97話 同胞からの提案
ある日、ホネイチが変わった客を連れてきた。
鬼人だ。
全体で16人、戦士は2人。
戦士だけ粗末な武具で身を固めているが、残りはボロに近い身なりである。
鬼人は質実剛健を好むが、まだ肌寒い季節にこれはない。
俺はすぐに館に迎え入れることにした。
だが、油断したわけではない。
この場には戦えぬ者はおらず、武装したスケルトン隊が警備してくれている。
「ファリードにムラト、久しいな」
俺は集団を率いる戦士に声をかけた。
この2人は戦士団で見知った顔である。
「ベルク、いやベルク王と呼ぶべきか……噂には聞いていたが素晴らしい都だな。まさか本当に征服行を成し遂げるとは驚いたぞ」
「ふん、角なしには過ぎたるものではないか。兵はどれだけいるのだ?」
戦士たちは、それぞれ個性を出して挨拶(?)をした。
正直、俺はコイツらが苦手だ。
(よりにもよってコイツらかよ……)
内心でため息をつくが、さすがに顔に出さない分別はある。
ファリードは鬼人王ムフタールの息子だ。
立派な2本の角と俺より頭1つぶんも高い上背をもつ純血の鬼人……つまり、もっとも強い鬼人の1人だ。
毛並みのよさを鼻にかけるところがあり、俺は苦手だった。
それに、その鬼人然とした姿は俺の劣等感を刺激するのだ。
そしてもう1人――
「兵の数か。聞いてどうするんだ?」
「知れたことよ、兵がおれば戦えるのだ! 我らが窮地にあった時、キサマが南から人間を脅かせば勝てたはずではないか!! この臆病者めが!!」
このバカはムラトだ。
こちらもファリードほどではないが俺より背が高く、腹が突き出ており体が異様なほどに分厚い。
歴戦の戦士で、それと知られた古兵だ。
見るも厳めしいキズだらけの醜面である。
故郷にいた時には、コイツには散々チビだの角なしだのと嫌みをいわれたものだ。
強さが美徳である鬼人でも、嫌なやつは嫌なやつである。
「ふん、他人の兵をあてにするとは誇りを失ったか」
「この俺にほざくか! この角なしが!!」
バカのムラトが俺に掴みかかろうとした、その瞬間――目にも止まらぬ早さでスケサンが剣を抜いた。
続いて周囲のスケルトン隊も槍を向ける。
「控えろムラト!」
一触即発の空気をほぐしたのはファリードだ。
ムラトも「チッ」と鋭く舌打ちし、引き下がる。
この様子を見て、俺は『おや?』と気がついた。
戦士は(建前では)対等である。
しかも、歴戦のムラトに頭ごなしに命令するとは。
そのような立場は1つしか心当たりがない。
「ファリード……いや、ファリード王か。王になったのか」
「ああ、父が戦死する直前に継いだ。だけど、そのまま俺も捕虜になったのさ」
ファリードは悔しげに唇を噛み、顔をしかめた。
その口調は穏やかではあるが、表情は殺気を含む凄まじいものだ。
(捕虜、ね。あまりよい待遇ではなかったようだな)
長旅の疲れや、空腹もあるだろう。
腹が減り、疲れが溜まっていれば気力も萎えてしまい、感情の抑制は難しくなる。
他の鬼人たちを見てもあまりよい状態ではなさそうだ。
「ファリード王、積もる話もあるがまずは酒と食事をふるまおう。素面では聞くのも辛そうな話だ」
腹が減ったままでいると、ろくなことはない。
思考は暗く沈み、恨みつらみばかりに囚われる。
彼らはまず飯を喰い、暖かくして寝る必要があるだろう。
「ふ、この姿だ、王はやめてくれ。だが、馳走にあずかろうベルク王よ」
「こちらも王はやめてくれ。腹を満たし、暖かくして眠ってほしい。部屋は用意しよう」
俺はスケルトン隊の1人に「かまど番を呼んでくれ」と頼み、酒と暖かい食事を用意させた。
酒は酒精の弱い甘さの残るハチミツ酒だ。
甘味と酒精が疲れと緊張をほどくだろう。
ムラトは仏頂面でふて腐れていたが、他の者は喜んでくれたようだ。
「同胞の助けに感謝するぞ。やはりオマエは気高い戦士だった」
俺はファリードの言葉に少し驚いた。
故郷にいた時のコイツはなんというか、少し取っつきづらい印象があったものだ。
「我らの国は滅んだ。知っていたか?」
ファリードは森イモとニンジンのスープをすすりながら、ポツリと呟いた。
「ああ、1年ほど前かな。人間から聞いたよ」
「そうか、1年か……その頃はまだ鎖に繋がれていたな。まるで獣あつかいさ」
ファリードがいうには、捕虜になった鬼人は奴隷にされていたそうだ。
時には見世物じみた扱いを受け、晒し者にされたこともあったらしい。
「むごいな」
俺が顔をしかめると、ファリードは「ひどいもんさ」と皮肉げに薄く笑った。
「だがな、そこから逃れたのはオマエのお陰だ、ベルク」
ファリードはグイっと杯をあおり「オマエには心から感謝している」と再度感謝を口にした。
(人間の軍を撃退したことだろうか?いまいち心あたりがないが……)
全く話が見えてこないので、俺は黙って聞くより他はない。
「オマエのバラまいた毒で人間どもの国は大混乱さ」
「む、毒だと?」
これには思わず聞き返してしまった。
さすがの俺も防衛戦で毒をまくほど考えなしじゃない。
「うん? 違うのか? 人間の国では怪しげな咳病が流行し、バタバタ人が死んでいるぞ。この森の魔王がかけた呪いだと噂されている」
ファリードは「さすがに呪術師でもないオマエが呪いとはバカらしいから毒かと思ったのさ」と苦笑いを見せた。
「咳病だと? どんな病だ?」
「うん、俺も詳しくはないがな――」
ファリードがいうには、同時期に複数の都市から死を運ぶ疫病が拡がり、人間社会をボロボロに蝕んでいるらしい。
そして、彼はその混乱に乗じて鎖を絶ち、脱走したのだそうだ。
(同時に複数で、だと……? そんな疫病がありうるのか?)
