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吸血鬼ですが、何か? 第8部 発覚編  作者: とみなが けい
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俺達はクラを見舞った…加奈が悲しいピエロになりそうで心配だ…クラが来てくれたら良いな。

固まった俺達の視線の先で、ポールは子供の様に泣きじゃくる四郎の身体をひょいと肩に担ぎ上げて笑顔を浮かべて俺達の方にやって来た。

ポールはひょいと四郎の身体を椅子に座らせてその隣に座った。


「ワイバーンの皆さん、初めまして。

 私はポール・レナード。

 気軽にポールと呼んでください。

 マイケルが色々お世話になったそうで有難く思います。」


俺達は口々に初めましてと挨拶した。

明石や喜朗おじでさえポールが持つ何とも口にしがたいオーラに圧倒されて小声になってしまった。

四郎の顔は物凄い痣が出来ていたが見る見ると治りつつあった。


ポール・レナード。

俺や真鈴にはとてもなじみ深い名前だった。

アメリカ南部に巨大な農園を持っていた男。

四郎を吸血鬼に、悪鬼に変えた男。

四郎に悪鬼討伐のノウハウを叩き込んだ男。

あの晩の農場にただ1人であちこち刃こぼれしたサーベルを掲げて到底勝ち目がない戦いに突撃して行った男。

勿論ワイバーンメンバーは四郎からポールの事は聞いていた。

レナード農場の夜戦で戦死したと思われていた、ポール・レナードが今目の前に座っている。

30代後半か40代になったばかりのように見えるが実は500年以上生きているのだ。

四郎がまだまだとてもかなわない到底足元にも及ばないと断言した強い存在、歳古りた悪鬼。


その端正で気品を感じられる顔立ちにワイバーンメンバーの女性が皆、司や忍でさえ顔を赤らめてポールに見とれていた。


「まあまあ、そんなに見つめないでください。

 顔に穴が開いてしまいそうだ。

 おや、リリーとは102年と3か月ぶりだな。

 元気そうで何よりだ。」


ポールは男でも見とれるような笑顔を浮かべて手をひらひらと振った。


リリーが笑顔になり、四郎がポールに尋ねた。


「ポール様、私はあの晩にあなたが死んでしまったかと…。」

「そうだなマイケル、死ぬ一歩手前まで行ったが…積もる話があるがまたの機会にしよう。

 『連隊』は大忙しだが、私がまだ日本にいる間に改めて時間を作ろう。

 さて、君達がクラと呼んでいる蔵前君の事を少し話しておきたいのですが。」


 俺達は黙って頷いた。


「蔵前君、クラはPTSDに掛かっている。

 発作的に自分の頭を撃ちぬこうとしてな。

 幸いな事にすぐ横にいた者が歳古りた悪鬼だった事も幸いだったのだが、咄嗟にクラのピストルの銃口とクラの頭の間に自分の手を滑り込ませて弾道をずらしたんだ。

 ただ物凄いショックがクラの頭を襲って数日意識不明になったが、今は頭の傷もほとんど治っている。

 そしてセラピーを続けてかなり心の傷も回復したが、今後彼の心の傷が完全に治る事は難しいだろう。

 勿論日常生活で支障ない程にはなったが、再び戦闘をした場合、死に急ぐ行動を取る恐れがあるのだ。

 誰かが危険な目に遭った時、クラは発作的と言って良いほど自分の命を投げ出してその者の身代わりに自分を投げ出す可能性がある事は覚えておいて欲しい。」


俺達は沈黙したまま頷いた。


「クラが最初にカスカベルとの共同作戦時に襲撃を受けた時、ヤクルスのメンバー、クラの両親やクラの親友たちが身を挺してクラを庇い死んでいった。

 そして地下に侵入した時も他のメンバーは結果的にクラを庇って死んだ結果になってしまった。

 そして今回の奴らの糸の件でクラの心に強烈な打撃を与えたと言う事なんだ。

 クラが何とか立ち直れそうな時にクラが新しく大事に思った人達が、これはワイバーンの事だが。

 あの糸の件で襲撃を受けた事を知り、クラは…ダムが決壊するように心のバランスが崩れてしまい発作的に自殺未遂をしたのだ。」

「…クラの責任じゃないのに…。」


加奈が消え入りそうに呟き、俺達も同意の意味で頷いた。


「全くその通りなんだがな…激戦を潜り抜けて大事な仲間を大勢亡くした兵士の症状に似ているというか、自分を責める事で何とかバランスを取ろうとしてしまうのだよ。

 俺があの時もう少し10時方向に注意をしていれば、俺がもう少しトラップに注意して後方に警戒をする事を伝えていれば、など、そうして自分を過剰に責めて心が崩れてしまう…。

