9話 新たな仲間?
俺の姿を見るや、3人のエルフは両ひざをつき頭を下げ地に額をつけた。
これは一般的には奴隷のおこないである。
少し離れた場所に弓や石のナイフなどが並べて置いてあるが、あれは『敵意はない』と伝えたいのだろう。
(なんだコレ、めんどくせえ)
チラリとスケサンのほうを見ると、パカッと口を開けて喜んでいる。
俺が困っているのを見て笑っているのだろうか。
改めてエルフたちを観察すると気がついたことがある。
「今日はペイントをしていないのか」
そう、前回は露出した肌に独特なペイントをしていた。
身なりも前回の羽飾りはないし、服装も色がついていない。
これを俺が指摘したらリーダーの女の肩がピクリと震えた。
「ああ、別に今のは質問じゃない。なんか用か?」
こちらも引っ越しを控えているし、忙しい身だ。
さっさと要件を聞いて追い返したい。
「あ、そ、その、先日の我らのおこないは私の一存、里には敵対の意思はなく、お許しいただくように――」
「わかった。許す」
俺がアッサリ返答すると、リーダーの女が「え」と固まった。
いやまあ、貢ぎ物をもらってチャラのつもりだったし……というか、雨でエルフと揉めたこと忘れてたわ。
「要件はそれだけか? 帰っていいぞ」
俺の言葉にエルフたちは互いに顔を見合わせて困っている。解せぬ。
「ふむ、ベルクよ。それではコヤツらが困るのだ」
スケサンが割り込んできた。
エルフたちが妙にビビッてるけど……改めて見ると不気味だよな。
「考えてもみよ、こやつらは里とは無関係でオヌシとことを構えたと言っていただろう?」
「ああ、そうだったな」
リーダーの女がそんなこと言ってた気がする。
「つまりな、生け贄なのだよ。エルフたちは『この者に責任をとらせる』と言っているのだ。こやつらとて許されたからと、おめおめ帰れる立場ではないだろう。それに――」
スケサンは言葉を溜め、ジロリとリーダーの女を睨みつける。
「油断したオヌシが女に手を出さねば、隠したナイフが無駄になろうよ。右手をこちらに見せてみろ」
スケサンの言葉にリーダーの女がギクリと体を強張らせる。
どうやら図星のようだ。
しばらくの躊躇があったのち、リーダーの女が観念したように手のひらをこちらに見せた。
骨でできた鏃を握りこんでいたようだ。
「ばかばかしい、こんなもんで人を殺せるか」
鋭かろうが、こんな小さな骨片が戦いで役に立つはずがない。
俺はエルフたちをビビらせるために口に放り込み、バリバリと鏃を噛み砕きペッと吐き出した。
「わかったから帰れ。川からこっちには来んな」
話は終わりだと告げ、手で「しっしっ」と追い払う。
すると、エルフの男が「お待ち下さい」と声をあげた。
怪我をしていないほうだ。
「俺らにはすでに帰る里はありません――」
「ば、バーン、やめろ! 余計なことをいうな!!」
バーンと呼ばれた男の言葉を遮り、リーダーの女が声をあげる。
ペイントがある時はよく分からなかったが、こうして見れば個性がある。
バーンと呼ばれた男はさほど背は高くないが金髪を短く刈り込み、いかにも気の強そうな精悍な顔つきをしている。
「いえ、やめません。鬼人様に申し上げたいことがあるっす」
「うむ、言ってみるがいい」
なんだか面倒くさい感じになってきたぞ。
スケサン勝手に聞き始めてるし。
「はい、先ほどお聞きおよびかと存じますが、もはや里はありません。族長らが鬼人様を恐れ里を捨て、新たな土地へ向かったためっす」
あまり驚きのない俺は「へえ」と聞き流してしまう。
狩猟や放牧を糧にする種族は常に移動するし、引っ越しくらい大したことでもない気がするが……ワイルドエルフには大事件なのかもしれない。
「追いかけてもいいんじゃないのか? 」
俺がたずねると、バーンは顔をしかめ、悔しそうな表情を見せた。
「いえ、行く手は俺らも知らないっす。捕らえられて仲間の行方を聞き出されぬように知らされなかったのです。先日の長雨を利用し、痕跡も消しております」
なかなか用心深いことだ。
俺は「だからこのタイミングなのか」と納得した。
しかし、このバーン……敬語を使いなれてないのか、たまに語尾が変だぞ。
「たとえ行く手がわかろうとも、俺たちは祖霊の加護を得る化粧も装束も禁じられました。追放されたんすよ」
バーンのこの言葉を聞き、リーダーの女が「うっ、うっ」とすすり泣きを始めた。
肩を怪我した男も力なくうなだれている。