それはもはや神罰であろう。
少なくとも俺には考えられない。
(いや、待てよ……あのアーバンエルフ、ギャラハといったか。アイツは仲間と離れて他の亡命先を探すとかなんとか……)
そうだ、ギャラハは咳をしていた。
それが逃げ場のない舟に数日押し込められ、人の出入りがある港町にたどり着くとしたら――?
「いや、心当たりがあるな。その咳病はおそらく万年咳、人間と争ったときに流行していた流行り病だ」
俺はファリードに万年咳の症状を説明した。
風邪によく似ているが、咳がとまらなくなり、放置すると死に至ることもある恐ろしい病だと。
「それは……土地神を怒らせた呪いだな。人の技ではない」
「そうだな。彼らは戦士としての情けがなかった。敗れた勇士を切り刻み、吊るして皮を剥ぎ、首を塩に漬けた。よそ者の無道なふるまいに、森の神が怒ったのだろう」
ファリードは顔をしかめ「あまりにむごい」と悲しげに呟いた。
黙って聞いていたムラトもうなり声をあげ、苦虫を噛んだような表情である。
彼らは誇り高い戦士であり、勇士への敬いは深い。
「だが、そのおかげで俺は牢を破り、囚われていた同胞と共に脱出できたのだ。我らにとっては恵みの加護かもしれぬな」
食事にありつき、ほっと一息ついた集団を見て深く頷いた。
たしかに、彼らが脱出してこの地にたどり着けたのは奇跡に近い幸運だろう。
森の加護といえるのかもしれない。
「ベルクよ、兵を出してくれ。まだまだ囚われの鬼人はいるはずだ。彼らを集めて国を再興するのだ!」
ファリードは酔いが回ったのか、上気した赤い顔をしている。
だが、これは即答できる話ではない。
「さすがに即答はできないが、後ほど話し合ってみよう」
俺は「まずは疲れを癒してくれ」と伝え、彼らをゲストハウスに案内した。
荷を運ぶ隊商がつかうものゆえにサイズはひろい。
これなら鬼人も大丈夫だろう。
「援軍か、困ったな」
わざわざ遠征して手伝い戦をする意味はあまりない。
だが、同胞を救うためといわれてはなかなか断りづらいものがある。
(さて、どうしたものか)
俺の口から何度目かのため息が漏れた。
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ファリード
前鬼人王の息子。
父の戦死で王位を継承した。
王が世襲ではない鬼人の社会で彼が王位を継いだことが社会の変化を端的に表しているだろう。
もっとも、継いだ時点で国は崩壊しており、直後に捕虜となった。
鬼人としては思慮深いが、これは虜囚生活で思うところがあったらしい。
ベルクいわく『もっと嫌なやつだった』とのことだ。
優れた体格と立派な角をもつ。
ムラト
鬼人の戦士。
ファリードやベルクと並べば横柄で馬鹿に見えるかもしれないが、こちらが標準的な鬼人である。
戦闘で示した強さこそが美徳であり、その価値観の中では歴戦のムラトと若造のベルクでは比べ物にならない差がある。
彼のように強い鬼人は一定以上に敬われていたため、鬼人社会の変化には鈍感で不満は特になかったようだ。
見た目は傷だらけの角が生えた巨漢力士である。
昨日は不作法をいたしました。
予想外のポイントの伸びに卒倒しそうになりました。誠にありがとうございます。
出来る範囲でペースを守り、完結まで邁進いたします。




