1日目
私はしがない冒険者である。
いや、しがないというにはちょっとばかり特殊のような気がするけれども、ここで生きていて、こうやって日記を始めようとしている時点では別に特段高い能力や致命的に低い能力を持っているようなものではないし、しがないといって差し支えはないように思う。よって、そう記す。
いやなに、これまでに日記など書いたことがないから、日記の始め方のセオリーというものがわからない。よって適当に自己紹介をした次第だ。
さて、記念すべき1日目。
前世思い出した。
…いや我ながら随分とまあ素っ頓狂なことだと思う。気でも狂ったか。
いやいやそう思うが、事実なのだから仕方がない。
いやいやいや、仕方がないとか言いつつ大混乱している。だから、書き出せば少しは落ち着くかなと書いてみているこの日記である。そしてたった今、書けば書くだけ混乱すると判明した。世紀の大発見だこの野郎。
だが、書くと決めた以上はせめて三日は続けてみよう。その前世の記憶が言っている。三日坊主はよくない。
さてどこから書いたものか。何故これを前世の記憶と断じたのか、そこからにしよう。
きっかけは、我ながら書き出すのも恥ずかしいが、魔物討伐を終えて食事の準備をしている時に滑って転んで頭を打ったことだ。一人じゃ狩るのはおろか爪痕を残してやることも難しいとされていた魔物だったが、苦戦苦闘の末なんとソロ討伐に成功したのだ。ソロだ。ソロ。泣いてない。
昔から魔力が強すぎたせいで、気が立ってしまえば剣を振るうと結構な衝撃波を起こしてしまうから、チーム戦に向いていないのだ、私は。繰り返すが泣いてない。
しかしながら手強かった。難敵だった。それを狩れたのだ。これは自分に褒美をやってもいいだろうと、報酬に貰った金貨でちょっといい肉を買ってきて、街の外れで野営して、料理をしようとしたところで足が滑って鍋で頭を打った。
自然の中で食べる羽鹿の肉のシチューは絶品だから、宿に泊まらず野営にしたのにこのザマだ。気を抜きすぎだ。
前置きが長い。
そして私は、見たことのない街の景色を思い出したのだ。すごいな、一文だけなのに一瞬で矛盾した。
その記憶の中にしかない景色は、縦に長い建物が並び立ち、地面は灰色で覆われ、鉄の塊が走り回り、あまつさえ鉄の塊は空さえ飛んでいた。
意味がわからないと思うだろう。私もそうだ。
しかしもっと意味がわからないことには、私はそれら意味がわからないものの名前を全て知っていた。本当に意味がわからない。
縦に長い建物はビル、地面を覆う灰色はコンクリート、駆け回る鉄の塊は車、空飛ぶ鉄の塊は飛行機。
そりゃ先ごろ私が滞在していたガラントの街にも縦に長い建物はあったが、縦に伸びるより横に伸びるほうが建設的だ。エメナの町の修道院などがそれだ。いやちょっと違うか、あれは縦に伸びるために横にも伸びていた。
無論その記憶の中の世界にも、エメナの修道院のような建物はあった。モン・サン・ミシェルとか、そんな名前の。しかしそれはそれとしても、なぜあんなにわざわざ縦だけに伸びていくのか。非効率的ではないか。本当に謎だ。
それと鉄の塊。あれはどういう仕組みなんだ。いや、意味がわからないがその仕組みさえ私は知っている。知っているがなぜ魔法を使わないのかと疑問にも思っている。
そして何より理解できないことには、そう、その世界には魔法がなかった。
つまり、私が生きているこの世界ではない場所にいたのだ、私は。以上を踏まえて、ざっくりした結論を出すとするなら、私は一回死んでからこちらに生まれた。つまりそれは私ではない私の記憶。そう考えないとつじつまが合わない。そう考えてもなかなか苦しいけれど。
というか考えるだけで頭がいたい。魔法がないってなんだ。魔法元素から生まれる魔物もいないってことだよな。うん、いなかったっぽいよな。じゃあどうやって生活していくんだ、食物は、武器は? いやどうやら武器もあったらしいが。魔物がいないなら何と戦うんだよ。人対人か。どこの世界でも戦争ってあるんだなあ、世知辛いなあ。
…頭が痛いな、本格的に。
そう思って後頭部を触ったらこぶができていた。そりゃもう見事なこぶだ。痛いのも当然だ。
今日は眠ることにする。外からも内からも頭痛がする。明日になれば多少は痛みが引いているといいのだが。