほどにしてくれぇ。アンチエイジングのプロでもそんな長生きはしないよ」
「とっとと歳教えてくれませんかね、他にも色々問いただしたい事があるんで」
「わたしの歳を知りたいのならわたしと結婚してくれ」
「……それ、父さんにも同じ冗談言ってるんじゃないか?」
漆紀が直感で邪推をすると、これまた世理架は口を開けたまま少し黙ってしまう。
「んー……漆紀君は色々と冗談を面白くしてくれないところがあるなぁ。まあいいや、他に聞きたいことは?」
けむに巻かれた気分であるが、漆紀は気を取り直して違う質問を投げかける。
宗一のことについて。
「父さんのことはどこまで知ってるんだ?」
「宗一君かい? まあ、彼が陽夜見ちゃんと結婚した以前から知っているよ」
世理架が口にした「陽夜見」という名前は「辰上陽夜見」、すなわち漆紀の母の事である。
「あんた絶対50代だろ。昔の父さんは、一体どういう事をやってたんだよ。あんたの話す父さんの人物像……まるで……殺し屋とか傭兵みたいじゃないか」
「ああ、女子供だろうが敵なら冷静に撃ち、必要なら近付いてから頭を撃って確実に敵の死亡を確認するって言ったもんね。そうだよ、彼はね……元々そういう人種だよ」
「ッ!?」
漆紀は何となく嫌な予想はしていた。自分の父が日頃から見せる妙な冷静ぶりや落ち着き、社会が混乱していた時代とはいえ店や要人を反社会的勢力から警備すべく銃を撃つ危険な仕事をしていたと語っていたこと。
それらを鑑みると、警備などという聞き心地の良い正義臭のする仕事だけをやっていたのか疑問が残っていたのだ。
事実、便利屋家業では反社会的勢力から怪しい品を運ぶことがあっても宗一は気に留めることなく「ただ届ければ因縁など付けられない」と言ってスルーしていた。
反社会的勢力からの仕事を便利屋家業でも当然のように請け負っていた辺り、漆紀は父が見せた正義臭に対しての疑問を持っていたのだ。
「宗一君は15の頃からチャカを持って、ある店の店主を暗殺するわ、反社会的勢力が戦争を繰り広げる戦地へ赴いたり、爆破工作やったり、施設潜入したり、ある企業の社長暗殺したり、殺しと破壊ばっかりやってるよ。どうだい、これだけ聞いて満足かな?」
「そうか……父さんは、やっぱり悪人だったんだな…………」
「悪人、ね。仕事は犯罪に相当することばっかりだけど、それだけで彼の人格を悪人と断ずる君も酷いと思うよ漆紀君。彼がそれらの仕事を〝楽しんで〟やってたとでも思うかい?」
世理架にそう深く問われて、幼少から今に至るまで自身の眼に映った父の姿を思い起こしてみる。そうして出た結論は一つだった。
「いや、そうは思わない。父さんは悪人だろうけど、人殺しや破壊を楽しんでるイカれ野郎なんかじゃない」
「なら君の中ではそれが答えだ。それが全部だ。これ以上宗一君の悪行について語れることはないよ」
一通り質問をし終えたところで、今度は世理架の方から話題を振る。
「漆紀君、君は今後どうする気だい? 君が思っている以上に、竜王様だと思われてる状況ってのは面倒臭いものだよ。さて、どうするかい?」
「どうったって、思いつかない……竜王じゃないって証明すれば」
「どうやって? 証明できたとして、竜理教の信者達は〝竜王を騙った不届き者だ〟と勝手に恨みを抱いて君の命を狙うだろうね。カルトとはそういうものだよ」
カルトという言葉を使われて彩那は露骨に不機嫌な様子を見せた。
「カルトじゃないです。佐渡流竜理教は」
「知ってる、中世から存在する宗教だろう……しかしやってることが抗争としつこい勧誘、奇祭や変な文化。それじゃカルト扱いもされる。世界的なキリスト教やイスラム教にヒンドゥー教など、それらの歴史と比べたら新興カルトと言われても仕方ない。そこは諦めな」
彩那への返答を終えると「さて、話を戻そう」と世理架は漆紀との会話を続ける。
「漆紀君、どうやって竜理教からの追跡を逃れる?」
「整形するとか? 父さんから聞いてると思うけど……この前の一件の時も、整形は冗談半分で妹と話してたから」
「ああ、あの件ね。宗一君に劣らずよく戦うもんだ。整形か、確かにそれでもいいけどね。でも、彩那ちゃんみたいに竜王様探知しちゃう子がいる限り整形しててもいつかはバレる」
「なら……俺のコト追わなくなるまで、毎回返り討ちにするだけだ」
「威勢だけでどうにかなるもんじゃない。宗一君からムラサメのことは聞いてるからね……漆紀君には毒は効かないとは思う。でも、劇毒じゃなくても君を昏倒させる方法は山ほどある。具体的な方法は控えるけど」
雑談気分のままそう語る世理架の様子から、漆紀にはそれが虚勢による発言とは思えなかった。
ここまで、彩那は静かに話を聞いて割って入る事が無かった。ただ話に聞くだけであるが、漆紀の父・宗一という途轍もない危険人物を今までノーマークであった事に後悔した。
(まさか竜王様のお父さんがそんなに……そんなに恐ろしい人物だったなんて。確かに、大抗争時代などに魔法を駆使して傭兵をしていた魔法使いも少なからず居たとは父から聞いてましたが……実在するなんて、そんな)
漆紀の父の存在。そもそも漆紀の身辺調査を深くせずにただ自分達佐渡流竜理教の渇望と衝動のままに強引に漆紀を拉致したことはカルトと断じられる程の異常行動であるし、あまりに急ぎ過ぎた故に本家竜理教にも動きを察知されたのだ。
母・香代子が亡きいま、どう弁明しようともこの愚鈍な計画の功罪は全て彩那が負う事になる。
司教家の長女ゆえ、彩那は佐渡流竜理教の司教として徹し常人として生きる事を捨てることを求められた。それが嫌で彩那は今夜、遂に漆紀に助けを求めたのだ。
そうして今に至っている。だが、いざ全てぶん投げた今の彩那の心境はというと。
(私は、佐渡流竜理教のためだけに生きたくはない……でも、このまま全部放って、信者のみなさんが死んでいくのも…………それは間違ってる)
司教家の責任が彩那に付いて回るのは変わらない。母・香代子が亡き今、彩那には母親に邪魔されず好きな様に佐渡流竜理教を導けるという利点もある。
母や今までの先祖達が行わなかったやり方、それこそ司教だろうと自分の自由を失わずに生活出来る方法も試せるのではないか。
母が死んだというのに、彩那はそんな小さく鈍く光る希望が芽生えてしまう。
けれどその希望は罪悪感に潰される感覚はしなかった。きっとこの希望が彩那の中で芽生えたのは、他ならぬ漆紀の存在があったからである。
「まあ、宗一君が来るまでまだ時間がある。こんな真面目な話題以外でも色々話そうか」
世理架がそう続け、漆紀もまだ話したい事がある様子であり、それを見聞きする彩那は「夜明けまで続きそうだ」と心中で零した。




