01 好きなもの
ラブコメものを描きたいがために書き始めたただの自己満足です
「好きです。付き合ってください」
夕日の落ちるより少し前。
春、4月の2日。
中学生から高校1年生に進級したその日、俺は彼女に告白した。
桜の舞い散る木の下で、彼女は頬を赤くしながら──
「はい。私も、あなたのことが好きです」
心の底から嬉しそうに告げた。
こうして、俺たちは付き合うことになった。
これは、俺と彼女の恋愛喜劇。
ただの恋愛喜劇だ。
「ごはんだよ」
彼女が木製の盆に乗せて運んできた料理をテーブルに並べる。白米に葱の味噌汁、肉じゃがと胡瓜の漬物。全て俺の好物だ。
彼女と同棲し始めてそれなりに経つが、もうかなり俺の好みは熟知されたと思う。
「今日も美味しそうだな」
「愛情が込められてますから」
ふふんと、胸を張る彼女を見ていると、心が和む。やっぱりかわいいな、俺の彼女は。
「ほら、冷める前に早く食べよ」
「ああ」
二人で手を合わせて、同時に言う。
「「いただきます」」
まずは味噌汁から飲む。
よく温まっているおかげか、味噌汁が喉を通り、胃まで送られるのを直に感じる。
手元の味噌汁と喉の奥から鰹節の匂いがする。きっと今日のダシはこれだろう。
次に茶碗を手に取りふかふかの白米を食べようとした時、視線に気がついた。
「そっちも早く食べないと冷めるぞ」
「私は猫舌だからいいの」
そう言いながら、彼女は俺をじーっと見つめる。テーブルに肘をつき、頬を緩ませるその姿はとても愛らしく思う。……けど。
「そんなに見られると食べずらい」
「いいじゃん、いつものことだよ」
「だから、いつも言ってるじゃんか」
このやり取りは、今回で何回目だろうか。一昨日も同じことをした気がする。
「まぁまぁ、落ち着いて。それよりお味はどう?」
「……美味いよ」
「ならよかった」
話を逸らそうとしているのは百も承知だ。けど、やっぱり俺は彼女に弱い。
夕飯を食べ終わり、彼女は食器を片付けにキッチンへと向かった。手伝うと言ったが「絶対だめ」と強く断られた。ちょっとショック。
仕方ないので、ソファに座って趣味の読書をすることにする。
風呂に入ろうかとも思ったけど、食後すぐに入るのは良くないって、なんかのテレビで言ってた気がするので、それまでの暇つぶしだ。
「今日はこれかな」
今日はこれを読む。と、そう決められた本を手に取り、ぱらっと開く。
1ページ。2ページ。3ページ。4ページ。
読み進めていくごとに、徐々に睡魔が襲ってくる。
頭がぼーっとして、視界が霞む。
気づけば、俺は本を手から落とし、ソファに横になっていた。
夕暮れ時、斜陽に照らされて赤くなった商店街を手を繋いで二人で歩く。
「今日の夕飯は何がいい?」
「じゃが──」
「じゃがいも料理以外で」
「……なんでもいい」
しょぼん、と分かりやすく下を向いて見せる。
じゃがいもがない食卓なんて……俺は……
「もう、不貞腐れないでよ」
小さな子供をあやすように、彼女は俺の左手を握り直す。
「あなたはそれでいいかもしれないけど、流石に私が飽きちゃうから」
「……わかった」
「よかった」
微笑む彼女を横目に、前を向く。
そうだ。俺一人だけの食卓ではないのだし、何より夕飯を作るのは彼女なのだから、俺が我儘を言うわけにもいかないよな。だから、
「里芋で我慢する」
「ねぇ、それ同じ芋類だって知ってる?」
「知ってるよ。馬鹿にしてるのか?」
流石の俺もそれくらいわかる。だってどちらも名前に"いも"が付いてるんだぞ?わからない方がおかしい。
というか、見た目の時点で明白だろ。
「それで、なんて?」
「里芋の煮っ転がしが食べたい」
「……はぁ」
「溜め息をすると幸せが逃げるぞ」
