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(あの人誰なの!?なんなの!!)
(王城にアイツの味方なんて居ないのに何なの!)
私達より年下の少女なのに、大人の様に威圧感があって怖くて前を向けない。
この王城であの約立たずの無能な王子に味方なんて居なかったのに。
視線を落としながら隣を、盗み見るとベラも困惑と恐怖に染まった顔をしてる。
(誰なの…でもこの国ではアイツの噂が広まりまくってるし、誰も味方なんていないし…もしかして国外の人…?)
そんな事を考えていると何回か質問されたけど、とてもじゃ無いけど答えられなかった。
何となくだけど答えをミスると取り返しのつかない事になる、そんな予感…いや確信がある。
(どうやったら穏便に済ませる事が出来る…?)
「……申し訳ありません!同僚との会話に夢中になっていてノックを失念しておりました…!いつもアルヴィス殿下が気にしないで良いと言ってくださっているお言葉に甘えていたものですから…」
ベラがそう言ったのを聞いて、さすが賢い事はあると彼女の案に乗ることにした。
「そうなんです!アルヴィス殿下は私達と親しくしてくれて、寂しいから友達のように接して欲しいと言われてるんです!ねぇ殿下!!!」
睨みつける様に見ると怯えた顔をしたアイツが。
そうよ!アンタみたいな無価値で無能な気持ち悪い人間は黙って言いなりになってればいいのよ!
アンタには泣いてる方がお似合いなんだから!
無能なアイツは私達の言葉に黙って頷く。
それを見た高位の身分そうな少女は困ったような顔をした。
やっぱり国外の人みたいね。
事情を知らず正義感や偽善で味方をしたんでしょ。
でもコイツの味方はだあれも居ないし、助けを求めても無駄だってアイツには教えこんだ。
だから部外者は黙ってさっさと居なくなってよね。
この子がいなくなったら、またコイツで少し遊ぼう。
勝手に外部の人間を連れてくるなんて躾し直しなきゃ。
誰からも振り返られず、惨めに泣いて自傷して無様に生きるのがお似合いの無能な気持ち悪い男のお姫様なんだから。
……
「…わかりました。殿下についての無礼を私は罰しません」
ロードクロサイト公爵令嬢が言うと、ベラとアマンダはあからさまにホッとした顔をしてた。
本当なら、僕が頷かなければ彼女は2人を罰したはず。
僕が余計な事をしなければ…。
でも、ベラ達の声を聞くと萎縮してしまって本当の事を言えなかった。
ロードクロサイト公爵令嬢が罰してくれたら、もう彼女たちに会わなくて済むかもしれないのに…。
恐怖で先の事まで考えられなくて、その場しのぎの行動に自分で自分自身にまた失望する。
「…殿下が仰るのですから、そこは我慢しますわ。でも私への無礼はどうされるおつもりかしら」
俯いていた僕の耳に涼やかな声が届く。
ぱっと顔をあげると、2人を冷たい目で見るロードクロサイト公爵令嬢がいて、その言葉を聞いた2人は顔色を悪くしていた。
「あぁ…自己紹介が遅れました。私リディア・ロードクロサイトですわ。今日からアルヴィス殿下の婚約者になりましたの」
ニコリと微笑む少女とは対照的にロードクロサイトと言う言葉を聞いて、2人は目を見開き青ざめながら先程より丁寧に頭を下げた。
この国の筆頭公爵家であるロードクロサイトの名を知らない人はいないだろう。
それにロードクロサイト公爵家が流行病の薬を国中に行き渡らせた事は国民の記憶に新しい。
「という訳で、貴女達はさっさと出ていってくれるかしら」
「…ですが!私たちは王妃様より命を受けアルヴィス殿下へお仕えしています!」
「…口答えを許したつもりは無いけれど、良いわ。私は国王陛下よりアルヴィス殿下に関する全ての事を一任するというお許しを頂いてますの。これが書状よ。つまり王妃殿下より国王陛下からの命が優先されるのはお分かりかしら?」
ロードクロサイト公爵令嬢が書状を見せると、ベラとアマンダが今まで見た事がないくらい狼狽えている。
「つまり、アルヴィス殿下に仕える使用人達も全てロードクロサイト公爵家が管理するの。そして貴女達がアルヴィス殿下と親しくしていたとしても私がアルヴィス殿下付きのメイドとして認めないわ」
「だから、さようなら」
ロードクロサイト公爵令嬢の言葉と共にルートが部屋のドアを開け2人に部屋を出て行くよう促している。
ベラ達は何も言い返す事も出来ず、部屋からゆっくり立ち去っていった。
ルートが部屋を出た2人について護衛に言って外へ出させるよう指示をしている。
そして、そのままルートも部屋を出た。
残された僕たちはなんとも言えない雰囲気になったけど、ロードクロサイト公爵令嬢が急に手をぽんっと合わせ「お茶にしましょう」と微笑んだ。
「んー……」
ロードクロサイト公爵令嬢が色々見ていたけどお茶を入れるポット等も見つけられず唸っていると、ルートがポットとカップを何処からか見つけて持って部屋に入ってきた。
「お嬢様これらしか見当たりませんでした」
