第15話:あの女のせいで【前編】~レオナルド視点~
僕の父上は、物心ついた時からほとんど家にいなかった。母上もなぜかいつも上の空で、僕の事をあまり見てくれない。それでも幼かった僕は、なんとか両親に僕の事を見て欲しくて、勉強も武術も頑張った。
家庭教師や使用人たちからは
「本当にレオナルド様は優秀ですわ」
そう言って褒めてくれる。母上も
「レオナルドはすごいわね。本当に何でもできるのね」
そう言って笑顔を向けてくれるのだが、でもそれは言葉だけ。本心では別の事を考えているのが、丸わかりだ。父上もたまに家に帰って来ては、ため息ばかり。
どうして父上はいつも家にいないのだろう…どうして母上は、いつも悲しそうに空を見上げているのだろう。どうして2人は僕を見てくれるのだろう。僕はただ、両親と3人で、仲良く暮らしたいだけなのに…
そんな僕が全てを知ったのは、7歳のときだ。父上に連れられ、初めて王宮に向かった時の事。まだ一度も王宮に行った事がない僕の為に、久しぶりに家に帰って来た父上が、連れて行ってくれると言ったのだ。
ちなみにこの国の国王は非常に優秀で、他国との貿易に力を入れる事で、この国をより豊かにして来た人物だと聞いている。
さらに、民たちにも目を向け、治安を良くし、住みやすい国にしたのもこの国王だと聞いている。ただ…父上と同じ歳なのに、未だ独身らしい。どうやら結婚には興味がない様で、次期国王は養子を取る事も検討しているらしい。
どうしてそんなに優秀な国王なのに、結婚しないのだろう。そもそも王族なら、跡継ぎを残すことも大切な仕事のはずなのに…そう思っていた。
そんな少し変わった国王は、どんな人物なのだろう。
「レオナルド、王宮が見えてきたよ。そういえばこうやってレオナルドと一緒に、どこかへ行くのは初めてだね。レオナルドには、随分寂しい思いをさせてしまっているな。本当にすまない」
そう言って父上が僕の頭を撫でてくれた。
「そう思うなら…もっと家に帰って来てください…」
拳を握りしめ、俯き加減で父上に訴えた。
「すまない…レオナルド」
父上はそう言うと、俯いてしまった。僕は父上の辛そうな顔を見たい訳ではないのに…
なんだか悲しい気持ちになった。そうしているうちに、王宮に着いた。
「レオナルド、悪いが少しこの部屋で待っていてくれるかい?陛下と話をしてくるから」
「父上、それなら僕も…」
「すまない…陛下は少し気難しくてね。すぐに終わるから、いい子で待っていてくれ。終わったら、王宮内を案内するから」
僕の頭を撫で、そのまま出て行った父上。仕方なく部屋で待っている事にした。それでも暇だな。ふと外を見ると、バルコニーがある。せっかくなので、バルコニーに出る事にした。すると、父上の声が。
声のする方に行ってみると、銀色の髪をした男性と父上が話している。どうやらこのバルコニーは、父上がいる部屋と繋がっている様だ。きっとあの銀髪の男性が、国王だな。
2人に気づかれないように、窓の近くに腰を下ろす。すると
「シャリーはまだ見つからないのか?もうシャリーがいなくなって8年だぞ。私は気が狂いそうだ」
シャリー?そういえば母上も時々“シャリー、どこにいるの?”と言って泣いていたな。
「今探しているが、中々見つからないんだよ。私だって、ほとんど家に帰れていないんだ。今日なんてレオナルドに“もっと家にいて欲しい”と訴えられたんだぞ。セリーヌもシャリー嬢がいなくなってから、毎日泣いているんだ…」
父上が辛そうに呟いた。
「すまない…レックスにも随分と辛い思いをさせているのは、私もわかっている。そもそも私が、シャリーを自由にしすぎたのがいけなかったんだ…シャリーは両親と弟をあの女に殺され、独りぼっちになってしまったのに…私がシャリーを!すまないがレックス、どうかシャリーを見つけて欲しい。お前にも無理をさせているのはわかっている。でも…私はもう、シャリーがいないと生きている意味がないほど、心がすさんでしまった…それでもシャリーが戻ってきた時、立派な王でいる自分の姿を見せたくて、必死に国王の仕事をこなしているんだ。でも…もう限界だ…心が折れてしまいそうだ…」
真っ赤な瞳から、ポロポロと涙を流す国王。成人した男性が、涙を流すなんて…
「わかったよ、シャリー嬢を見つけ出さないと、オーフェンはもちろん、セリーヌの心も壊れてしまいそうだからね。それに、私も家に帰れないしな。とにかく、もっと範囲を広げてシャリー嬢を探すよ。それじゃあ、私はこれで。それからお前、最近ちゃんと食事や睡眠をとっているのか?やつれているぞ。公務を頑張るのも結構だが、しっかり休めよ」
そう言ってお父様が部屋から出て行った。頭を抱え、辛そうな顔をする国王。
その絶望に満ちた瞳を見た時、僕はどうしても目をそらすことが出来なかった。たかだか1人の女が行方不明になっただけで、どうしてあんな顔が出来るのだろう…
シャリーとは一体、どんな女なんだ?




