2.放課後、三人組と宗教家
放課後、武蔵多摩高校。
放課後の高校の風景というのはどの高校でも同様のものである。窓から夕陽が差し、そのオレンジ色がより一層物影を際立たせるのだ。
漆紀はSNSツール上のICCメンバーに放課後の招集をかけた。介助の事について、空き教室に集まり話そうという旨を伝えたのだ。
そうして漆紀はホームルームが終わるなり、空き教室に向かったのだ。
漆紀を始めとした生徒達の教室はA棟とB棟に集中しているが、空き教室はE棟にある。E棟はB棟の連絡通路から渡ることが出来、E棟2階の図書室に隣接する教室が空き教室となっている。
(俺が巻き込んで、太田は死んだ。確かに太田は助けてくれるって同意したけど、俺が話をして誘わなきゃ死ななかったんだ。俺が悪いに決まってる。でも真実を話せば多分ICCの奴ら、通報するし……俺は警察に撃ち殺されるか絞首台行きだ。死んだ事実だけを伝えるんだ……友達死なせたってのに……まだ生きてぇよ。ごめん、太田)
友人を死なせたことに罪悪感を感じるものの、それでも生きたいと思ってしまうのは人の性だろう。
漆紀が空き教室に入って、それから数分。
ホームルームが終わったものの、一向にICCのメンバーが来ない。
七海は運動部であるため放課後は練習があるだろう。しかし、その他のICCメンバーは全員文化部か帰宅部であるため暇な時間は多いはずだ。
「さてと、御一人ですかな辰上氏」
「平野か。他は、まだだな」
漆紀の次に空き教室に来たのは平野小太郎であった。
「恐らく来る見込みのあるのは烏丸氏でしょうなぁ。他のメンバーは……小島氏や早川氏、田邊氏、諸星氏辺りは来ないでしょうなぁ」
「なんでわかる?」
「彼らはICCの提案者であるし、かろうじて高校生らしいコミュニティーを作ろうと陰キャなりに形だけやってる……頑張ってるポーズだけしている人種ですからな」
「辛辣だな」
「まあ、そもそも陰キャと言う存在は多かれ少なかれ、自分の時間を他人に割く事に価値を感じぬどころか、それを悪と見なし冷笑する要素を持っておりますからな。それが個人単位の他人ではなく、集団単位の他人だろうと平気でそうしますからな」
事実、高校1年生のときICCメンバーの小島、早川、田邊、諸星という生徒は、体育祭では基本的に全員参加するダンスにも参加せず練習も行かなかった。自分の時間を大事にする価値観も重要であるが、全く他人を一切大事にしないというのも社会性が無く良くない行為とも言える。
そのような分析を冷静に述べる小太郎は、普段のキモオタムーブを発揮するそれとは違ってどこか冴えて達観している様に見えた。
「ところで……拙者、地獄耳と邪推にはそれなりに自信があり申す。察するに……太田氏は亡くなられたのですな?」
「そうだ」
迷わず漆紀はそう肯定した。曖昧にしたり、否定したりする気はない。それをすれば、太田が生前抱いていた意思を否定する事になるからだ。
「迷わず即答ですか。まあ、単に引っ越しであれば教師は堂々と〝引っ越した〟と申すでしょうからな。それが示す所は、即ち太田氏は亡くなったとみるのが妥当かと」
「ああ。太田は死んじまった。でも、だからって太田の事を最初から居なかったみたいに扱わないで欲しいんだ。あいつは確かに、俺達ICCのメンバーだったし、俺は……友達だったと思ってる。だから、あえてアイツの話をしない……なんてことは、やめて欲しい」
「そうですな。では、太田氏の事……お聞きしてもいいですかな?」
「ああ。何が聞きたい?」
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その後、空き教室には烏丸蒼白がやって来た。しかし小太郎の予想が当たり、他のICCメンバーが来ることはなかった。
「とはいえ辰上氏。今日来なかった彼らを恨んだり、軽薄だなどと思ってはなりませぬぞ?」
「太田は、通り魔に撃たれたのか。そりゃあ、その……あんまりだな……オレ、そんなの知らなかったよ」