そう言う俺を少し睨むように見てから、
「あなたは私から逃げるの?」
「いや、別に」
「なら大丈夫」
そう言って、彼女はまた微笑んでみせた。
繋いだ手の平からは温もりが伝わってくる。
今日もいい気分で一日が終われる。そんな、なんの根拠もない確信が俺の中に生まれた気がした。
「わかった、わかったよ」
観念した、と言うように、俺は空いてる右手をひらひらと振る。
「今日は茄子とピーマンの炒め物にしよう」
俺史上最高の提案だと思った。
「結局ナス科……まぁ、芋じゃないだけいいけど」
俺史上最高のはずの提案は、あまり好評ではなかった。……おかしいな。
「煮っ転がしはまた今度つくってあげるからね」
「ああ」
また今度、とは一体いつのことなのかわからないけれど、不思議と胸が躍った。
彼女の作る料理は当然美味いけど、それ以上に、彼女に作ってもらえるという事実が嬉しいのかもしれない。
だって俺は、彼女のことが好きだから。
「というかさ」
と、前置きをしてから尋ねてくる。
「なんでそんなに芋が好きなの?」
「なんでと訊かれても……」
『好きに理由なんてない』という台詞をドラマなどでよく耳にするが、まさしくそれだと思う。
「まあ強いて言うなら、美味いからかな」
「そっか……そうだよね」
と、どこか納得しきれていないような感想を残して、彼女は口を閉じる。
「……ならさ」
「うん」
少し歯切れの悪さを感じさせながら、上目遣いで言う。
「私のことは、どうして好きなの?」
「……」
一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。
彼女の台詞をもう一度自分の中で反芻する。『私のことは、どうして好きなの?』……うん、やっぱりよくわからない。
「今、そんな話の脈絡あったか?」
「いいから」
少し強めの口調に驚かされながも、頭の中で必死に絞り出す。
「……」
……正直に言って、何も思いつかない。いや、実のところ答えは出てる。『全部』だ。でも、こんなことを正直に言ったって納得はしてくれないだろうし、さてどうしたものか。
「……思いつかない?」
彼女が少し悲しそうな顔をする。
まずい、これ以上彼女を悲しませるわけには…………もしかして、これか?
「いや、思いついた」
口を閉じて俺の続きの言葉を待つ彼女に、今気づいたことを言う。
「笑顔」
「……笑顔?」
「そう」
「どういうこと?」
不思議そうな顔で、頭の上に疑問符を浮かべながら首を傾げる。
「なんていうか、その笑顔を守りたいと言うか、悲しい顔をしないでほしいと言うか」
頭の中に浮かんだ言葉をつらつらと並べると、最初は黙って聞いていた彼女が急に笑い始めた。
「ぷっ、なにそれ。ははっ」
「別に笑うことないだろ」
「笑うよ。だってクサいんだもん」
「悪かったな」
「あぁ、ごめんごめん」
俺がそっぽを向くと彼女は急いで謝りに来るが、それだけじゃ許さない。
まったく、人が真面目に言ってるのに……
「……でも、うん。あなたの気持ちはよくわかったよ」
「……」
独り言のように語り始める彼女の声に耳を傾ける。
「私も、あなたの笑顔が好き。少し子どもっぽくて」
「……一言余計じゃないか?」
「ううん、そんなことないよ」
そう言って、彼女は何度目かわからない微笑みを見せる。
やっぱり、これだ。これが俺の好きな笑顔だ。
変に恥をかいた気がするが、それでも俺が言ったことに偽りはない。
俺は彼女が好きだ。だから、彼女の笑顔を守りたい。悲しい思いはしてほしくない。
そう認識をあらためて、彼女の手を握り直すと、彼女も握り返してきた。
そうして前を向くと、なんだか視界が歪んできて、意識が崩れ始め、気づけば俺は、眠りに落ちていた。