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彼女との出会いは8歳の頃。
その時は僕の母上も健在で、僕もちゃんとした王族らしく過ごしていた。
このパスティア王国は妖精の恩恵を受ける国で、妖精とは善き隣人である。
国全体が妖精の恩恵を受けている。
人々は身体に僅かながら魔力が流れていて、その魔力を自分で使う事は、ほとんどの人には出来ないけれど、妖精はその魔力を好み人々の為に魔法を使う。
街に夜になると消えない灯りが付き、川は穏やかに流れ綺麗な水が国中に溢れる。
新しい橋等を作る時等、妖精に好かれている人間と共に橋を掛けたり、嵐の夜に作物がダメにならない様に加護を与えてもらう。
妖精に好かれて加護を貰う人には妖精が見えるようになるらしい。
そうして妖精の力の恩恵を受けながら国を豊かにしてきた、それがこのパスティア王国である。
今日は王室が主催するお茶会だ。
建前はお茶会だけど、実質は異母兄であるジェイク・ダイヤモンド・パスティアの婚約者探しだ。
その為、ご令嬢連れが多く参加している。
僕は兄上のついでと言う事で、父上に呼ばれ参加している。でも父上はずっと母上の傍について居るから、母の傍に居られず僕は会場内を歩き回っていた。
人が多くて目が回りそうで、少し休憩したくて裏庭の方へ歩いていく。
裏庭の方は何も無い場所だけど、人が少なくて一息つけそうだと思っていたら、子供数人の声が聞こえてきた。
先客がいるのか、と少し残念に思ったけど聞こえてきた声からして数人で1人の子を虐めているような感じだ。
流石に見て見ぬふりも出来ないから、声がする方に行くと3人の令息が、1人の令嬢に暴言を吐いていた。
「お前のその真っ赤な髪なんだそれ!」
「血まみれみたいで気味が悪いな」
「こんな髪色の家あったか?あ?睨みつけてきて生意気な奴だな」
令嬢に向けて言う言葉とは思えない言葉に、同じ男として情けなさを覚える。
1人の肩に手を置くと、勢い良く振り返った令息が僕を見て驚く。
「アルヴィス殿下…っ!」
「君たち何をしてるのかな?」
僕の登場に驚いたのか、皆少し後ずさったため令息達に阻まれて見えなかった令嬢がちらりと見えた。
その女の子も僕を見て凄く驚いたのか、大きい瞳が零れ落ちそうなほど見開いてたけど、僕だって凄く驚いた。
「…薔薇の妖精……?」
薔薇の妖精はきっと、この子の事だと思う。
美しい赤い薔薇色の髪に、燃えるような夕焼けに星が瞬く瞳はなんとも神秘的で美しい。
先程まで彼女に罵声を浴びせていた彼等は目が節穴なのか、それとも彼女の気を引きたかったのか。
あまりに人間離れした美しさに言葉を失う僕を見て、驚いていた彼女の大きな瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。
ぽろり、ぽろりと涙が零れ落ちてるのに、彼女は気付いてないのか瞳を見開いたまま固まって僕を見ていて僕の方が驚いてしまう。
「あ、ごめんね。変なこと言ったかな…」
泣いてる姿に、僕が何か変な事を言ったのかと思ったけど、それよりハンカチを渡す。
さっきまで居た令息達は僕の登場に慌てて逃げたのか既に居なくなってて、周りには誰もいない。
「も、申し訳御座いません。!私、嬉しくて…!みっともない所をお見せして申し訳御座いませんでした」
ハンカチを握りしめ、慌てて僕を見て腰を落としたこの子は妖精では無くてお茶会に参加したご令嬢の様だ。
「こちらこそ、不躾に申し訳ない。僕はアルヴィス・ダイヤモンド・パスティアだよ」
僕が名乗ると、彼女は子供とは思えない様な上品な仕草と、誰もが目を奪われるような笑顔で「リディア・ロードクロサイトと申します、王子殿下」と名乗った。
