加奈の異常なテンションとトレーニングの時の桁違いの強さはクラ効果だと思った俺はおこちゃまだった。
「お帰り彩斗~!
RX7ぶつけなかったよね~!」
加奈の朗らかな声が聞こえた。
「ああ、大丈夫だよ。
加奈、サンキュー!
海辺のドライブを堪能したよ!」
暖炉の間は先に帰っていた皆が集まっていた。
どうやら俺が一番最後に帰って来たようだ。
真鈴とジンコが興奮冷めやらぬ様子で月の研究施設の事を皆に話していた。
「全く外からじゃ判らないけど、あの中は凄い所だったわよ!」
真鈴は目をくるくるさせて叫んだ。
「本当よね~!
あんな施設が日本にあったなんて信じられないわ!」
ジンコも興奮していた。
なんでも天文台の中では月を見るだけで充分の小振りの光学望遠鏡があり、世界中の天文探査局からの報告を瞬時に受信して常に月の最新の状況が判るようになっていたとの事だ。
岩井テレサは真鈴とジンコに月についての判っている事とまだ判らない事、現在判りつつある事などを施設の教授と呼ばれる初老の男から説明してもらったようだ。
「これからは月を見る目が違ってきたわ!」
「なぜあんな不思議な星が宇宙で一番近くに有るんだろうね!」
真鈴とジンコの興奮は全然収まらなかった。
真鈴達は少しだけ地下施設を見学させてもらったようだ。
地下12階までのエレベータ。
装甲車やその他いろいろな用途に合わせた車が並んだ巨大な車庫。
大型カートで海までアクセスできる地下通路等々、その先には哨戒艇の様な船が何艘か有ったらしい、聞けば聞くほどあの山の施設は凄いと思った。
俺達は感心して頷きながらジンコと真鈴の話を聞いた。
「全くあそこは凄いよね~!
それにしても、クラは思ったより元気そうで良かったよ~!」
加奈がはしゃいだ声を上げた。
「でもさ、クラがここに来れば良いのにね~!」
「加奈、一応俺も声を掛けておいたんだよ。
クラが決める事だけど…クラがここに来れば良いね。」
皆が頷いた。
「さて、そろそろナイフトレーニングを始めるか。
最近は射撃訓練ばかりだったからな、基本は忘れてはいかん。」
四郎が言うと加奈が手を上げて賛成~!と叫んだ。
どうも加奈のテンションがやたらに高い感じがした。
これはクラにあって自分の写真を渡したからだろうか?
しかし、クラは凛と…。
俺は何も知らずにはしゃぎながら屋根裏に向かう加奈の後ろ姿を見ながら少し気の毒に思った。
「今日は少し変則的なトレーニングをするか。」
「変則的?」
「そうだ、まぁ、団体戦と言う所かな?
あの地下で床下からアレクニドがわらわら湧いてきたことを思い出せ。
乱戦の中でも敵味方をしっかり識別して戦わなければならないのだ。」
俺達は真鈴とジンコのチームと俺と圭子さんと加奈のチームでそれぞれが入り混じった所で紙の棒を持ちいきなり戦い始めると言う訓練を始めた。
四郎と明石、喜朗おじとはなちゃんが隅に立って俺達の攻撃を判定してやられたと判断されるとその場に倒れて10秒間動いてはいけない事になった。
10秒後にまた戦いに参加出来るのは再生能力がある悪鬼との戦いを考慮しての物だった。
集団戦の訓練が始まり、やはり加奈はダントツの強さを誇ったが、『ひだまり』スケベ死霊効果で敏捷さを身につけた真鈴とジンコも中々侮れない強さだった。
加奈は相変わらずテンションが高く、陽気な声で俺達を挑発して軽々と紙の棒を当てていった。
俺達は汗みどろになって訓練を続けた。
戦力のバランスが悪いと言う事でチーム分けを変更して、加奈と圭子さんのチームと俺と真鈴とジンコのチームに分かれて対戦した。
圭子さんも悪鬼になって動きが早くなったが、かなり悪鬼討伐の経験を積んだ俺も何回か圭子さんの体に紙の棒を当てる事が出来た。
しかし、今日の加奈の強さは桁違いだった。
ついにまたチーム分けが行われ、加奈1人に俺達全員が戦う事にした。
「さぁさぁ!