使用人達が使うようなポットとカップだったけどロードクロサイト公爵令嬢は嬉しそうに微笑んでルートにお礼を告げる。
「茶葉等見つからなかったため、王宮に戻りお湯なども調達してきましょうか?」
そのルートの言葉にロードクロサイト公爵令嬢は首を振って護衛に渡していたバスケットを受け取る。
バスケットを開けるとロードクロサイト公爵令嬢は中から1つの瓶を取り出し、そこから茶葉を出す。
「私の好きなお茶をアルヴィス殿下にも飲んで頂きたくて持ってまいりましたの」
少し恥ずかしそうに話す姿はさっきまでと違い年相応に見える。
ルートは簡易キッチンを見て、その汚さからここの物は飲めないと判断したようで、ロードクロサイト公爵令嬢を見て首を横に振る。お湯はきっと王宮に行かねば手に入らない。
ここには調理場があっても誰も使っていないし、暖かいお湯等は用意された事なんてないから、キッチンがあるとは言え元から僕なんかのためにお湯とか火は元々用意されていないんだと思う。
その事を伝えようとしたけど、ロードクロサイト公爵令嬢が手のひらを上に向けると彼女の掌の上に水が集まり始めた。
どう見ても水が宙に浮いてて、驚く僕を余所にロードクロサイト公爵令嬢もルートもなんて事ない顔をしている。
彼女の手のひらの上にある程度集まったら水は手からより高い場所で止まった。
そしてロードクロサイト公爵令嬢の手から炎が出る。
僕はびっくりして火傷とかしないのか心配したのだけれど、彼女は特段気にした様子もなく鼻歌でも歌い出しそうだ。
その炎は宙に浮いてる水を温めていて、水がこぽこぽと沸騰し始めた。
こぽこぽした水をロードクロサイト公爵令嬢は掌を少し揺らしただけでスルッとポットの中へ入れてしまった。
「魔法を使えるの!?」
僕は一連の流れが終わったのを見てハッとして疑問が口から出た。
余りの衝撃に声が大きくなってしまったけど、そのポットが見たくて身体を伸ばす。
生まれて初めて魔法を見た!本当に、本当に魔法を使える人が実在する事に驚いて感動した。
我々は魔力を微弱ながら有しているけど、自分で使える人はほぼ居ない。
魔法が使える魔女殿達が魔法を人に見せるのも稀な事だから、僕は一度も見た事がない。
はしゃぐかの様な僕を見て、ロードクロサイト公爵令嬢は一瞬呆気に取られた様な表情だったけど、酷く嬉しそうに微笑んで「えぇ、触ってみますか?」と言ってくれた。
その言葉と同時に僕の目の前に小さい水の玉がふよふよ浮かんでいる。
「凄い!凄いよロードクロサイト公爵令嬢!」
水球の中に指を入れたり両手で水を閉じ込めてみたり、初めての魔法に触れて楽しくて嬉しくて気持ちが踊る。
「婚約したのですから、どうぞリディアとお呼びください」
嬉しそうに微笑む彼女に、僕ははしゃいでいた事が少し恥ずかしくなったけど、生まれて初めて見た魔法に心を奪われてしまってそんな恥ずかしさが直ぐどこかに飛んでしまった。
いつから魔法が使えるのか、どんな魔法が好きか、普段からお茶はこうやって飲むのか…我ながら浮かれて質問攻めにしてしまった。
それなのにリディア嬢は嫌な顔をせず、優しい声で答えてくれる。
4歳ごろに叔母である魔女殿と薔薇の世話をしている時に、乾いた土に水をあげたいなと思った時に急に魔法で水が出て薔薇園が水浸しになった事。
リディア嬢が魔法を使える事が世間にバレない様、庭師達ではなく家族みんなで薔薇園を元に戻すのに泥だらけになったらしい。
ちなみにその泥だらけで1番楽しそうだったのが公爵夫人だったそうだ。
得意な魔法は炎系だけれど、薔薇の世話をするのに便利だから水の魔法と土の魔法が好きな事、リディア嬢が魔法を使える事は家族とごく一部の使用人達しか知らない為、普段はちゃんとお湯を沸かして魔法を使わず紅茶を入れている事。
ほぼルートが入れてくれてるらしい。
優しい童話を読みきさせてくれてる様な声で教えてくれたリディア嬢は、前世はきっと聖女だったのではと思う。
リディア嬢と話していたらこの屋敷に来てから初めて穏やかな気持ちになった。
「ありがとうリディア嬢。ごめんね…つい浮かれてしまって」
僕の言葉を聞いて嬉しそうに微笑むリディア嬢は
「大丈夫です殿下。私も叔母様が初めて魔法を見せてくださった時は驚いたとのと、素敵過ぎて何度も叔母様に見せてとお願いしましたし、叔母様を質問攻めしましたわ」と少し恥ずかしそうに教えてくれた。
そして茶葉を蒸らし終わったポットからカップへ紅茶を入れて僕の方へ持ってきてくれる。
暖かい湯気が出ている紅茶をみて、暖かい紅茶なんて…久しぶりに見た。と言うよりむしろ紅茶自体久しぶりに出された。
「熱いので気をつけて下さいね」
ただリディア嬢は普通に言っただけだろうけど、ほんの少しの事なのに案じてくれる人がいる事に、嬉しくて少し苦しい。
目の奥が熱くて、力を入れないと涙が零れてしまいそうだ。
ここに来てから僕はずっと無価値で無能な人間だと思っていたから誰かが僕を案じてくれるなんて、まるで夢の中にいるみたいだ。