蒼白は名は体を表すかのように顔面蒼白で気の毒そうにそう言う。恐らく蒼白に関しては演技ではなく、気の毒に思っている心は本当なのだろう。
「通り魔で拳銃にやられるのはあんまりですな。毎年亡くなる本校の生徒は、何らかの因果があって、その結果で亡くなる場合が多いですからな」
「去年は、何人……どんな死因だったんだろ」
「刺されるか殴られるか、ロードキルなどなど……そこそこ色んな死因がありましたが、どれも何らかの因縁がありました。本当に、太田氏は因縁なしに通り魔に撃たれたと?」
ロードキルなどという言い回しが小太郎の陰キャぶりが垣間見える。
「ああ。そう聞いてる」
漆紀はあくまでそう言い張り続ける。
「なあ、暗くなってきたしそろそろ帰らないか?」
蒼白が切り出すと、それもそうだと漆紀と小太郎は納得して教室を出ようとするが。
「おお、こんなところにまだ配れる人がいたとはぁー!!」
思わぬ人物が、空き教室の戸を開けた。
「ゲェーッ!? た、竜蛇だ!」
思わず蒼白がそう言った。空き教室にやって来たのは、竜蛇彩那である。昼間に漆紀達の教室へ説教を聞かせにきた竜理教の信者である。
「烏丸氏、そう露骨に嫌悪を示すのはやめなされ」
「カルトのやべーやつとか面倒じゃん。あー面倒臭ェ、アーメン」
「は?」
「あ?」
蒼白がくだらないセリフを放ったため、漆紀と小太郎は低いトーンで蒼白を責める様に疑問の一声を漏らす。
「い、いや……あー面倒臭ェとアーメンって響き似てるしカルト相手ならアーメン言うのも」
「烏丸、お前もういい。ちょっと黙ってろ。さて竜蛇、何の用だ。悪いけど俺達が信じるのはお金様と空飛ぶラーメン教だけだぞ」
空飛ぶラーメン教に関しては口から出まかせであるが、世の中には似たような名前のおかしな宗教団体が実在するため口先勝負の虚言としては少し現実味があるだろう。
「そうですかぁ。私、ご存じの通り佐渡竜理教の者でして……ボールペン入ったビラ配ってます。あの、入信しろなんて言いません。ただ、ノルマがあるのでビラを受け取って欲しくて」
彩那はそう言って紙袋から折り畳まれたビラとボールペンの入った長方形のビニール封筒を一つ突き出す。
「では拙者が受け取りましょうか。なんなら、拙者が全部頂きますぞ」
奇特な事に小太郎は彩那のノルマに協力する気を見せる。
「おいどうした平野。キモオタ特有の優しさ見せか?」
「どしたん話聞こうか野郎かよ……」
漆紀と蒼白は小太郎のやましい狙いにドン引きしつつも、小太郎は彩那に一歩一歩近づくたびに変態的な厭らしさの宿った眼を見せる。同時にワザとらしく彩那の胸に視線を集中し両手の指を怪しげに動かす。
「確か、あなたの洗礼名は青竜ですなぁ」
「え? あ、なぜ私の洗礼名をあなたが……」
彩那は小太郎の物言いと声色、態度などなどに得も知れぬ嫌悪感と恐怖を抱き始める。
「はぁはぁ、そして拙者の観察眼で見る限り、あなたの背丈と姿勢からすれば……ハァハァ、ば、バストはI、ヒップは70cm代でしょうなはぁはぁ」
「うっ、あの……あんまり近寄らないで下さい。ちょっと、本当、無理で……ぅううあぁぁあああああ!」
彩那とてカルト信者といえど年頃の乙女ゆえか、小太郎のキモオタぶりに耐えきれなかった。紙袋をその場に置き去りにして空き教室から逃げ去った。
「拙者ぐらいの上級キモオタともなれば、このぐらい造作もなきこと。辰上氏、烏丸氏、彼女を撃退しましたぞ」
「お前ほんとキモオタすぎんぞ」
「クソゲーやってるオレも大概だけどお前変態すぎない?」
漆紀と蒼白から辛辣な言葉を受ける小太郎であるが、言葉に嘘はないのか彩那が置いていった紙袋を持つ。
「平野、本当にビラ貰ってくのかよ。俺はやめといた方が良いと思うけど」
漆紀はそれでも小太郎の行動を心配するが、先程までの顔色とは打って変わり爽やかな笑みを浮かべて小太郎は返答する。
「いえいえ、これには拙者なりに考えがあるのでござる。辰上氏と烏丸氏は気になさらず下校しなされ」
漆紀と蒼白は小太郎を信じる事にして、その日はそのまま帰宅した。




