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27.竜脈の巫女、暴走

「ああぁっ!?」

廃車の物陰から飛び出た悲鳴は彩那にしては低めの声であった。

「もう……やめてくださいっ!! 伯母さん……っ! なんで、こんな……酷い、コト」

廃車の物陰から一歩一歩退くのは彩那であった。彩那は両手でスリングショットを手にしており、既にいつでも放てるよう構えていた。

「悪いがそっちを助けてらんないからな! おい銀髪、まずはお前だ!」

漆紀はそう言って宮田へと膨大な量の水を勢いよく村雨の刀身から放った。

一方、彩那の方はというと焦燥に駆られつつ一歩一歩貴子から退く。また、彩那へと一歩一歩近付いていくのは左側頭部を左手で抑える貴子だった。左側頭部から血が流れ出ており、恐らく彩那がスリングショットの弾で付けた傷が原因であろう。

「あたしは司教代理だ! でもこんな魔法使いもロクに居ない田舎の竜理教で生涯終えたくないんだよクソガキぃいい!! この島ごと本家に渡してあたしは高飛びする! 本当にお前も香代子も邪魔だしうざったかったよ、死ねぇええええ!」

鬼かと見紛う程の怒りに身を任せた貴子が右手に持った拳銃を彩那の頭に押し当ててグリグリと銃口をこすり付ける。

「やめ……て……っ!!」

雑草生い茂る路面へと倒れたはずの香代子が力を振り絞って左手を伸ばし、一つの竜魔法を放った。

香代子が左手に握り締めていたのはとある恐竜の歯の化石である。恐竜の化石を用いた精霊術の行使、これも竜魔法と呼ばれるのだ。化石の歯は太く、尖り、強靭な元の姿を想起させるものだった。

その化石から精霊術で引き出した竜魔法の正体。それは、およそ6700万年前の在りし日のティラノサウルスによる不可視の噛み付きであった。

術者以外は不可視であるティラノサウルスの頭部が化石を通した精霊術によって放たれたのだ。

人類が知る限り最大レベルの咬合攻撃が貴子へと迫る。

彩那に撃たれた事で虚を突かれる攻撃に気を配っていたのか、貴子は香代子の魔法に気付きすぐさま自分も竜魔法を行使する。貴子が左手に持ったのはトリケラトプスの角先の化石。

化石に精霊術を行使すると、トリケラトプスの頭部による不可視の角上げ攻撃が引き出された。

トリケラトプスの角上げがティラノサウルスの噛み付きを無理矢理跳ね上げて、香代子の瀕死の抵抗を不発に終わらせた。跳ね上げられたティラノサウルスの頭部は空気に溶け消え、香代子はこれで打つ手が無くなった。

この不可視のはずの竜魔法の攻防を、漆紀は一瞬振り返った時に薄っすらと透明な影のような存在として知覚していた。

(今の、恐竜みてぇな頭同士がぶつかって消えてた……なんだよ今の)

「死に損ないが!!」

香代子の魔法を相殺し、貴子は彩那から銃口を放して香代子に向けた。そのままトリケラトプスの角で串刺しにしても殺せるが、魔法を使うより銃を使う方が楽なために貴子は拳銃でのトドメにしようと決めた。