 私自身も何度もそんな目に遭ってクラと同じ心境になった事が有る。

 私とクラはじっくりと話し合って心を通わせた。

 今はもう、かなりクラの心は持ち直しているが、まだまだ心のケアは続けなければならないのだよ。」

「どうすれば?

 どうすれば良いですか?」


ジンコが尋ねた。


「なに、大した事では無い。

 クラは自分の責任では無い事は、不可抗力でこういう事態になったと受け入れつつある。

 腫れ物に触るような態度をとると逆効果なんだ。

 いつも通りの態度で接して欲しい。

 普通にこき使っても良いと思うな。

 クラがあの糸の事を話したら、最後まで話を聞いてやり、素直に同意してやって、大変だったが不可抗力で仕方ない事だと笑顔で答えてやって欲しい。

 さりげなくクラの心に寄り添ってくれれば良い事なんだ。

 クラはまだまだ心の奥底で自分を責め続けている。

 今のクラには仲間が必要だが、まだクラ自身が、また大切な仲間を無くしてしまうかと怯えている。

 無理強いはせずにクラが行く場所はあると伝えてくれれば助かる。

 だが、決めるのはあくまでもクラ自身だ。

 クラが新しく一歩を踏み出せるかどうかを決めるのは…クラ自身だけなんだよ。」


俺達は俯いて考え込んでしまった。

ポールが俺達をじっと見た。


「心と言うものは厄介な物だ。

 それは人間でも悪鬼でも変わらない。

 だが、結局最終的に自分を救うのは自分自身と言う事しか言えない、と言う訳だ。

 どうぞ君達でクラを見舞ってやって欲しい。

 クラが自分自身を救うきっかけになるかも知れないからな。」


そしてポールは立ち上がり、四郎にまたな、と言って立ち去った。

暫くして俺達はナース姿の職員に導かれてクラの部屋に向かった。


俺達はドアを開ける前に少し迷ってしまった。


「どうして挨拶すれば良いかな…。」


俺はお見舞いの入った紙袋を持って悩み、小声で呟いた。


「う~ん…いつも通り、クラがいた時と同じで行こうよ!」


加奈がそう言い放つといきなりドアを開けて中に飛び込んだ。


「クラ~!

 久し振り~!」


俺達は加奈につられてクラに挨拶しながら部屋に入った。

個室の大きな窓の前に立って海を見つめていたクラが振り向いた。

クラの顔が一瞬驚いて固まり、そして顔を歪めて涙を流した。


「…あああ!

 みんな御免なさい!

 御免なさい~!」


加奈がクラに駆け寄り肩を叩いた。


「そうよ~!大変だったけどさ~!

 まぁ、大変だったけど、クラの責任じゃないから謝らないでよ~!」


加奈の朗らかで能天気な声につられて俺達も口々にクラに声を掛けた。

そして泣き続けるクラの肩を抱いてベッド横の椅子に座らせ、俺達は他の椅子やベッドに腰かけた。


「もう、過去の事は言いっこ無し!

 今日はクラにいろんなお見舞い持って来たよ~!

 どうせここじゃあまり美味しいものは食べられなかったんじゃないの~?

 ほらほら、開けて見なよ~!

 四郎が行きつけの花屋さんで気分が良くなる花を選んでもらって持って来たからね~!

 美味しいお菓子も沢山持って来たし!

 それとほら!

 じゃじゃ~ん!『ひだまり』の制服が新しくなったんだよ~!

