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暗黒人魔と希望の聖女  作者: 宇喜多平八
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第5話 友人

続きます。



 幸いというのか、やはりご都合主義というのか。


 この世界の一年は三六五日。一月は約三〇日で一二ヶ月、一日は二四時間で一時間は六〇分だという。ユリウス暦なのかグレゴリウス暦なのかはともかく、日は東から上り、西に沈むという暦については前世と変わらない。


 ただ夜空に浮かぶ月が大小二つあるのが大きな違いだ。それが原因で海沿いにある町ではいろいろと問題が発生するらしい。漁村出身のケリーが零していた。


 それはともかくハイド兄上は七歳式を迎えた。俺もあと三年後、まともに生きていればには同じ儀式を受けることになる。王宮に行く資格のない俺には宮廷内の行事は一切わからないが、いつも以上におめかしして、強引に結った髪に小さな冠を乗せて騎乗して屋敷を出ていく様は、まさに稚児さんそのものだ。


 そして朝早く家人に見送られて出ていった兄はその日のうちに戻ってくることはなく、翌日の昼頃にようやく戻ってきた。


「退屈で、面倒で、疲れた」


 中庭のベンチでいつものようにせっせと単語と会話の書き取りに勤しんでいた俺の横に、兄はどっかりと座ると、戒めを解かれた髪をグシャグシャとかき混ぜながら溜息交じりにそう言った。俺としては兄のいつもの行動より気になることがある。


 兄の後ろに目つきの悪い、小柄な少年が一緒に付いてきていたからだ。何も言わず兄の後ろに立っていることを見れば、寄騎か家人の子供だろうとは推測できたが、自己紹介するわけでもなくずっと黙ってこちらを見ているだけだから、立場は俺より下になるのだろうか。だがその悪い目つきには見覚えもある。


「ハイド兄上、そちらの方は?」

「あぁ、前言ってたビボーだ。ビボー、コレが弟のブライアン。リリアンナ先生から聞いてるだろう?」

「左様ですか」


 まるで口調がリリアンナ先生そっくりで、思わず苦笑を堪えきれなかった。その行動が痛く気に障ったのか、ビボー卿はリリアンナ先生が怒る時同様に眉を潜めるが、俺が謝罪した後についで口調のことを話すと、ソッポを向いてしまった。


「拗ねるな、ビボー。まだブライアンは四歳だぞ?」

「母からただの四歳だと思うなと、聞いております」


 家でどんなことを言ってるんだよリリアンナ先生はと思わないではなかったが、せっかく七歳式に出た二人がこの場にいるのだ。王宮とはどんなところか、七歳式とはどんな儀式なのか。退屈で、面倒だろうが、聞いておきたい。予習は大事。


「なんてことはありません。化粧して、王宮に行って、国王陛下の御前で忠誠の誓いをするだけです。あとは大聖堂の宝珠室で一人一人洗礼を受ける。それだけですよ」

「ビボー」

「微に入り細に入り面倒なしきたりがあるだけで、実際にやったことはこれだけじゃないですか、ハイド卿。華美なだけで実が何もない」

「シャメイラ家やアウゲン家の連中に言われたことを根に持ってるのか」

「アイツら何様ですか。惣領様にさんざん世話になっておきながら、細かいどうでもいいことにいちいち陰口を叩きやがって。面と向かってバシバシ言ってくるエモシオンの爺の方がよっぽどマシです」


 ああ、何となくわかった。知らない名前がやたらと出てきているが、結局は派閥間の反目がそのまま子供に受け継がれている奴だ。あの家の子とは仲良くしちゃダメだよっていうのは、子供を縛る魔法の言葉だ。シャイルー伯爵家だって例外じゃない。


 何となく兄に視線を向けると、はっきりと困っているのが分かる。惣領の長男としてビボーのいうこともよくわかるし、ビボー達を守らなければならない立場だが……


「でもリーフォンさんは確かヴォイタバン伯爵家の方ですよね」


 そんな立場ではないし分からないふりで助け舟を出すのは多分俺の役割だろう。


「リーフォンさんもそんなことする人なんですか?」

「アイツは! ……アイツは、別だよ」

「ビボー。ブライアンにはカンパレイラ家とウチの仲が悪いことを教えてある。派閥という言葉も自分で勉強して意味も知っている」

「……」


 だから『そんな小さなことで腹を立てるな』と言いたげなハイド兄に、ビボーは下唇を噛みながら黙って横を向いている。子供っぽい仕草といえばそうだが、むしろ兄があまりに大人過ぎる。


「……わかりました。なるべく気にしないようにします。ですが!」

「なんだ」

「舐められっぱなしではシャイルー一門の沽券にかかわります。大器も結構ですが、時としてハッキリと戦うべきだと思います。失礼」


 リリアンナ先生薫陶よろしきピシッとした拝礼をハイド兄上にすると、回れ右して中庭から屋敷の裏口へと出ていった。


「……ビボーはリリアンナ先生同様に体が小さいことを散々他の奴らに小馬鹿にされてきたんだ。ブライアンも言ってやるなよ」


 もう次期惣領と自覚して行動する兄に俺は同情せざるを得なかった。子供ですらこうなのだ。大人になったらいったいどうなることか。真正面からの罵り合いなどはマナー違反だろうが、より狡猾に、より陰湿に、より暴力的になっていくのは想像に難くない。


