26.貴子の寝返り
放置されて雑草生い茂るアーケードを進む漆紀達だが、黙々と進み続けること1時間。
「ん? 誰か来る」
先頭を行く香代子がそう言うと、漆紀はすぐさま村雨を取り出して構える。
「竜王様、しつこいようですが今更勝手に逃げないでくださいね?」
「わかってるって竜蛇」
前方から来る人影は二人。徐々に近付いて来るのが見え、姿が明確になっていく。
その二人組は片方が40代前半の銀髪男で、もう一人はアメリカ系ハーフの金髪少女だった。二人とも私服であり、明らかに場違いの存在だった。
「貴方達は?」
香代子がボウガンを構えて警戒するが、銀髪男と金髪少女の二人は両手を上げて無抵抗の意を示す。
「我々はこの周辺で生態調査をしていただけです。夜でないと、野生動物が出てこないので……どうか、撃たないで。この子は生徒です」
銀髪男が金髪少女を生徒と説明して弁解するが、明らかに不審すぎる。
「一体何を。あなた達は竜理教の者ではないの!?」
香代子がボウガンに添えた懐中電灯で二人の顔を照らしながら問うが、突如として静寂なアーケード街に乾いた爆音が空気を震わせた。
「なんだ!?」
「なにやってるの伯母さん!!」
彩那の一声を聞き、香代子の斜め後ろに居る貴子へと漆紀は視線を移す。
見れば貴子は右手に自動拳銃を持ち、その銃口は香代子の方に向いていた。そして先程の音を鑑みるに、もう「撃った後」なのだと認識できた。
「姉さん、どういう……つも」
焼けるような痛みを腹に覚えた香代子がボウガンを落として患部を両手で押さえるが、貴子は無言で香代子へともう一発、二発と撃った。
「あっ……」
そのまま香代子がその場に倒れてしまい、漆紀は異常な状況を察して動き出す。
「危ねぇ、竜蛇!」
次に銃口が向くのは彩那の方ではないかと考え、漆紀がすぐさま彩那に駆け寄りその勢いのまま押し倒して庇う。
「どいてくださる竜王様」
そう言いながら貴子は自動拳銃の引き金を何度も引いて本来自分達が奉じ、崇め、守り、信じ抜くはずであろう漆紀の背を撃つ。弾は正確に漆紀の背を抉り、瞬く間に背中が血まみれになる。
「ぐあぁ! ぐぅ! 痛えっ! 連続で撃つなクソ! 竜蛇、立てるか!」
「は、はい」
「あんた、なんでいきなり裏切ってる! なんなんだあんたは!」
漆紀が少しだけ貴子の方へと振り向くと、貴子は今までの平静が嘘のように恨みや破壊欲の籠った並々ならぬ表情を浮かべていた。
「竜王様、さっさとそのガキを殺させてください。あたしには時間がない、こんな島の司教代理などやってられないんですよ!」
「クソ、弾ぁ何発あんだよコイツ!」
彩那を庇う漆紀へと躊躇いもなく発砲を続ける貴子へと悪態を吐くが、当の貴子は銀髪男と金髪少女の方へと声をかける。
「本家の方、もう演技は要らないですから動いて! クソ姪を殺し竜王様とあたしを保護して!」
貴子がそう言い切るとようやく銀髪男と金髪少女は両手を下ろす。
「クソ、もう弾倉が……」
貴子が拳銃の弾を撃ち尽くしたのか弾倉を抜いて捨てるが、漆紀はその隙を見逃さず彩那の手を掴んで立たせる。路上駐車して何十年も放置されそのまま錆びた自動車が近くにあるため、その物陰に彩那を押し飛ばす。
「竜王様!」
「お前隠れてろ!」
漆紀はムラサメを取り出し瞬時に傷を癒やすと、貴子が拳銃に予備の弾倉を詰め終える前に斬りかかるが。
「ダイノニクェス!」
金髪少女がそう叫んだ途端、漆紀の手首は人間離れした不可視の力で骨ごと大きく捻じ曲がる。
「ぐああぁっ、なにしやがったクソ!」
すぐさまムラサメの力で捻じ曲がった手首を瞬時に治して飛び退くが、金髪少女は不可視の魔法を続けざまに行使する。
「掴めダイノニクェス!! 宮田先生も戦って下さいよ!」
「拙僧は手出ししませんよ。ネル、あなたぐらいの力で戦うのが今の竜王様には丁度良いのです。さあ、竜王様を〝無力化〟してみなさい」
「無茶言いますね宮田先生……」
漆紀が体勢を立て直して再び周囲を見る。貴子は漆紀がネルに攻撃された隙に銀髪男・宮田の背後まで移動していた。そして香代子は倒れたまま生死不明。
「ベラベラと、いきなり魔法仕掛けてきて好き勝手事を進めやがって。お前らナニモンだよ。竜理教なのか?」
漆紀がネルと呼ばれた金髪少女を睨みつけながら問いかける。
「ええ。お迎えに上がりましたよ竜王様。どうか抵抗せずこちらに」
「嫌だ。俺は竜王でもなんでもねえ。お前ら竜理教連中が勝手に勘違いしてるだけだ」
「いいえ、あなたは竜王様ですよ。そこの物陰に逃げ込んだ巫女があなたを竜王と判断したのでしょう? なら竜王ですよ、自覚なきだけ……さ、こちらに」
「やだ、どっかいけ!」
ネルの誘いを断り、漆紀は村雨から大量の水をネルや宮田、貴子の居る方へと放出した。
「おっと、危ない」
ネルより後方に居た宮田と貴子は水に当たらずに済んだが、ネルは漆紀と距離が近いゆえに避けられなかった。
「うわっ!? ダイノニクェス!! ダイノニクェス! ぐぐ、なんで! あああぁぁ!!」
とめどなき濁流の如き水の流れにはネルの竜魔法は何の意味も成さず、濁流に巻き込まれて下り坂を流されていく。濁流はその水しぶきすら凄まじく、周囲一帯を爽やかに湿らせる。
「どうしよう、お母さんが、お母さんが……あぁぁああ、伯母さんが撃って、なんで、お母さんが、死ぬ……ああぁああっ、あああああぁぁっ!!」
廃車の物陰に隠れた彩那は母が伯母に撃たれた事実に恐怖と困惑、様々な混沌が頭に渦巻き発狂寸前であった。
「あいつはとりあえず離したな。あんた、あのパツキンの引率の先生かなんかなんだろ。次はアンタだ」
流されていったネルの姿が見えなくなると、漆紀は濁流の放出を止めて宮田へと村雨の切っ先を向ける。
「拙僧だけですか? 司教代理殿は眼中にあらぬとは、竜王様はお高い方だ……」
宮田がそう零すと漆紀は「あっ」と声を漏らした。いつの間にか宮田の背後に居たはずの貴子の姿が消えたいた。
「竜蛇!」
気を取られているうちに貴子は彩那を殺しに動いたと感付き、思わず漆紀は叫んだ。