今日の加奈は強いですぅ~!」
加奈が笑顔で紙の棒を持った手を怪しく動かしながら俺達を挑発した。
やはり、クラ効果で強力になった加奈には叶わなかった。
「ちょっとタイム!
作戦タイムをお願いします!」
汗みどろのジンコが手を上げた。
俺達は屋根裏の隅に集まった。
「どうやら今日の加奈はとても強力よ。
私達の作戦を立てないと…。」
「どうするのジンコ。」
「彩斗と圭子さんが陽動になって加奈に襲い掛かって。
私と真鈴が圭子さんの陰に隠れて、圭子さんの身体を盾にして加奈に接近急襲を掛けるわ。」
ジンコが言うと圭子さんが納得した顔で言った。
「なるほど、彩斗の陽動のおまけつきでジェットストリームアタックを掛けると言う事ね。」
「そう、その通り、ガンダム作戦で行くわよ。
あれはジオン軍だったかな?
黒い三連星プラスケツ花火作戦ね。」
俺達はジンコの作戦で何とか加奈を倒す事に、せめて一度か二度は加奈の身体に紙の棒を当てる事に決めた。
「作戦タイム終了です!
始めましょう!」
俺達は一見加奈を包囲するように取り囲んだ位置についた。
「皆!行くよ!」
ジンコの掛け声で俺達は加奈に襲い掛かった。
最初に陽動の俺が真っすぐ加奈に襲い掛かったが、加奈はひょいと俺を交わして軽く紙の棒でひっぱたいた後に圭子さんに真っすぐ突進した。
「え?」
俺が声を上げて加奈に置いてけぼりにされた。
加奈は圭子さんに鋭い一撃を当ててそのまま通り過ぎて向きを変え、高く跳んで圭子さんのすぐ後ろにいたジンコと真鈴のうち一番後ろにいた真鈴の首筋に紙の棒の一撃を与えたあと、慌てて加奈に向けたジンコの紙の棒をかいくぐり、ジンコに一撃を与えた。
そして加奈はニヤニヤしながら、ゴ~ロク~ナナ~ハチ~キュウ~と数えながら俺に歩いて来て、再び俺が動ける寸前に俺の背中を紙の棒でひっぱたいた。
「終了!
加奈の完勝だな!」
四郎が叫んだ。
やれやれ、クラ効果でテンションが上がった加奈には俺達が束になっても敵わなかった。
「今日のトレーニングはここまで!
各自風呂に入って汗を流して寛げ!
晩飯を食うぞ!」
加奈が鼻歌交じりで屋根裏を出て行った。
俺と真鈴とジンコは残って屋根裏のモップ掛けをした。
「やれやれ、加奈はクラのおかげで元気になっちゃったよね。
でもな~俺は知ってるけど、加奈が知ったら…。」
真鈴とジンコのモップ掛けの手が止まった。
「え?」
不思議そうに見る俺に真鈴とジンコが歩いてきた。
不機嫌そうな顔をしていた。
「どうしたの2人とも…。」
真鈴が俺に顔を寄せた。
「彩斗、加奈がおちゃらけた単純な女子だと思ったら大違いなんだよ。」
「え?」
ジンコも俺に顔を寄せた。
「加奈はね、私達より年下だけど、私達が足元にも及ばない優しい、深い愛情を持った女の子なんだよ。
彩斗はおこちゃまだから加奈がクラに会ってあんなテンションになっているとしか思えないようだけどね。」
「そうだよ、加奈は全部知って…いや、ここで言うのは止めるよ。
とにかく私達じゃ足元にも及ばないほど優しい女の子なんだよ。」
「彩斗は人を見る目がまだまだだね~。
私達は加奈の味方だからね。」
真鈴はジンコの言葉に力強く頷いた。
俺は何の事だか良く判らなかったが、真鈴もジンコもその後口を閉ざしてモップ掛けを再開した。
その後、皆で風呂上がりに夕食を済ました後で暖炉の間で寛いだ後、真鈴とジンコと加奈は酒とつまみを持って部屋に戻って女子会をした。
朝方まで飲んだようだ。
あの晩の加奈のテンションの異様な高さを数日後に判った時、俺はやっぱり…まだまだおこちゃまだと思った。
続く