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そう思った矢先、母上が向かった慰問先の孤児院からの帰りの馬車で事故が起き亡くなった。
流行病から回復して2週間程経った日の出来事だった。
母上は寝込んでいた時に出来なかった孤児院への訪問をすると朝出て行った後、帰りに馬が暴れ馬車が横転してそのまま亡くなったのだと王妃様に教えられた。
母上が事故にあったその時、僕は剣の稽古の最中で。
アーリン嬢に馬鹿にされても、母上に少しでも誇らしく思って欲しくて前より稽古の時間を増やしてもらっていて、その日は母上が慰問から帰ってきたら一緒に食事をする約束をしていた。
母上は父上と2人だけで食事をする機会が多く、僕とは一緒に食べていなかったから、久しぶりに食べようと母上から言ってくれた。
父上は母上を大層愛していて、常に傍に居たがった。
食事は常に母上とだけ食べて、王妃様達と食事を共にするのは公式行事だけだ。
母上は、父上が王妃様より母上を寵愛するため王妃様の目を恐れていた。
母上を寵愛するが故に母上を閉じ込めがちだった父上だけれど、母上が流行病に罹ってから父上は母上の意思を優先してくれるようになったと母上は嬉しそうに話していたばかりで。
父上は誰にも邪魔をされずに母上と一緒に食事をしたかったみたいだけれど、僕と一緒に食事が出来ていないことを母上はずっと気にしていたみたいだった。
だから母上が一緒に食事出来るようになったと教えてくれた事が嬉しくて、これからは母上と一緒に食事をする機会が増える事が嬉しくて。
その、始まりの日としての今日を楽しみにしていたのに。
その始まりの日は始まらずに永遠に来なくなった。
母上の葬儀の日は冷たい雨が降っていて、父上は酷く憔悴していた。
涙を流しながら棺に縋る姿は臣下たちにも哀れに写っただろう。
そんな父上を王妃様は冷たい目で見ながら、僕に「可哀想に」と冷たい声で言う。
兄上とは目も合わなかった。
悲しくて胸が張り裂けそうなのに涙は出なくて、僕は母上が居ない事を受け止められなくて、どうしていいか分からなくて。
そんな僕をアーリン嬢は皆が見ている前では涙を流しながら抱きしめて「大丈夫ですわ」と言っていた。
でも、その腕は酷く冷たくて、その腕よりも更に冷たい声で小さく「なんてお可哀想」「もう誰も守ってくれませんね」「側室様が居ない今の貴方に価値は無くなりましたね」「もう誰も貴方を省みませんわね」「陛下もきっと側室様が居なければ貴方の事など忘れてしまいますわ」と、嗤う。
僕はアーリン嬢に抱きしめられたまま、その冷たい言葉を聴きながらもう世界が滅びてしまえばいいのに、なんて思っていた。
母上の葬儀の後から徐々に僕の周りは変わっていた。
世話をしてくれていた使用人達は少しづつ減っていった。食事もたまに運ばれてこない事も出てきた。
アーリン嬢は前は週に一度会いに来ていたけれど、最近は顔も見ていない。
ただそれに関してだけは有難いと思ってしまった。
父上は母上に似た僕を見るのも辛そうで、視界に入れないようにしていた。
王妃様は今までの様に優しく気遣ってくれたけれど、兄上はすれ違っても僕の存在を見なかった事にした。
いつの間にか剣術の稽古も、勉学の授業も忙しいからと教師たちに断られる様になった。
そして、僕は良く体調を崩す様に。
頻繁に熱を出したり、身体がだるくて寝込む様になり食欲も無くなってきて、それを見た王妃様は「母上と過ごした場所で過す事が辛いのかもしれない。後宮の奥の屋敷に移るのはどう?」と。
一昔前に、先代の側室で病弱だった方が住まわれていた小さな屋敷があり、そこの事を言っているのだと分かった。
本当は母上と過ごした場所から移動なんてしたくないけど、王妃様の気遣いを無駄にする事は出来ない。
それに父上は大賛成していて、僕を見ると母上を思い出して辛いのだと分かってしまった。
だから僕はその言葉に頷き、離宮に移ることになった。