重なる音
エレキギターが奏でた最後の一音。
その余韻だけが部室に響く。
俺が弾いたのは、ロックのはずなのにバラードのような側面を持つ不思議な曲。目の前にいる彼女が作曲した、俺と彼女しか知らない曲。
「おー、結構上達してんじゃん」
譜面台に立て掛けられた手書きのタブ譜には、女の子らしい柔らかい字で"頑張れ"と書かれている。
指先でガタガタと震えるピック。どうやったって彼女より上手く弾くことは出来ない。それは軽音部に二年間いても変わらなかった。
「ありがとうございます、先輩」
「もう引退したんだから先輩はいらないよ。次期軽音部の部長くん。それとも……君にとっては音楽の先輩ってことだから先輩なのかな?」
音楽の先輩、か。俺にとって彼女はそんな陳腐な言葉で言い表せる存在ではない。でも今は、学校にいる期間だけはそう呼びたかった。
「あはは、そういうことにしといてください。……そんな理由が無くても、先輩は俺の大切な先輩ですよ」
先輩という響き。言ったあと頭に残るさざ波が好きだった。もちろん過去形ではなく現在進行形で。そして未来形でもきっと好きなんだと思う。
「……なんか言った?」
「いいや、なんでも」
でもそんなこと本人の前で言えるはずが無い。いつだって俺は後退りしてしまい、延々とこの微妙な距離感がリピートされていた。
だが時間制限によって、青春という組曲は強制的に終幕を迎えてしまう。もうリピートの記号はひとつも残ってなんていない。
最後の一音で曲調は簡単に変わってしまうもの。だからその勇気がどうしても出せない。現状維持という甘えが俺の心にちらつく。
「あの……先輩」
駄目だ。そんなんじゃ駄目だ。もう終わりなんだから、そろそろ踏み出さないといけないんだ。
「なんだね、後輩よ」
軽音部にいた頃と同じような口調。俺の知っている先輩。部室でワイワイしていたときのことを嫌でも思い出してしまう。
「……」
「言うなら早く言ってくれないか?」
「あの……」
「ん? なんだ?」
「そ、その……大学でも頑張ってください。俺、先輩のことずっと応援しますから」
最後の一音。それはちょっと臆病な俺が紡ぎだした、ふんわりとした和音だった。