第13話 学校生活 溺愛編
ところで、事情をご理解いただけたかと思ったクラス女子の面々だったが、そうは簡単に話は終わらなかった。
朝、クラスに出た途端、令嬢の一人から言葉を投げつけられた。
「溺愛」
「なんのことですか?」
「ルーカス殿下よ。なんであんたなんかに夢中なのよ」
あれは、演技なんだとしっかり伝えたはずだが、なかなか信用してくれない。
彼女たちにとって都合がいい情報なので簡単に信じてもらえるはずなのに、意外と彼女たちは疑り深い。
「溺愛って、あんなんじゃないと思います」
「じゃあ、どんなのが溺愛なのよ?」
私は首を傾げた。
「どんなのが溺愛なんでしょう?」
全員、溺愛されたことがなかったので、回答は出なかったが、殿下がまたやって来た。
「ポーシャ」
彼は顔を輝かせている。
「会えてうれしい」
「殿下、授業はどうしたんです?」
私は抱きつこうとする殿下をサッとかわして、尋ねた。殿下はつんのめって、たたらを踏んだ。
「こっちの授業に振り替えてもらった。別に内容は一緒なんで」
「え?」
「いいだろ? 隣の席に座りたい」
「え?」
次の授業は口やかましいことで有名な文法の先生だった。婚期を逃しそうなので、イライラしていると噂の三十三歳だ。この先生の目の前で、イチャラブとか言う刺激物はよろしくないんじゃないかと思うんですけれども。
案の定、ルーカス殿下は子どもみたいにノートのページに絵を描いてこっそり私に見せたり、一緒にデートに行きたい先一覧を書いて見せてくれたりした。
『あなたは、どこに行きたいの? あなたも書いて』
『なにか書いてよ。まるでもバツでもいい』
それだけならとにかく、グッとこちらに身を寄せて来るので、つい逃げて反対側に寄って隣の令嬢を押す格好になってしまった。たまりかねたらしい隣の令嬢がペン先で腕を刺して抗議してきた。地味に痛い。でも、文句も言えない。どっちかと言うと、巻き込まれた隣の令嬢の方が被害者だ。
その上、文法の先生の目がチカチカ危険信号を放つので、本気で怖かった。
精神衛生上よろしくないので、あれはやめて欲しい。
『考えといて。来週、結論聞きに来るから』
その来週は果たしてくるのでしょうか?
それに聞きに来るってどこへ?
寮に戻る時間はないし、私は一人きりで中庭の軒の突き出たところに身を隠すようにして昼食を食べていた。
雨が降っていた。
足が濡れる。
クラスの女子たちの間に私の事情は知れ渡ったらしいが、誰一人殿下の恋人になろうという篤志家は現れなかった。
食堂は危険地帯だったから、足を踏み入れることもできない。
朝昼晩三食食べることが出来なくなった。
寮からアンナさんの姿が本格的に消えた。これまでも寮の中には入らなかったが、周りを散歩していることがあった。多分、お仕事中アピールなんだろうなと思って見ていたけど、それがなくなった。きっと、身の回りの世話をしないぞという嫌がらせなのだろう。
仕方がない。
栄養不足で倒れるわけにはいかなかったから、私は、帰りに必ず通る出入り口に置いてある箱に目をつけて、そこに夕食を泥棒魔法した。
これなら、温かい食事を持って帰れる。
泥棒魔法を使えばデザートも自由自在だったので、チーズケーキだとかアップルパイだとか、好みの食材をゲットすることが出来た。
これまでは、さすがに遠慮してそこまで泥棒魔法を駆使しなかったのだが、ここまで虐待されたのなら、言い訳も立つと言うものだろう。本来なら、食堂で食べるものを寮の部屋で食べていると言うだけなのだから。
とてもおいしそうな苺のケーキがあったので、泥棒魔法で自室に直送してしまったことがある。もたもた手で持って帰って崩れたら困る。この一品は、泥棒魔法宅配便一択だ。
箱を開けてからよく見たら、『カザリン様 お誕生日おめでとう!』と書かれたチョコレートの板が乗っかっていた。
カザリン様が誰だか知らないが、これはまずい。特注品だ。しかも苺を一枚ぺくって食べてしまった後だった。
考えて、チョコレートのお祝いの板の場所をずらして、苺の後を指で整地して送り返した。ばれないと思うし、多分指が触ったくらいでは食中毒とかで死んだりしないと思う。
人間だんだん不精になるのはしょうがなくて、持ち帰りが面倒になって来たので、どんどん直送回数が増えてきた。
バレないように気は使っているが、朝食も、クロワッサンとミルクティにするのかラテにするのか、卵料理も自室で食べられるので、オムレツかベーコンエッグか好きなものを選んで泥棒魔法するのは、全く快適だった。朝早く起きなくてもいいしね!
だが、始末が悪いことに、ある日、たまりかねたらしい襲撃者が来てしまったのである。
彼は痩せていた。
「ずっと食堂で待っていたんだ、ここ一週間」
ルーカス王子は訴えた。
「でも、君は来ない。寮生は食堂でしか食事はできないはずだ。もし飢え死にでもしていたらと思うと心配で……」
彼は突然、言葉を切って、鼻をピクピクさせ始めた。
「なんだ、この匂いは?」
私は渋々本日の朝食メニューを披露した。
全粒粉のパン、トマトの薄切り、チーズ、少し焼いて脂が滴っている厚切りハム、スクランブルエッグ少々とオレンジジュースといい香りのコーヒー。
ルーカスは鼻を引くつかせた。
ここまでバレたら仕方ない。
「生活魔法よ」
私は渋々言った。
「コーヒーの匂いだね」
ルーカス殿下ともあろうお方が鼻をピクつかせた。ウサギみたい。
「うまそうだ」
私は苦渋の選択をした。
「……一緒に食べますか?」
「当然!」
彼は嬉しそうだった。
「最近は食堂に来ないけど、いつもこれ?」
「だって、アランソン公爵姉妹がいる思うと怖くて」
「そうかあ。でも、一人だと寂しくない?」
「別に……」
「そうだよね。寂しいよね。これからは、食べにくるよ。朝ごはんなら都合を付けられるから」
都合をつけて欲しいなんて言っていません。




