13.探り合い、下手くそな高校生が二人
その後、漆紀は出された漁師飯を食べ終え、歯磨きも済ませた。
両手首両足首が縛られているため、当然ながら食事と歯磨きについては彩那の手を借り行った。
彩那とは特に何の友好関係もなく、拉致された立場ゆえに漆紀から見た彩那の印象は悪い。ましてや好き合い付き合っているカップルですらない間柄にも関わらず、彩那にカップルがやりそうな「あーん」で漁師飯を食べさせて貰った光景はシュールとしか言い様がなかった。
挙句の果てには彩那に膝枕された上で小さい子供みたく歯磨きをやって貰った。これも互いに真顔であるし気まずく嫌な時間であった。
とはいえ両手両足が拘束状態の者を面倒見る場合、このような世話が必要になる。
(女子にクソ甘カップルみてーなことして貰えたのに、状況のせいで喜べないし嬉しくねぇ……これが拉致か)
「布団も引きましたしそろそろ寝ましょう」
「なんで布団1つしかないんだよ。ここ、民宿とかじゃないのか? だったらもう一つ布団ぐらいあるだろ。俺に色仕掛けでもする気か?」
「ないですよ、この部屋は布団1つです。そう嫌がらないで下さいよー、私が添い寝しますからぁ」
「悪いけどいくら竜蛇が自分の見た目に自信あって自覚あれど、俺は拉致されてる身の上だし知らない場所だし嬉しくねぇ」
「いくら文句言ってもあとは寝るほかないですよ。ここ田舎ですからね、外に逃げたところで周り真っ暗でどこにも行けませんよ」
「クソっ……俺ん家帰りたい」
渋々漆紀は布団に入り寝込み始めると、彩那が漆紀の後ろで背中合わせになるよう横たわる。
「俺が竜王とかいうヤツだとして、お前らはいったい何がしたいんだよ。大事にご神体みたく崇めるだけか? 俺は置き物になる気は毛頭ないからな」
漆紀は人生の目標とか、生きる理由になる夢と言ったものは特に持ち合わせていない。夜露死苦隊や萩原組と戦っていた際の目標は彼らが関わらなくなるまで徹底的にやり返し潰すというものだったが、それは一時的なものだ。
生きていく上で誰しもが持つ大望を漆紀は特に持っていない。無気力な若者、という言葉はよくあるが、大抵みな朧気ながら大雑把に大志か小志を抱いている。
しかし、漆紀には本当に目標がない。
とはいえ、目標がないからと言って他人に目標を決められるのは嫌という厄介な質であった。
それゆえ佐渡流竜理教の信仰対象など真っ平御免であった。
「竜王様は、本当に竜王様になってくれないんですか? あなたには、その力が確かにあるはず。私が、私の眼が、確かにあなたを」
「俺はただの便利屋の息子だ。何度も言ってるが俺の内情を知りたいならお前から話せ。お前、本当は何がしたくて俺を拉致したんだよ」
漆紀は彩那の心構えを崩すために深い所を聴く試みを続けた。佐渡流竜理教の使命だけが彩那の目的ではない、そう睨んでいた。
「私はまだ司教ではないです。でも、いずれは司教として立派にならなければならないんです。司教としての……いいえ、私は竜脈の巫女としての務めを果たしたいんです」
真面目な声色で彩那は平静のまま答えて見せる。
「司教様って呼ばれてたけど、お前巫女なのか? 巫女なのか司教なのかどっちだよ。てか宗教ごった煮で世界観どうなってんだよ竜理教」
「それには歴史の話が色々混ざって長くなりますが」
「長話は勘弁してくれ。それより竜蛇、率直に聞くけど……お前魔法使えるんだろ? 何が出来るんだ、鳩でも出せるのか?」
おちょくる口調で漆紀が問いを投げ続けるが、彩那は平静な息遣いのままだった。
「……」
夕食前にも魔法について問いかけたがはぐらかされた。今一度問うても彼女は答えない様子である。
「おい、黙ってないで答えたらどうだ。何の魔法が使える?」
「私自身は魔法なんて使えませんよ。ただ、竜脈の力を借りてるだけです。だから私は竜脈の巫女なんです」
「ほんとお前答えになってないことばかり言う……国語のテスト何点だよ。俺は学年期末72点だった」
「81点ですよ。別に私の国語力が足りないわけじゃないです。手の内をあなたに教えたくないだけです」
国語力を煽るもののこれも効き目無し。漆紀はどうやって彩那を崩そうものかと再びあれこれ考え、いくつか思い付いた事をダメ元でやっていく。
「じゃあ話題を変えよう。竜蛇は趣味とかあるか? 学校の部活以外の事でもいい」
「趣味ですか、インドアなら読書や体操……アウトドアなら釣りや射撃……かなぁ」
「射撃?」
司教の家柄の長女にしては物騒な趣味に思えたため漆紀は聞き返す。
「弓ですよ。あとは、スリングショットの射撃も」
「射撃か……父さんが猟銃免許持ってたけど、俺はそういうのやろうって考えなかったな」
「便利屋の息子とさっき言っていませんでした?」
「父さんは猟師も兼ねてる。便利屋で害獣駆除は珍しくはないけど、それは屋内のネズミとか駆除する意味での害獣駆除が大半で……父さんは農作物に害を成すような山に住んでる害獣の駆除依頼を受けてる。それが他の便利屋との違いなんだ」
「イノシシとか、タヌキとかアライグマとかですか?」
「ああ。時々害獣の肉を依頼主と山分けできる時もあって、そん時のジビエが美味くて……そっか、俺が肉好きなのって父さんの持って来るジビエのせいかもな」
一連のやり取りの何かがツボを突いたのか、彩那は「くすくす」と小笑いをする。
「なんだよ、ジビエが悪いってのか? お前ら竜理教じゃダメだそうだが」
「そういうことじゃなくてですねー。やけに活き活きと話してるから、自慢の親父さんなんですねって思って」
「そうかもな。なら、竜蛇の方はどうなんだよ。お前の親父さんは……」
それを口にした瞬間、彩那の息が一瞬止まった。
「おい?」
息が止まったのはたった2秒。彩那は息を荒らげ体が小刻みに震え始める。
「おい竜蛇、どうした。おい!」
手首足首を拘束されているが、どうにか寝返りをうって彩那の方を振り向く。
彩那も漆紀の方を向くと、その表情が見えた。
学校では顔面蒼白っぷりに定評のあるクラスメイトの烏丸蒼白が居るが、そんな彼以上に今の彩那は青ざめていて顔には脂が滲み出始めていた。
「私がっ……私が悪いんです! 魔法が使えないから、お父さんが……ッ!」
「おい、何の話をしてる。いきなりイカレてんじゃねえぞ! 聞いてねぇなら、これで聞け!」
思い切って彩那の額に頭突きをぶつけた。物理的手段によって彩那は思わず「痛っ」と一声漏らして自分の額をさすり始める。
「竜蛇、楽しい話をしよう。魚の話だ、どうだ?」
「あっ……はは。さ、魚ですか。まあ、ええ、いいですよ」
脂はすぐに止まらないが、彩那はひとまずの落ち着きを取り戻した。
(竜蛇の親父さんに何かあったのか? コイツのトラウマはやっぱり親絡みの事か)
まだ推測できることしかなく、その推測もあまりに大雑把で不確かなものばかりである。それは漆紀にとって切り札にならない程度な彩那の弱みだった。決定的な逆転できるものが、今の漆紀には一切なかった。