「やめて伯母さん!!」

家族に対し計り知れぬ怒りと恨みを持った貴子が聞く耳など持つはずがなかった。彩那の静止は間に合わず、貴子は香代子に再び弾丸を放った。

「ぐっ……彩、那」

「死ね、確実に死ね! 姉より幸せになる妹なんて居てイイ訳ぁないんだよぉっ!!」

二発、三発、四発と一発一発追加の弾丸が香代子の死を覆せない事実へと近付けていく。

「これで全部だ!!」

貴子は最後の一発を香代子へと撃ち終えなお既に残弾無き拳銃の引き金をカチカチと何度も引きつつ、満足気な様子で頬が歪むほどの笑みを浮かべる。

もう香代子はうめき声すら上げなくなった。瀕死の荒い息遣いすらなくなった。

彩那は頭の中が真っ白になった。ただぞわぞわする、もう取り返しが付かない、人生の道が大きく間違ってしまった、そんな得体のしれぬ虚無感と絶望感が一気に押し寄せる。

「ああぁぁぁっ……ああ……………ぁぁぁああああああああああっ!!」

彩那は遂に心の防波堤が崩壊した。今まで恨みや怒りなど全く無い善良で良き家族に見えていた貴子が、尋常ならざる長年の恨みを見せて母・香代子を撃ち殺した。

彩那が絶叫した瞬間、突如として坂道の路面がぐらぐらと揺れ始める。

「なんだ、なんなんだよ!!」

宮田に何度も水を放ったり斬りかかっては避けられ続け苦戦する漆紀は、助けたくても宮田で手一杯で助力できなかった彩那の方を再び振り返る。

彩那の両目からは涙が止め処なく溢れ、劈く悲鳴を上げ続ける。

「黙れクソガキが!!」

うんざりした様子で貴子がすぐさま予備弾倉を自動拳銃に装填し終えて彩那を撃とうとする。

「うわっ!?」

彩那を撃つ直前に地面に小さく亀裂が走り、その亀裂から大量の水が噴き出し彩那と貴子の間を遮った。

「水なんか!」

気を取られず貴子がそれでも彩那を撃とうとするが、今度は貴子の真横の地面の亀裂から大量の水が噴き出し貴子の身を廃車側の壁へと押し退ける。

「これは……竜王様、あなたの?」

手を止めて宮田が漆紀に問いかけるが、漆紀は困惑する。

「なんだよこれ、どうなってる! ムラサメ!」

何が起こっているのか状況を把握しきれぬ漆紀がムラサメに問いかけると、すぐさま答えが返ってくる。

『恐らくあの子……竜蛇の力ね。竜王の巫女……その魔法が暴走している。彼女が何の魔法を使うのかは知らない。でも、水の魔法の可能性が高い』

「あああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」

金切り声での絶叫を続ける彩那の周囲の地面から次々に水が噴き出す。それだけではなく、この場所周辺の地面のいたるところから大量の水が噴き出し、瞬く間に周囲が水浸しになる。

「何をする気だ竜蛇! 何考えてる!! おい!」

もはや漆紀の声など耳に届いていない。水浸しどころか大雨時のような水の流れが発生し始め、このままでは嵐の川の濁流にまで発展するであろう。

「どうすれば竜蛇を止められる!」

『斬る』

「き……それ以外で!」

『なら彼女に近付いて説得して』

「わかった! 飛ばせムラサメ!」

暴走した彩那が生み出した流れに負けぬ勢いで村雨から大量の水が勢いよく放出され、その水圧で漆紀が彩那へと近付く。

「行かせませんよ竜王様」

宮田が漆紀の左足首を掴んでそのまま流れに引きずり下ろそうとするが。

「悪いな、村雨は俺一人用だ!」

漆紀がそう軽口を言うと思い切り宮田の手を右足で踏みつけ手放させた。

「うおっ!?」

宮田は村雨の放流水と彩那の魔法による水の流れに巻き込まれ、ネルの様に坂道を下って流されていく。

「竜蛇! 落ち着いてくれ!!」

村雨から水を放出したまま、左手で彩那の肩を掴んで揺さぶる。彩那は半目のまま金切り声を上げ続けており、およそ耳に言葉が入っていかない。

それどころかより一層彩那の魔法による水の噴き出しが悪化していき、坂道を流れる水量が増して川の様になっていく。

彩那に近付いて分かった事だが、ただ水が噴き出してるのではなくそれらは熱量を持っており温水となっていた。

「聞けっての、おい! あーもういい加減にしろ! このヒロイン脳が!!」

言葉だけでは足らないと判断した漆紀は彩那の額に向けて思い切って頭突きを当てる。

「っ痛あぁ!!」

竜蛇のすぐ傍だけは水の流れが弱く浅いが、それでも時間が経つごとに周囲の水の流れが増していく。

「もうやめろ、あいつらは流れていった!」

「伯母……さんは……」

そう言われて漆紀は「ハっ」と気付く。

漆紀が拳銃持ちの貴子の所在を探すが、明らかに周りに人影は居なくなっていた。

「大丈夫だ、物陰にも居なさそうだ。ヤツは流されていった! だから安心しろ!」

「お母さんが、死んでしまいました……遺体も、私のせいでどこかへ流れて……もう嫌だぁ、ああぁぁ……っ!」

嗚咽を漏らし、幼い子供の様に泣きじゃくる。彩那が堪え、そして必死に秘してきた弱さが今まさに曝け出されたのだ。

「親が死んだのは辛いさ、そりゃわかるよ。だけど、自分が一番不幸なんだとでも思ってるのか竜蛇! ヒロイン脳も大概にしろ!」

「なんでぞんな、ひどいごどいうんでずがぁ!!」

泣きじゃくって紡ぐ言葉は濁点ばかりの濁ったものだった。

「俺も母さんが急病で死んじまってる! それでもワケわかんない神様なんかに頼んないで生きていけてる! ならお前もきっと同じようになれる! 竜理教とか、竜王様とやらに頼らなくても!!」

