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25.状況悪化、逃走する漆紀と彩那

午後5時。流血の儀の1時間前。

佐渡市中央の平野にて。

「どういう事です宮田先生!」

ネルと宮田は琴浦から退いて佐渡市中部の平野に戻っていた。その最中、ネルと宮田に竜理教の本部から連絡があったのだ。

「佐渡流竜理教から内通者がいるそうです。その方により竜王様の所在も判明し、既に増援の信者を向かわせていると……我々がここに居る必要はなくなりました」

「私達で竜王様を迎えるんじゃなかったんですか!? なんですかそれぇ!」

「拙僧も不服はあります。が、本来の我々の役割は意味がなくなったわけです」

「ならせめて増援の信者達と合流しましょう宮田先生! 彼らに加勢しても問題ないはず」

「……それもアリですが、本部から我々の行いが咎められるリスクはあります。なにせ我々は魔法使いですから。勝手な行動のリスクは普通の信者の倍はあります」

「我々の第一は竜王様、そうでしょう宮田先生」

ネルの言葉も最もである。竜理教という宗教団体は竜王を第一とし、それこそが信仰対象なのだ。そのためには常に全力で事に当たらなければならず、今回など山場と言っても良い。

「わかりました。しかし、実は本部から一つ新たに指示がありました。内通者の者を保護せよとの事……竜王様こそ第一……我らは常にそうあらねばならない。忘れてはなりませんよね。しかし、内通者は竜王様の身柄を必ず確保するとのこと」

「なら、その内通者と竜王様を保護しましょう。情報と連絡はそれだけですか?」

「ええ。わかりましたかネル」

「勿論です。そうなれば、一早く内通者と竜王様を保護しに行きましょう」

ネルが意を決すると、宮田と共に本部からの情報をもとに行動開始した。

______________________


「ここは……さっきのアーケード通りに似てるけど」

漆紀と彩那は総本山から屋根伝いにそのまま続くアーケード街のガラス張り天井の上を歩いていた。

「経費の問題で管理できなくなった……総本山へと長大に続くもう一つのアーケード街です。手つかずなので、アーケード街の路上は雑草生えたり獣の住処になったり自然化してます」

漆紀は先程の総本山での自分自身の行動に戸惑っていた。その理由は至極単純、銃撃戦の最中とはいえ彩那まで連れてあの場から逃げ出したことである。

(なにやってんだ俺は? 竜蛇に対して俺は何考えてんだよ。ムラサメは取り戻した、あの場で竜蛇を連れて逃げる必要なんてなかった)

彩那を連れる必要性は確かになかった。漆紀が鉄塊の首飾りを取り戻した時点で、彩那に対して用はない。仮に一人で逃げようとして彩那に撃たれるなり斬られるなりしても、ムラサメを取り返した今なら怪我を治せるため何のデメリットもない。デメリットがあるとすれば、ムラサメの力で怪我が治るとはいえ攻撃されれば痛いということ。

彩那を連れたのは非合理極まりない選択。明らかに判断ミスである。

ならば漆紀はなぜ彩那を連れて逃げたのか、自問自答する。

(竜蛇を人質にできるから? いや、あの時点でそんなコト思い浮かんでない! なら、道が分かんないからか? 確かに、道案内させれるかもとは思ったけど……それは理由としては小さかった。なんだ、俺はなんで竜蛇を?)

彩那を連れ出した事に合理的な理由をあれこれ頭に思い浮かべるが、どれも決定打に欠ける。

(俺は竜蛇が可哀想に見えたのか? コイツが……俺とは違って吹っ切れて思い切った行動を取ったりできない不自由な竜蛇を……可哀想とでも思ったのかよ、俺は?)

漆紀は佐渡島に来て時間は短いが彩那が背負った使命を知り、彼女の悩み・トラウマも垣間見た。依然として竜蛇が己を拉致した事は許していない、しかし。

(でもコイツを見捨てるのは……なんか、嫌な感じだ)

うまく言い表せなかった。同級生の異性に対しての好意というわけではない。

好意を否定すると、漆紀はシンプルにこう考えた。顔の見知った同級生に、もう死んで欲しくないという一方的な思いを。そうして一つの答えが漆紀の頭の中で言語化された。

(あっ……太田、か。そうか、そうか。俺は、そうだよな……)

自分が衝動に任せ夜露死苦隊と萩原組の抗争に巻き込んだ、太田介助という少年。

彼は同級生、それに同じクラスメイトでありICCの中でも仲の良かった友人であった。漆紀が彼に助力を乞うと、介助は渋々だが承諾した。その結果、介助は萩原組若頭による報復を受けて死亡した。

漆紀はやっと納得がいった。

単にカルト宗教のやべーやつ、という印象でしかなかった彩那の事を以前より深く知ってしまった。拉致は許せないが、佐渡流竜理教の使命に葛藤しつつもやり通そうとする人間的な根の良さに惹かれている。佐渡流竜理教とは別のところでこの根の良さが発揮されていれば、漆紀は明確な好意まで湧いていたかもしれない。