よくわからんが、あのペイントは大切な伝統なんだろう。
(しかし、被害者面されてもなあ)
俺はぼんやりとエルフたちを眺めるが、全然心が痛んだりはしない。
そもそもコイツらからチョッカイをかけてきたのだ。今さら『不幸です』アピールされても自業自得ってものだろう。
だが、生け贄といわれても困ってしまう。
(そもそもエルフも人だし、生け贄にされても食えないんだよな)
人を食べるのは禁忌だとされている。
腹が減ってた数日前ならまだしも、今はエルフなんか食わんぞ。
「バーンとやら、この鬼人……ベルクというが、ベルクに仕えるのが望みか?」
「はい、俺たち3人、ここで見逃してもらっても、他の獣人と争いになれば生き長らえることは難しいっす」
なんだかスケサンが変な話を始めた。
なんで食うや食わずの俺がエルフを養えると思うのか。
「おいおい、食いぶちが増えるのはダメだぞ」
「バーン、い、いい加減にしろっ!!」
俺とリーダーの女が声をあげたのは同時だった。
つい、女と目が合うがプイッと顔をそむけられてしまう。
殴った顔面はだいぶよくなっているようだが、アザが残っているようだ。
「あ、ちょっと作戦タイムお願いしていいっすか」
「うむ、こちらも少し時間がほしい」
なんかバーンとスケサンが申し合わせて作戦タイムとなる。
なんでお前ら仲いいんだよ。
「あの者たちを受け入れるのだ」
スケサンが俺に向き合い、いきなり本題を切り出した。
見ればエルフ3人組も顔を寄せあって相談しているようだ。
「考えてもみるがいい。今から家を作り直すのだろう?」
「うん、そうだな」
チラリと家を眺めた。
愛着が湧いてきたところだが、仕方ない。
「家を作るには……まあ、彼らのぶんも作るわけだから時間がかかる。4人いればその間、分担して食料を探すことができるのだ。人手が増えると飛躍的に生活は楽になるぞ」
スケサンの言葉を聞き、俺は「なるほどねえ」と頷いた。
バーンの言動を見るに、武器を隠していたのは女の一存だとも分かる。
彼らも複雑なのだろう。
「それに女がいるぞ。オヌシとて女は必要だろう?」
「あ、いや、うん……でも俺も家庭を持つ気は――」
俺はスケサンの不意打ちに少し動揺した。
鬼人族社会では男女差はあまりないが、成人前の男女交際は『心根を弱くする』としてご法度だ。
破れば比喩表現ではなくぶち殺されても文句は言えない。
つまり、成人後にすぐ国を飛び出した俺は国での男女交際の経験はない。
「む、なんだ? 独身主義かね」
「いやいや、まあ、それはいいだろ」
まあ、俺もここまでの旅路でプロのお世話になってるから未経験ではないぞ。
童貞ちゃうわ、念のため。
俺はチラリとエルフたちの様子を窺う。
女リーダーは『そういう目』で見ると悪くない……というか、アリだと思う。
ペイントをしていたときは気がつかなかったが、つり目がちの目は涼しげで十分美女の範疇に入るだろう。
きれいでクセのない長い金髪は後ろで1つだけ縛っており流れるような滑らかさがある。
子供を作りづらい鬼人とエルフという関係を差し引いてもアリなのだ。
かなりアリだと思う。
(初対面でビンタしたが……まあ、戦で拐った女に子を産ませるのは普通だな)
じろじろ見ていたら、女に気づかれてムッと顔をしかめられてしまった。
その様子を見ていたスケサンが口を開けて喜んでいるが……ムカつくな。
「受け入れろ。彼らも生きるためにオヌシを害することはない」
スケサンが「決まったな」と押しきり、エルフたちと向き合う。
どうやらあちらの話もまとまったようだ。
「……よ、よろしく」
「あ、ハイ」
エルフの女リーダーが改めて挨拶してきたが、なんか変な空気になってしまった。
どうすんだよコレ。
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アシュリン
ワイルドエルフ族長の姪。
そこまで落ち度があるわけでもないが、ベルクの足止めのために生け贄(性的な意味も含まれる)にされたかわいそうな人。
エルフにしてはかなり背が高く力も強い。
軽い吃音があるようだ。
バーン
ワイルドエルフの若者。
あまり物怖じしない性格のようだ。
エルフにしては平均的な身長と体格。
敬語が怪しい。
コナン
右肩を折られたエルフ。
2人よりはやや年上で落ち着いている。
右鎖骨がポッキリいっており、右手に障害が残る可能性が高い。