「ロードクロサイト公爵令嬢、先程は申し訳ありません。本当に薔薇の妖精かと思って…」
彼女の浮かべている笑顔に目を奪われて、誤魔化すように慌てて話そうとしたら、また同じ事を言ってしまった。
僕はどれだけ同じ事を言えばいいんだ…。
ただでさえ恥ずかしくて何か話そうと思ったのに完璧に話題のチョイスを間違えた。
そんな僕にリディア嬢は手を口に添えて恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。
これが目を奪われるって事だな、なんて火照った頬を誤魔化すように僕も笑う。
「皆様、私の赤い髪がお嫌いな様でして…」
そういった彼女は少し元気がなくて普段からあんな風に絡まれる事が多いと分かる。
ロードクロサイトと言えば、三大公爵家の筆頭だ。
あそこの特徴は淡いピンクだった筈だけど、真っ赤な髪だからさっきの令息達は気付かなかったのか。
パスティア王国は淡い色素が好まれる。
妖精が淡い色を好むからだ。
妖精の恩恵を受けている国だから貴族は妖精の好む淡い色の方がいいと言われてる。
貴族で妖精の加護を持つものは領地運営に失敗する事は無いと言われるほどだ。
爵位の無い平民達は髪が黒とか茶色とか濃い色が多く、貴族になるにつれて色素が薄い傾向にある。
そして、色素が薄い程良いと言われてる。
王族である僕は、色素の薄いプラチナブロンドだ。
でも、ただそれだけ。
妖精が好むと言うだけで、僕達人間にはただの髪や瞳の色で、何かが変わるわけじゃない。
好むと言うけど妖精は気まぐれで手を貸すことだって珍しく、加護を与えられるのなんて稀な事だ。
それに、彼女の美しい薔薇色の髪も、燃えるような夕焼けに星の瞬く瞳も僕なんかよりずっとずっと美しいのに。
ロードクロサイト公爵令嬢と他愛のない会話をしていると母上が僕を探しているとメイドが探しにきた。
「ロードクロサイト公爵令嬢も戻りますか?」
エスコートが必要ならと思い声を掛けると、リディア嬢はふるふると首を振り「もう少し、ここで休んでから戻ります」と言った。
そして、名残惜しいけどロードクロサイト公爵令嬢に別れを告げ会場に戻った。
母上はそろそろ後宮へ戻ると言い、僕も一緒に下がる事にした。
また、お茶会等でロードクロサイト公爵令嬢と会えるだろうか。
でもロードクロサイト公爵家は我が国の筆頭公爵家だから、兄上の婚約者候補に上がるかもしれないと思い至ると何だか少し気持ちが沈む。
兄上が望むのならその通りになるだろう。
兄上は王妃様から産まれた正統な後継者なのだから。
そしてリディア嬢はロードクロサイト公爵家のご令嬢なのだから、王妃様は兄上と婚約させたいと思うはずだ。
僕と母上は王妃様の機嫌を損ねないように、静かに過ごすよりほか無い。
そうしなければ余計な争いを産む事になる。
余計な争いに巻き込まれれば僕も母上も命に関わる事をもう理解しているから、この気持ちは無くさなければいけない。
その後、兄上の婚約者候補にロードクロサイト公爵令嬢の名前が上がったが、2人の婚約が結ばれる事はなかった。
その理由としては、ロードクロサイト公爵令嬢はあのお茶会のすぐ後に遊学と称し、海外へ渡ったからだ。
公爵家へは非公式に兄上への婚約を打診したと聞いたが、ロードクロサイト公爵令嬢が絶対に嫌だと言ったそうだ。
自分の父親より素敵な人は居ないから絶対に婚約したくないと言い、ロードクロサイト公爵も愛娘にそう言われ嬉しそうに王家からの打診を断っていたと噂で聞いた。
そしてロードクロサイト公爵令嬢は逃げる様に国外へと渡ったのだ。
そして僕はその1年後に母上の決めたご令嬢と婚約する事となった。