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ショートショート12月~2回目

たろちゃんとわたしとながれぼし

作者: たかさば

 たろちゃんと私が出会ったのは、本当に偶然だった。


 ―――もう!!出ていきなさい!!!


 もうずいぶん前の、小学校三年生の、初雪が降った夜。

 私はお母さんに怒られて…薄っぺらいコート一枚で、家を飛び出した。


 大切にしていたスケッチブックが、勝手に捨てられていて、我慢ができなかった。

 大切にしていたお話を書いたノートが、勝手に捨てられていて、我慢できなくなった。

 大切にするものをすべて捨てられることに、我慢ができなくなってしまった。


 几帳面な母親は、私の持ち物をすべて管理していて。


 鉛筆の削り方、机の中身、友達からもらった手紙の内容、お小遣いで買った漫画、すべてチェックされて、怒られて。

 チリ一つないきれいな学習机と、きっちりベッドメイクされた寝る場所、毎日着替える衣類のかかったハンガー、一枚一枚しまわれている下着の入ったタンス。


 余計なものの一つもない部屋で、私は管理されていて。


 転校することになった親友の有里ちゃんがくれたお手紙と、写真を捨てられて、爆発してしまったのだ。

 ずっと仲良しだった有里ちゃんの思い出を捨てられて、ゴミ箱を漁っていたところを見つかってしまったのだ。


 何を言っても、写真は返してもらえず。

 何を言っても、自分の気持ちを理解してもらえず。

 何を言っても、母親の常識を押し付けられ。


 私は、どうしても、我慢ができずに。


 きれいに整頓されている学習机の教科書を、ホコリ一つないフローリングの上に投げつけた。

 削りカスの入っていない鉛筆削りを、ホコリ一つないフローリングの上に投げつけた。


 パンッ……!!!


 今まで、一度も手をあげなかった母親に…頬をぶたれて。

 呆然としていたら…出て行けと言われたので。

 私は、素直に、その言葉に……従った。


 あてもなく、暗闇の中を歩いた。


 通学路を歩いて、市街地を抜け。

 遠足で歩いた、田んぼのある場所まで、一人ぼっちで歩いた。


 何もない、真っ暗な道を…月の光をたよりに歩いた。


 足元を、目を凝らしながら一歩、一歩、歩いた。

 誰もいない、街灯も数えるほどしかない、薄暗い夜道。


 ふと、足もとが…明るく、なった。


 どうしたんだろうと顔をあげたら…空に流れ星がいくつも流れていた。


 初めてみた、流れ星だった。


 きれいだなあ…ぼんやりと、空を見上げていた私は、時々光をまき散らしながら落下してくる物体に気が付いた。


 流れ星が落ちてきたのかもしれない、そんなことを思った私は、その光を目で追った。


 時折、田んぼの一部や道路の一部、水路に…遠くにある山の表面を照らしながら、ゆっくりとその流れ星は地に落ちた。


 ちょうど田んぼに水の入っていない時期だったので、私は思わず…流れ星のもとに駆け寄った。


「…?!…!!!…☆」


 明らかに聞いたことのない、電子音のような…笛の音のようなものが、聞こえた。


 丸くて黒い、半分くらい潰れているものの一部が、明るい光を放って…枯れた田んぼの上に白い筋を書いていた。


 恐る恐る、その、中を、覗き込むと。


「!!!…?……。……?」


 何度も読んだ、タコおじさんの絵本に出てくる主人公みたいな…丸くて長い足がたくさん生えた、たろちゃんがいた。


 つぶれたボールの一部に足が引っかかって…出られないみたいだったので、ずるりと抱き上げて、助けてあげた。

 下敷きになっていた足から血が出ていたので、ポケットの中に入っていたばんそうこうを貼ってあげた。

 頭の上に擦り傷とたんこぶができていたので、ポケットの中に入っていた大きめのばんそうこうを貼ってあげた。

 少し汚れていた部分を、除菌ウエットシートで拭いてあげた。


 ――――――こんにちは?

「たろ、たろたろたろ……。」


 頭の中に聞こえる声と、直接聞こえる声が重なって不思議な感じがした。


「こ…、えっとね、今は、こんばんわって、言うんだよ?」


 ――――――こんばんは?

「たろ、たろたろたろ……。」


 田んぼの端っこにしゃがみこんで、たろちゃんとお話をした。


 たろたろいうので、たろちゃんって名前を付けてあげたら、喜んでくれたんだよね。


 たろちゃんは、流れ星じゃないって教えてくれたんだよね。

 たろちゃんは、学校の先生だって教えてくれたんだよね。

 たろちゃんは、お友達を探してるって言ってたんだよね。


 本当は、奥にある森の中で人間に変身するつもりだったんだけど、運転を失敗して落っこちちゃったんだって。


 変身するデータが消えちゃったから、変身できなくなっちゃって困ってしまったんだって。

 新しいおうちが届くまで、いる場所がなくて困ってしまったんだって。

 お友達を見つけないといけないのに、見つけるための準備ができなくなっちゃったんだって。


 わたし、私でよければ、お友達になるよっていったんだ。


 そしたら…たろちゃん、大喜びしてくれたんだけど。


 私は、持ち物を管理されてるから、何もできないかもしれないよって、言ったんだ。

 ひょっとしたら、私は、このまま家に帰れないかもしれないって、言ったんだ。


 ――――――だいじょうぶ。

「たろ、たろたろたろ……。」


 たろちゃんの指が一本光って、シュッと私の左手を照らしたと思ったら。


 私の左手に、たろちゃんの絵と、壊れた丸いものが描かれていて、びっくりしちゃったんだよね。


 ――――――よろしくね?