(太田みたいに死んで欲しくねぇんだ、俺は。同級生に死んでほしくない。拉致したり拘束したりするし、そーいう所はほんとクソだけど……)

そう片づけると、少し気恥しくなって漆紀はアーケード街の方をより一層注視する。

「馬鹿デカいもん作るだけ作って放置って……まだ歩くのか」

「アーケード街は長いですからね。あ、あんなところに大穴が」

10mほど先の天井に大穴が空いていた。経年劣化でガラスが割れたのだろう。

「このまま天井歩くのも危ないな。いつ天井が壊れるかわからないし……よし。竜蛇、あそこから降りるぞ」

「え? 竜王様なにを……あそこから降りても結構な高さですって!」

大穴に近付いていく漆紀を彩那が止めようと促すが。

「7mか8mくらいか? 行けるな」

漆紀がしゃがみ込むと彩那に背を向ける。

「竜蛇、乗れ。おんぶだおんぶ、掴まれ」

「なにを考えてるんですか!?」

「はやくしろ!」

強く言われると彩那は言う通りに漆紀に背負われる。唐突な身体の接触に彩那は困惑して薄っすらと顔が赤くなるが。

「竜蛇、しっかり掴まれよ! 水圧で降下するから!」

「え、あ、ちょっとー!」

漆紀が彩那を背負ったまま右手に村雨を取り出すと、村雨から大量の水を放出しながら大穴から飛び降りる。

水圧によって持ち上がりながらゆっくりと降下していき、無事にアーケード街の路面へと着地した。水しぶきで少し足が濡れてどことなく二人とも身が涼む。

「よし、もう降りて良いぞ竜蛇。これで安全に降りたし」

「これが竜王様の魔法……す、水圧ってこんなに便利なんですね」

「まあな……竜蛇、とっとと逃げるぞ。まだ先は長いんだからな」

漆紀が前に一歩踏み出し歩き始めるが、彩那は前方を見て首を傾げる。

「あの、誰か向こうから来てます」

「なに?」

こんな夜の時間に放置されて雑草だらけの暗いアーケード街に人が来るというのは明らかに異常である。そこから導き出される結論は、漆紀にとっては敵対するような人物が居るのではないかという事だ。

「誰が来てる、俺にもイマイチ見えないが」

漆紀が村雨を構えて人影を睨みその姿形を捕らえようと目を凝らす。

「近付いてきてます。あれは……あ、お母さんと貴子おばさん!?」

目を凝らしその人影を見ると、確かに日中に漆紀が目にした人物であった。彩那の母・竜蛇香代子と伯母の竜蛇貴子が居た。信者を4人連れており、日中に会った時とは違い、レジャーやアウトドアで着るようなベストと長ズボンを着用していた。

「げぇー、お前の親と伯母さんかよ」

漆紀は眉間に皺を寄せて悩ましそうな表情を浮かべるが、彩那の方はどこか安心感を得ていた。

「無事だったのね青竜。状況は把握しているの?」

母に問われ彩那は首を縦に振る。

「流血の儀は終えました。しかし、その直後に誰かが屋根から狙撃してきまして……それよりお母さん、その恰好は……」

「このアーケード通りはこの通り自然化して雑草や土が山から入ってきているでしょう? 普通の靴と服では動きづらいからよ。それより、あなたが思ってる以上に状況は悪化してるわ」

「悪化? それはどういう……」

「流血の儀のあと襲撃してきた人物とは別で、本家竜理教の集団が東アーケードの入口から攻め入ってきてるわ」

「本家が!? ど、どうして……なら琴浦のも、まさかやっぱり……ああ、ああぁぁああっ」

急激に顔を青ざめて頭を抱えてふらつき始める彩那だが、すぐさま漆紀が彼女に肩を貸す。

「落ち着け竜蛇! とにかく総本山の方は危ないってコトだろ。ならとっととここから離れるのが最優先だ。トラウマとか余計なこと考えねぇで逃げること考えろ!」

「あぁっ……は、はい……そうですね…………すみません、うろたえて」

彩那が素早く落ち着きを取り戻した様子を見て香代子は小さく頷いた。

(流血の儀は本当に行ったようね。竜王様の言葉を聞いて、すぐさま立ち直った……あの儀式は竜王とその巫女の関係を強める効果がある。良い兆候だわ)

