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暗黒人魔と希望の聖女  作者: 宇喜多平八
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第1話 見知らぬ天井

話を進めます。



 「くたばれ! くたばれ!」とほとんど反射的に大声で罵しり返しながら上半身を勢いよく持ち上げると、周囲の世界は最期の事件現場となったご近所とは全く違う景色になっていた。


 まずそもそも屋外ではない。


 俺の腰の下は冷たい真夜中のアスファルト路面ではなく、天蓋というのか、柱が四方に立っているフワフワとした白いシーツのかかっている柔らかいベッドだ。愛用二〇年の煎餅布団でないから、意識を失いつつも自宅に戻ったわけでないのは確実。


 チンピラモドキも意識を失ったバブルオフィスレディもいない。というか部屋の中には誰もいない。漆喰だろうか、石と泥の合いの子のような色合いの壁。扉は艶なしの天然木。扉の反対側にある窓も造りがDIY並みの木組み。一応はガラリのようになっていて、隙間から僅かに光が差し込んでいる。


 俺はベッドから降り立ち窓に近づく。やはり殴られた前頭部がひどく痛む。一歩一歩が実に重い。床も木造りだが、古きよき日本家屋のように磨き抜かれているわけでもなく、明らかに靴を必要とするレベルだ。そして自分の足に視線を落としてようやく気が付く。三年物のすり減った革靴も、長年苦しめている外反母趾と親指のタコが無くなっている……のではなく、足自体が小さくなっていることに。


 足がそうなら手はと視線を移せば、こちらも皺や傷ひとつないきれいな指。顎を摩れば剃り残しなし。髪の毛も……天頂部を含めてビッチリと生えている。服は貫頭衣だからめくれば、下はツルツルの子供のブツが下がっていた。鏡があればいいのだが、ここには無駄に豪勢なベッドと、壁に打ち付けられている木の箪笥以外には何もない。


 痛む頭に手を当てながら、俺は窓へと近づいていく。小さな椅子の上に立ち、明らかに細く弱くなった腕に力を込めて木組みの窓を開けると、朝日が差し込んでくる。眩しさに手を掲げ、目を細めれば旅行番組やアニメでおなじみの、木枠漆喰造りの西欧家屋と真ん中に黒い筋の入った石畳の街並みが目に入る。そしてその中を進む一団がある。


 兜を脱いだ重装騎兵とそれに続く槍兵。ハルバートを思わせる小さい斧がついた長い槍手が一〇人だから一個分隊か。銃を持っている奴はいなかった。市街パトロールでもしているのだろうか、胸甲騎兵はあちらこちらを見回しながら胸を張って石畳の奥へと進んでいく。


「つまりは死んで異世界、ナーロッパ転生か」


 思わず俺は窓の敷居に腕と顎を乗せ溜息をつく。


 望外と言えば望外だ。現代日本の非モテチビ禿四〇歳独身男性が、ネット小説よろしく二度目の若き未来ある時間を得ることができたのだから。その上、天蓋付きのベッドに一人で眠れるような恵まれた家庭に現代社会の知識をもって生まれかわったのだから、夢だとしてもこれ以上望むのは些かどころか強欲が過ぎるのかもしれない。むしろ夢がかきたてられるシチュエーション。


 だが突きつけられている現実は、ネット小説と違ってリアルに非情だ。


 まずここには電気がない。壁付けコンセントはなく、僅かに室内に残る蝋燭の臭いからも電球という概念がないのは間違いないだろう。つまり電気をエネルギー源とするあらゆる機械が存在しない。それは電化製品に保護されて生きる現代人にとって地獄にかなり近い場所だ。


 銃兵がいない。火薬の有無はともかく、まだ人間はその腕力の及ぶ範囲で戦っていると考えていい。しかし重装騎兵と整った分隊列の存在から、暴力を根拠とする権威とそれを支える組織規律が存在するのは間違いない。


 金属加工技術はある程度期待できるが、大量生産できても精密さには疑問が残る。ハルバートの穂先も尖っているが、遠目から見ても不揃いだ。扉の蝶番も、窓や箪笥の押金も一点ものに近い。


 木工技術はほどほど発展している。産業規格はまったくもって期待できないが、彫刻が込んだ天蓋や細工を込めたガラリを作れる程度には技術がある。何かモノを作ってもらうならまずは木工が中心ということだろう。


 繊維などの一部分野では、それなりに嗜好品が存在する。ベッドはフカフカで、藁ではなく恐らくは羽毛が詰められている。勿論所得格差によって状況は異なるだろうが、現代と比較して技術的にはあまり差がないというべきだろう。化繊や合皮はないだろうが、人力以外の紡績機がもしかしたらあるかもしれない。


 複層建築はできるが、コンクリート路床は存在しない。間違いなく鉄筋は考えられないので、基本は石造りか木造建築。道の真ん中が凹んでかつ微妙な異臭を放ちながら汚れていたので、下水道は多分ないか、能力不足。


 と、見た限り考えられる文明のレベルは欧州なら中世の、それもやや近世に近い文明レベル。工場制手工業の一歩手前の世界とみていい。


 ただそれは公衆衛生とか、社会福祉とかは、開明的君主の個人的領分からようやく脱しつつあるといった時代だ。医療技術は鍛冶屋が腹痛を直すほどではないが、経験から集積された薬か、瀉血、未熟な外科手術に頼るような時代と考えられる。まずウイルス防疫など期待できない。


「筋力と頭脳が均衡する社会、か」


 旧石器時代のような、闘争と生存の意味の境がない時代でなかったのは救いだ。『舐められたら殺す』ような世界である可能性は勿論あるが、少なくとも規律と知性は存在する。神と人間がまだまだ近い時代だと、それはそれで厄介なのだが。


一見しただけではわからないが、窓の外から見下ろせる市街地から白い炊煙が上がっているのを見れば、石炭は使われていない。窒素酸化物も黄砂も含まれていない、ややカビ臭い朝の空気を鼻から吸い込み、口から吐く作業をゆっくり数回。ようやく酸素が首から上に登ってきたような感覚を覚えた時、背中側から悲鳴が上がった。


 そこには古式ゆかしき黒一色のロングドレスに白のエプロン。そしてフリルカチューシャを頭上に乗せたうら若き乙女が、金属製の吸い口とタオルを盛大に床にまき散らかして腰を抜かした姿があった。失敬にも俺に向かって指を突き出している。


 ……ヴィクトリアンメイドは一九世紀以降に登場したはずなんだけど、一体どういう時代なのか。一抹の不安と大いなる好奇心に胸を躍らせながら、俺はメイドに手をあげて挨拶した。


ご感想お待ちしております。

こうすれば書きやすいとか、読みやすいとかあればお手柔らかに。

(メンタルスライムなので)

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