「わだじにどっで竜王様が救いだっだんでず!! なのにあなたば……わだじば、流血の儀にずら失敗じました……っ!!」

「そのあと俺を道案内してくれただろ! さっきの儀式からは竜理教とか母親の指示じゃなくて、お前の意思で動いてただろうが!! なんでいつまでヒロイン脳でヘラってやがる、とっとと魔法を止めて落ち着いて前に踏み出せ!」

「いやでず、もう……全部、全部洗い流して……」

水の色だけは清流で勢いこそ濁流の流れであるが、その水の流れが遂にいつぞや体験した多摩川の如き勢いにまで増した。

それだけでなく水の温度が変化しており、触れると軽度の火傷を起こすほどのものになっていく。

「ぐっ……だーもうッ!! まだ分からないのかよ! お前はまだ、誰かに〝助けて〟って言ってないだろッ!」

「ッ!!」

それは彩那が口に出せなかった、口に出すという発想すら湧かなかった、けれど出すべきだった言葉であった。

まさに、彩那は胸を打たれた気分だった。

「一人で私不幸ですってアピールだけ続けて、言葉に出さないで助けて貰えると思ってんのかよ! ふざけんな!」

「な、なんで」

「甘えんなよ! 助けてって言ってくれよ! ヒロイン脳で助けて言わなかったら、現実じゃ誰も助けてくれないんだよ! お前がどんな竜理教の教義や神話を聞いてそんなヒロイン脳になったかなんて知らねぇよ。でも俺は便利屋の息子だ! 助けてって依頼されりゃ面倒だけど助けるよ、カルト野郎でも!!!」

「あっ……ああぁ」

「だから、助けてって言ってくれ!! 俺は……」

竜理教は世間的にはカルト扱いである。彩那はそのカルトの司教家の長女であり、彼女自身も今まで佐渡流竜理教の信者であるし竜王様を信じてきた。

それらを全て関係無しに、彩那本人の性格が異常者だとは思えなくなっていた。全ての行動は佐渡流竜理教というカルトと母親の指示やその期待に応えるべく駆られたものだ。

彩那自身は、きっと今見せている普通の少女の姿にほかならない。

漆紀と大差なく本来は大した目標もないティーンエイジャー、それが彩那だ。そして何より、彩那は流血の儀の時以外は漆紀を傷付ける行為をしていない。今まで戦った夜露死苦隊や萩原組のような殺意や敵意を抱いているワケではないのだ。

ならば漆紀にとって彩那へ出す答えは明確であった。


「俺は、お前を助けたくなっちまったんだ!!」


彩那に負けず、ティーンエイジャーの漠然としたヒーロー脳が実家が便利屋という境遇も相まって遂に暴発した。

「たつがみ、くん……助けてっ」

「わかったッ!!」

村雨から放出される水の勢いが更に増し、その勢いのまま漆紀は彩那の腰に左腕を回して抱える。

「飛ばせムラサメ!」

坂の上を村雨の水圧で更に上って行き、わずか5秒で30mほど坂を上った。

上った先では地面から水など噴き出しておらず、彩那が移動してきても地面から水が噴き出る様子はなかった。漆紀が左腕に抱えた彩那を降ろし、先程まで居た場所を振り返る。

先程まで彩那の居た場所から噴き出る水の勢いは次第に弱くなり、いずれ水の噴き出しは止まるであろう。

「しばらくここで休もう、お前が落ち着くまでな」

「一緒に……居てくれますか? どこにも、行かないですか?」

彩那が弱った様子のまま子犬のような目で漆紀にそう問いかける。

「ああ、落ち着くまで動かない。だからもう、泣くな」

「……はいっ……」


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