「たろ、たろたろたろ……。」


 驚いていたら、突然私を照らす、ライトの光に気が付いた。

 なんだろうと、眩しい光を手で遮ったら…すぐ横に、車が止まった。


「あー!!!いたぞ!!!君、佐々岡さん?ささおかみおちゃん?」

「あ…はい……。」


 私は警察に保護されて、家に帰ることが、できた。


「もうわがまま言わないでちょうだい!!」

「ママを困らせたらダメじゃないか!」


「まあまあ…無事見つかって良かったです。あまり厳しくしないであげてください。」


 母親と父親に怒られて、お巡りさんたちに優しい言葉をかけてもらって。


 私はまた、管理される生活に戻らなければいけないと、思っていたのだけれど。


 ――――――おもいで、ほしい?

「たろ、たろたろたろ……。」


 たろちゃんが、いっぱい、いっぱい…助けてくれた。


 捨てられた私の絵が、戻ってきた。

 捨てられた私の宝物が、戻ってきた。

 捨てなければいけないものを、隠してくれた。

 捨てなければいけない感情を、守ってくれた。


 たろちゃんは、人間じゃないから、いろんなことを知っていたんだ。


 無くなったものを記憶から再生する技術。

 存在しているものを、絵に変える技術。

 時間と人間の関係性。

 宇宙の意味。


 たろちゃんは、人間じゃないから、いろんなことを知らなかったんだ。


 人間が持つ、感情というもの。

 人間が持つ、魂という考え方。

 人間が持つ、時間に囚われた常識。


 私は、たろちゃんと過ごすことで、いろんなことを知っていったんだ。


 愛情と支配の違い。

 大人と子供の関係性。

 束縛と自立の転換。


 私は、たろちゃんのおかげで、いろんな感情を失わずに済んだの。


 願う気持ちを、潰されないですんだのも。

 創造する心を、潰されないですんだのも。


 諦めなければならないことを、諦めなくてもよくなった。

 受け入れなければならない理不尽を、受け流せるようになった。

 押し付けられる感情を、真正面から受け止めなくてもよくなった。


 私の手の印が消えてしまうまで、ずっと助けてくれたんだ。

 私の手の印が消えてしまうまで、ずっと一番のお友だちだったんだ。


 私、たろちゃんがいたから、幸せになることができたんだ。


 私、たろちゃんにお礼がしたいって、ずっと思っていたんだ。


 ――――――いつか、そのからだがいらなくなったら、ちょうだい?

「たろ、たろたろたろ……。」


「うん!イイよ!!!」



 流れ星を見るたびに、たろちゃんと出会った日のことを思い出す。



 子供に買ってあげた絵本には、どれも流れ星が流れていたっけ。

 孫たちと一緒に、何度も流れ星の動画を見たっけ。

 ひ孫たちに、流れ星のお話、たくさんしたなあ……。


 私は、たろちゃんがいたから、この体を最後まで生きることができたんだ。

 この体は、たろちゃんが生かしてくれたんだよ。


 たろちゃん、私が、たろちゃんとの約束を忘れてしまう前に、必ず迎えに来てね?


 そう、願って、もう何年たったかな?


 もう、そろそろ、お迎えに来てくれても、イイと思うんだけどな?



 ――――――もらいに、きたよ?

「たろ、たろたろたろ……。」



「たろちゃん!」



 よかった、私…ちゃんと覚えてた。



 覚えているうちに、たろちゃんにお礼が渡せそうで、ホント良かった。



「ずっと、待っていたよ…?」



 私が、にっこり、微笑むと。



 ――――――ぜんぶ、わたすね?

「たろ、たろたろたろ……。」



 ああ…私の生きてきた、思い出が…たくさん、溢れてる……。



 大好きだった、旦那さま。

 大好きだった、子供達。

 大好きだった、お友達。

 大好きだった、物語。

 大好きだった、風景。

 大好きだった、歌。


 大好きだった、すべて……。



 心の中に眠っていた、大切な思い出が、すべて……。



 私、幸せ、だったなあ……。



「たろちゃん、ありがとう……。」



 そっと、目を閉じた、私の、耳に……。



 ――――――ありがとう。

 

「たろ、たろたろたろ……。」



 たろ、たろたろたろ……。



 ……ああ、たくさんの、流れ星が、見える。



 たろ、たろたろたろ……。



 私も、流れ星に、なって……。



 たろ、たろたろたろ……。




 たろ、たろたろたろ……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 宇宙人に助けられて幸せな人生を送ったみおちゃん。 ハッピーエンドなんだけど、なんだかせつない。 でも助けられてなかったら、もっと辛い人生だったかもしれない。 願わくばみおちゃんのような…
[一言] 体を奪われるので、やばいエンドが待っているかと思いきや。いいエンドですね。たろちゃんのおかげで、人生を楽しめましたね〜。
[一言] ありがとう ありがとう 。・゜・(ノ∀`)・゜・。
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