「言いませんよ。僕も小さいですから」

「そうだったな」

「兄上とビボーさんの話を聞くに、リーフォンさんはいい人なんですよね」

「お人よしだ。重鎮の嫡子長男とは思えないほどにな」


 そこまで言うとハイド兄は腕を組んでしばらく考え込んでから言った。


「今晩、俺の部屋に来い。お前には早いかもしれないが少し説明してやる」





 言われた通り夜半、ハイド兄の部屋に潜り込むと、ハイド兄は俺を手招きして椅子に座らせる。目前の勉強机の上には、書き込みがなされた一枚の地図と単語辞書より分厚い羊皮紙の本が置かれていた。


「ブライアン。これが地図だ。俺達がいる国と、人がいる大きな町の位置を書き記したものだ」


 ハイド兄はそう言うと、羊皮紙の図面に指を這わせて説明する。


 この世界は四つの大陸でできていて、自分達が住んでいるのは一番大きな大陸であること。


 この大陸は大きく三つの勢力に分かれていること。大陸の西側が我々の住んでいるラソーヴィ王国。東側にはアロゴ帝国。北側は人間とは違う魔族が住んでいること。勢力圏は大陸中央部で接触しており、三者の間は頻繁に戦争する程度に仲がいい。


「魔族?」

「人間ではない奴らだ。人間に似ている奴もいるし、似てない奴もいる。この王国の中でも高山や深い森の中で暮らしていて、時折人里に現れては危害を加えていく、暴力的で、野蛮な連中だ」


 その話は他の奴に聞けと言わんばかりに、ハイド兄は話を進めていく。


 我々が住んでいるラソーヴィ王国は、建国して一五〇年程。大陸西方の大半を所有する大国であり、北東部と南西部に幾つかの従属国や従属都市が存在すること。


 ラソーヴィ王国には七候と呼ばれる七人の大貴族がいること。国家の重大方針を決める際はその七家の惣領が集まって決めることになっている。それぞれが大領を有し、派閥よろしく多くの寄騎を抱えている。


 我が家シャイルー伯爵家は七候に実力では遠く及ばないが、独自の派閥を有していて、領地は王国北側の沿岸地帯にあること。


 我が家と仲が良い七候は、同じ北部に領地を持って北部外交防衛戦を担うキルシェ侯爵家。北西部沿岸に領地をもち林業と畜産業を生業とするニューモート侯爵家。


 逆に仲が悪い七候は、王都南方に穀倉地帯を有するアウゲン侯爵家。南東部の南大湾に根拠地を有するシャメイラ公爵家。そして南西部にあって従属国国境にあって安全保障税と貿易関税で栄華を誇るカンパレイラ公爵家。


 他に学業と研究で独自の勢力圏を持つアグネシア侯爵家と、シャメイラ公爵領よりさらに東で南部外交防衛戦を担うウィステリア侯爵家とは、特に仲の良し悪しはない。


 シャイルー家以外にも独自の派閥を有する貴族は両手両足の指程度はいるが、やはり七候には遠く及ばない程度の勢力しかない。


「派閥の中でも仲の良し悪しはある。長年続く因縁もな。それを覚えていくのも貴族子弟の勉強だ」


 国同士の戦いの時は普段仲の悪い七候間でも協力し合う。七候間で戦争することはまずないが、利害対立による代理紛争のようなことは時折発生する。それを仲裁するのが王家の財産管理と国家防衛を担う王国政府であり、ウチのような政府要職にある中堅派閥領袖の役割だ。


 だからビボーのように、馬鹿にされたからといって七候やその傘下の貴族達に喧嘩を売るような真似を、ハイド兄はしてはいけないし、シャイルー伯爵家の寄騎や家人にさせてもいけない。それを見越してビボーを挑発していたのは、逆を言えば大貴族が中堅貴族の父の世話を受けたことに対する意趣返しのようなものだ。サイテーだな。


 父の意向に逆らってカンパレイラ公爵家幕下のエモシオン子爵の行儀指導を受けたのも、おそらく兄独自の考えだろう。リーフォンがどれほどお人好しな人だとしても、友好関係にある七候のキルシェ・ニューモート両家に人なしというわけではないのだから。


「兄上はカンパレイラ公爵家と仲良くなりたい、のですか?」

「そうだ。俺やリーフォンが成人して、それぞれ派閥の惣領や重鎮になった時には、そうしたいと考えてる」

「他の……シャメイラ公爵家やアウゲン侯爵家とは?」

「面と向かって戦争をしている相手じゃない。機会があればそれを掴みたいと考えてる」


 七候という『システム』は、警察力が弱く法律の裏付けとはならない時代において、暴力の集団化と抑制に働いている。知らないから言わないのかもしれないが、複雑な姻戚関係が七候の間には張り巡らされているだろう。


 が、一度バランスが崩れれば、内戦を招きそれは国家崩壊へとつながる。緊張緩和に動くのは悪いことではない。だがそれを、未成年の中堅派閥次期惣領が真剣に考える理由はいったいなんだ。稀有壮大な野心家というには、ハイド兄は真面目に過ぎる。


 俺は肝心の疑問を胸に抱きつつ、深夜の社会講義を聞き流すのだった。


2022/01/06 初投稿

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