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ジャングルジムの幻影

掲載日:2023/12/26

 生まれ育ったN市にササキは五年ぶりに帰省した。

 実家に荷物を置いて近所の住宅街を散歩していると、昔よく遊んでいた公園が見えてきた。

 周囲を一方通行の細い道路と民家に囲まれた小さな公園だった。

 懐かしさを感じながら通り過ぎる途中、サッカーボールでドリブルの練習をしている男児を見つけて足を止めた。

 ササキは遊びでサッカーを齧った程度だったが、男児が足元のボールを視界に捉えるのに夢中で前方に意識をまわせていないことがわかった。


 きちんと前も見た方がいいな。

 そう思った直後、男児は走る速度を落とすことなくジャングルジムに正面から突っ込んでいった。

 直後に起こる出来事を予想してササキは思わず顔をしかめた。

 不意の衝撃がいつもより痛く感じることは何度も経験していた。

 しかし幸いなことに予想ははずれ、男児はジャングルジムをするりと通り抜けてドリブルを続けた。


 ササキはさらに顔をしかめた。

 今、何が起きた?

 ジャングルジムの一段目の足場は男児の身長より明らかに低いため、運良くぶつからなかったというのはあり得ない。

 それとも自分が知らない内に中を通り抜けることのできる通路が作られていたのだろうか。

 無性に気になって公園に足を踏み入れたが、ジャングルジムはいつの間にか無くなっていた。


 同日の夜、ササキは旧友のシミズと共に駅近くの居酒屋を訪れた。

 二人は実家が近く幼稚園から高校まで同じ学校に通っていた仲だった。


「そういえば、昔遊んでいた公園からジャングルジムが無くなっていてビックリしたよ」


「確かにササキは知らなかったか。三年くらい前に事故が起きて撤去されたんだ」


「まさか死亡事故か?」


「発想が物騒だな。子供が飛び降りて腕を骨折したんだ。それでジャングルジム、あとついでに滑り台も、つまり高さがあって上から飛び降りられる遊具は安全のために全部無くなったってわけだ」


「なんだその程度……いや骨折は大怪我か。親御さんの立場からしたら冷や汗ものだな」


「当時は高い場所から飛び降りる遊びが子供達の間で流行っていたらしくてさ。俺も何度か見たことがあったし実際に骨折したのが決め手になったんだろう。それに子供が怪我したことがキッカケで遊具が無くなるのは、今の時代そこまで珍しい話でもない」


「……なあシミズ、実は昼にさ」


 ササキは少し迷ったが、公園で体験した不思議な出来事について話すことにした。


「というわけなんだが、どう思う?」


「俺は昔からオカルト的な話は一切信じていない」


「知ってる」


「一方でお前が嘘をついているとも思えない。だが、この二つを矛盾させない合理的な説明を閃いた。知りたいか?」


「もったいぶらずに教えてくれよ」


「答えは思い込みだ。お前はジャングルジムが無くなっていることを知らなかった。だから記憶の中にある場所に今も同じようにジャングルジムがあると思い込んで幻を見た。どうだ見事な推理だろ」


「なるほど。一応筋は通っている……気がする」


 幻を見た、という点が少々引っかかったが、シミズが話した内容は真実に近いように思えた。

 あの公園はササキにとって小学生時代の思い出の場所だった。

 今でも当時の遊具の配置や大きさ、どのようにして遊んでいたのか思い出すことができる。

 記憶の中の公園と現在の公園のズレによる見間違い。

 そう納得することにした。

 

 居酒屋を出る頃には二十一時を過ぎていた。

 昔話の続きをしながら住宅街を進む途中、例の公園の前を通りかかった。

 民家の光と街灯に照らされているおかげで公園内は適度に明るい。

 当然ジャングルジムは見当たらず、やはり昼間に見たものは幻だったと改めて納得しかけた時、突然シミズが立ち止まった。


「どうした?」


「あれ……」


 シミズは公園内を指し示した。

 小学三、四年生ほどの女児が滑り台で遊んでいた。


「こんな夜遅くに一人か。家が近いのか?いくら明るいといっても、さすがに危ないな」


「違う……滑り台……」


 シミズが何を言いたいのかわからなかったが、すぐに理解した。

 滑り台は三年前に撤去されているはず。

 背中に冷たいものが走った。


 女児の遊び方はなかなかに腕白だった。

 四回普通に滑り、二回逆走し、階段を一段飛ばしで二往復した。

 続けて滑降部を勢いよく駆け下り、そのまま公園を飛び出して住宅街の夜道へ消えていった。

 ふと視線を公園内に戻すと、滑り台は跡形もなく消えていた。


「今の見たか?」


 沈黙の中シミズが言った。


「ああ、見た」


「服装は?」


「水色のワンピースと灰色のズボン。髪型は?」


「おかっぱ。黒髪だった」


「正解……」


 どうやら自分たちは同じものを見たらしい。

 混乱しながらもササキはこの事実に不思議と安心感を覚えていた。


「お祓い行ったほうがいいと思うか?」


「俺はオカルトは信じない」


「ほんとブレないな。ある意味尊敬するよ」


「さて、帰るか」

 

 シミズが何事もなかったかのように歩き始めた。


「お、おいシミズ」


「俺は基本的に公園は子供が遊ぶための場所、遊具は子供が遊ぶためのものだと思っている」


「は?ま、まあそうだな」


「さっきも公園で子供が遊具を使って遊んでいた。何もおかしなことは起きていない」


「滑り台と女の子はどう説明する」


「それなら、二人のおっさんが酒の影響で見た集団幻覚というのはどうだ?」


「ちょっと……いや、かなり苦しい推理だ」


 ササキが苦笑いすると、シミズもひきつった微妙な笑顔を見せた。


 後日、自宅へ戻ったササキはお祓いを受けることができる神社を念の為に調べてみた。

 スマホの画面に表示された費用を見て小さくため息をついた。

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