香代子は娘にもたらされた竜王の恩恵と成長を見て緊急時にも関わらず微笑ましく思えてしまった。

「竜王様がいるのなら心強い。あなた達は総本山へ加勢に行きなさい」

貴子が4人の信者達にそう告げると信者は深く頷き、各々武器を強く握りしめアーケード街の坂を上っていく。

「姉さん、護衛を行かせて本当に良かったの? 竜王様には出来るだけ戦いは」

香代子が貴子に言動の真意を問うが、貴子は手の平を押し出して「平気よ」と返す。

「この先は安全、護衛はいらない。さあ、アーケードを下りましょう」

そうして漆紀、彩那、香代子、貴子の4人はアーケード街の坂を黙々と下り始めた。

香代子と貴子が持って来た懐中電灯を漆紀と彩那に分けて、照明を点けながら前方の障害物を避けて下っていく。

数分歩くと、不意に漆紀が話題を振る。

「竜蛇、本当にこのアーケード暗いな。夜なのは勿論なんだけど、草ばっかりだ。これいきなり熊とか出ないだろうな」

「竜王様、佐渡島には熊は生息していません。熊だけでなく、猪や鹿といった大型の野生動物は居ないんです」

本土では江戸時代以前の中世に猪を鍋料理で食べたり兎を食べたり、肉食文化は武士に限らず農民にも存在していた。

しかし佐渡流竜理教は魚しか食べない。これは魚を食せば竜に近付くという意味合いもあってだが、そもそも佐渡島には大型野生動物が居ない為に肉食文化が発展しなかった歴史があるからだ。

「なるほど。竜理教の教えだけじゃなく、肉を食わない文化はそういう事情からか。ジビエが食えない島とはねぇ……」

「それでも兎やタヌキは居ます。タヌキを始め野生動物は大抵臆病ですが、案外素早いですし追い詰められると噛んだり引っ掻いたりしてきますから危険です」

「ああ、それは父さんからよく教わった。野生動物は見かけても声を発するな、近付くなって。熊以外の動物でも背を向けてはいけないって言ってた」

「なるほど……あ、でもお母さんと貴子叔母さんがここまで来れたという事は縄張りは無かったという事ですか」

彩那がそう結論を出すと香代子が「確かに動物は居なかったわ」と返す。ふいに漆紀はなぜ香代子と貴子が難色を示す事無く、共に避難を始めたのかと疑問が浮かぶ。

(この大人二人……なんで俺を拘束しない? さっきの儀式が済んだからか)

儀式が済んだため、漆紀を無理に拘束してまで行動を制限せずとも良いと手間を省いたのだろうか。

(なんか違うなぁ。儀式済ませたからってのは理由としてはありそうだけど、一緒に避難し始めたのはそれだけじゃねぇはず。なんだかんだ竜蛇が心配? いやいや、俺の前であんな冷たいコト言ってたじゃないか)

銃撃されても彩那より竜王である漆紀を守る、そう彩那の前で香代子は言い放っていたのだ。演技でもなく本当にそれが使命と思っているのだろう。

(やっぱ、シンプルに俺を直接監視しておきたいから……うん、これ以外すんなり納得いく理由が見当たらない)

香代子と貴子が共に避難をしているのは漆紀の行動を監視するため、そう自分で考えると納得がいった。彩那は断固として口を閉じていたが、おそらく魔法を使える。司教家ならば香代子と貴子も魔法は当然使えるものと想定してよい。

三人なら漆紀が勝手に逃げようとしても魔法で抑えられるから偶然会うなりこうして一緒に避難を始めたのだと、漆紀は合点がいった。

「ん、右の方の草むらから音がしたけど」

漆紀が指摘すると他3人も耳を澄ます。

「でも兎とかタヌキが動く感じの音ではないですね。竜王様、左に避けて」

彩那がそう忠告すると漆紀は左に避けて坂道を下るが。

「痛って! あぁ、コイツ!」

足に痛みを覚え、細長い何かを右手で手掴みし思いっ切り持ち上げた。漆紀が掴んだものに対し、彩那がすぐさま懐中電灯の明かりを当ててその姿形を確認する。

「えぁ……ヘビっ!?」

思わず漆紀が高めの声を上げて驚く。

「ちょ、竜王様噛まれたんですか!」

「これなんて蛇なんだ? やったぜ、俺の初狩猟だ」

「ふざけてる場合ですか!」

彩那が漆紀の噛まれた箇所を見ようと脚を懐中電灯で照らすが、漆紀は左手で村雨を取り出すとすぐさま精霊術を行使した。

「え、噛み傷が……治ってく?」

蛇による噛み傷が素早く塞がっていき、彩那は信じられないものを見る目をする。

「それより竜蛇、この蛇ってなんて種類のヘビなんだ。毒蛇か?」

漆紀が右手に掴んだ蛇の名前を問う。その様子を見て香代子と貴子は年若き竜王の無邪気っぷりを見て呆れ返る。

「これは……懐中電灯でもよく見づらいですけど、多分アオダイショウかシマヘビです。毒はないですけど。というか竜王様に毒って効くんですか。傷治す魔法持ってますけど」

「ムラサメ、毒って効くのか」

『解毒できるから毒など意味ない』

ムラサメから毒が効かない事を確認すると漆紀はより一層安堵する。

「なんか折角蛇捕まえたし放しちゃうの勿体ないな」

「だーめーでーす! 早くそれ放して進みましょう竜王様!」

彩那が強くそう言うと漆紀も優先順位を再認識し、溜息とともに蛇を野に放した。

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