 チェキ持って来たから壁のどこかに貼ってよ~!」


加奈は『ひだまり』の新しい制服姿で色々なポーズを撮った自分の写真を何枚も出してクラのベッドの枕もとに画鋲で貼り出した。

食いつき気味にはしゃぐ加奈を呆気に取られて見ていたクラの顔はやがてほころんだ。


「ちょっと加奈さん、画鋲だと穴が開くから…。」


そう言うとクラはベッド横の物入れから紙テープを取り出して加奈の写真を壁にとめ始めた。


加奈のパワープレイで俺達もクラも雰囲気が和らいだ。


そして俺達は色々と世間話に花を咲かせた。

保養所の暮らしはどうだとか食事はどんな具合だとかセラピーをしているポールは実は四郎の師匠で凄い人だとか色々と話し込み、クラの表情もすっかりほぐれた。


先ほど加奈が命を助けた職員の若い女が入って来た。


「蔵前さん、お食事はどこで取りますか?」


若い女性を見るクラの顔が少しだけ赤くなったのを俺は見逃さなかった。

若い女性はクラのベッドの枕もとに張り付けられた加奈の写真を見て少し顔を俯けた。


「あ…恋人さんなんですか?」


若い女性が小声で尋ねた。


「い、いや、仲間です!

 地下で一緒に戦った仲間達なんです。

 食事はあとでカフェテリアに行きますから。」


クラが少し慌て気味で答えて若い女性は部屋を退出した。

他の皆は世間話のおしゃべりをしていてクラと若い女性の微妙な会話をあまり聞いてない様だった。

加奈も窓の外の海の風景を見て真鈴やジンコやはなちゃんと笑顔で話していた。

だが、今はリア充真っ盛りで12回と4分の1野郎に昇格した俺の目は誤魔化せなかったのだ。

この2人は出来てる…いや、まだまだ出来ていないが出来つつある…お互いに異性として意識している。

これは間違いないよ!

女性経験12回と4分の1の俺は言うから間違いないね!

俺は加奈の心配をした。

これでは加奈が悲しいピエロになるかも知れない。

加奈は幼いころから激しい訓練を重ねて友達も出来なかったと喜朗おじが言っていた。

人間関係、ましてや異性との付き合いは殆ど経験が無いのではないか…ちょっとした駆け引きも知らずにぐいぐい突き進む加奈に俺は不憫な物を感じた。

こんなに可愛いのに何も知らない悲しい乙女。

それが加奈だった。

クラにも好みはあるだろう。

恐らくクラはぐいぐい押して来る加奈よりも控えめで大人しく優しそうな女性に惹かれるのだろう。


「ところでクラはこれからどうするんだ?

 何か決めているのかい?」


明石が尋ねた。


「いえ、希望すればもうここをいつ出ても良いのですが…まだこれから何をすれば…決まりません。」

「そうか…まあ、気持ちが決まるまでここにいれば良いさ。

 それくらいの貢献をクラはしたんだからな。

 もしも気が向いたら…うちに来いよ。」

「そうよ!クラならいつでも大歓迎だよ!」

「新しい『ひだまり』の2階には広い部屋もあるからな!

 かなりゆったりして豪華な造りにしたんだ!

 なんなら今建てている俺と加奈の家に空いている部屋が有るからそこに住んでも良いんだぞ!」


俺達は口々に言ったが、クラはあいまいな笑顔で答える事はしなかった。


俺達は暫くクラとおしゃべりをした。

そろそろ昼食の時間と言う事も有り、俺達はこの辺りで退散する事にした。

部屋を出て行く時、俺は最後に残ってクラに持って来た紙袋を開けた。

中にはワイバーンのジッポーライターと胸にワイバーンの刺繍が入ったポロシャツ、そして胸と袖にワイバーンワッペンが付いて背中に敵味方識別用にWYVERNと記した布を引き出せるジャケットを置いた。


「クラ、君がこれからも悪鬼討伐を続けるかどうかは問わないよ。

 でも俺達はもう勝手にクラを仲間と思っているんだ。

 君の居場所はずっと作って置くよ。

 それを決めるのは君だけど…どうかこれを持っていて欲しい。

 俺たちの友情の印に、持っていて欲しいんだ。」


クラはじっとベッドに広げた物を見つめていた。

俺はクラの肩を叩いて部屋を出た。








続く






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