10.宗一と世理架、合流
午前11時40分、群馬県前橋市 市内コインパーキング。
少し褪せた1台の白いバンがそこに駐車していた。バンの屋根にはアンテナが取り付けられており、その車内には五十代前後の男と二十歳程度の若く端麗な美少女が乗っていた。
見る人によっては親子にも見えるし、酷い場合には援助交際か拉致に見えるだろう。
「まったく。今朝はもう高校に行こうと制服着込み始めてたというのに」
この少女こそ、辰上宗一の協力者である新南部世理架である。
「お前装備はどうしたんだ。見た感じ武器を持ってなさそうだが……」
運転席に座る宗一は、後部座席に座る世理架を見てそう問いかける。
「武器など持ってるわけないだろう。わたしは戦わない、そういう計画のはず」
「手厳しい先生だ、まったく……ところで、今の身分はどうしてるんだ?」
宗一が手慣れた様子で車のエンジンをかけて、レバーをパーキングからドライブに切り替える。
「今は高校生の身分で通してる。君と会った時は中学生で通してたが……」
「未だに学生身分は変わらないのか。今何歳なんだよ本当は?」
宗一は再び問いを投げつつもアクセルペダルを踏んでコインパーキングの出口まで運転する。
「わたしの歳を知りたいなら結婚してく」
「それはお断りだ」
世理架の言葉を遮って宗一は拒否を示す。
「なら教えない。でもヒントはやる、わたしは戦前生まれだ」
「戦前生まれだってくらいは察しがついてる。それではヒントとしての価値はない」
「言うねぇ。ならば、関東大震災より前と言っておこうか」
「……聞くんじゃなかった。もうとっとと高速道路に向かうぞ、息子が危ないんだ」
コインパーキングの料金を支払うと、すぐに出口から出て一般道をすばやく走り高速道路に向かう。
「君の息子、漆紀君だったかい。彼はどんな感じ? 昔一度だけ顔は見たけど」
「至って普通に育った。ある程度育つまで争いごとから避けて守ったし、本人にも反社とかにはうまい距離感で接するよう教えたから、便利屋家業の手伝いも今まで問題なくやってたんだ」
「その言い方だと、つい最近問題があったみたいだね?」
「ある一件で暴走族に狙われてな。理不尽な暴力に息子はぶちギレてやり返してしまった。それで、事態が悪化した」
慎重かつ現実的で非情な考えを持つ宗一が家庭の事情をこうも軽く話す理由は、世理架を信頼しているのにほかならない。
「驚いた……本当に若い頃の君そっくりの破天荒っていうか、パンクっぷりというか……でも養子なんだろう? 印旛沼近くの寺でハイハイしてる赤ちゃんを坊主が見つけたとか聞いてるが」
「ああ、そう話したはずだ。漆紀の生まれは普通じゃない、そんなワケありだと聞いてたのもあって、養子を決める時にあの子を選んだ」
「将来有望な魔法使いに育つとでも思ったのかい?」
「いいや、むしろ逆だ。しっかり自分の意志で戦う事も出来るほど育つまでは、魔法を知ってる俺が守らなければ……そう思った」
「君がそんな善意というか、慈愛からくる行動をするとは正直未だに信じられないんだが。大抗争時代に殺しまくった分、少しでも善行を積みたくなったのかい?」
「少しじゃない、とにかく沢山だ。それもあって俺は便利屋を始めた」
宗一は決して善人ではない。むしろかつて殺めた人数や仕事で壊した建物など、全て含めれば即射殺に値するレベルの重罪人である。
とはいえ、宗一のように大抗争時代に大暴れした人間は日本に少なからず数名居る
「君の奥さんが不妊治療を続けつつも、子供が欲しくて養子を取った。そう言っていなかったかい?」
「別に陽夜見だけが悪いわけじゃなく俺の方にも問題あったかもと色々疑っては模索してたからな。ずっと子供が出来なくて、養子を取った。ああそうだとも」
「でも養子をとったあと、不妊治療が実って……確か真紀ちゃんだったかい? あの子が生まれた。合ってる?」
「合ってる。おい、話が脱線したぞ。息子の話だろ?」
話を元に戻すべく少し強めの口調で宗一が咎める。
「すまないね。君の息子だけど……あくまで竜王〝かもしれない〟って程度だったはずだ。まあ、魔法の才能があったのは本当みたいだけど。それでも拉致とはね」
「お前が竜理教に帰ってくれれば俺の息子が拉致される事もないんだがな」
「無茶言うな。二度と竜理教になんぞ戻るものか。あんな気持ち悪い連中に竜王様としてくどくど感動の文句を垂れ流され卑しい目で見られるのはもう御免だね」
世理架は嫌な過去を思い出し鳥肌が立ってしまう。竜理教から逃亡した世理架は心底竜理教を恨み嫌い恐れ、そして忌んでいた。
「そろそろ高速道路だ。世理架、シートベルトしっかり閉めてるだろうな?」
「一応その名前でちゃんと呼んでくれるんだね。助かるよ」
現在、新南部世理架と名乗っている彼女だが、宗一と初めて会った時には別の名前を名乗っていた。その名も本来の名前とは限らないが、彼女の現在を尊重する程度には宗一と彼女には絆があるのだろう。