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スローライフの鬼! エルフ嫁との開拓生活。あと骨  作者: 小倉ひろあき


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84話 激突

「またか! いったいどうなってるのだ!?」


 ピュロンは続々と集まる報告に頭を抱えていた。

 兵が各地で襲撃を受けているのだ。


 ダークエルフは小さな集落を複数形成しており、同時攻略を狙い軍を分けて派遣したのたが、これが完全に裏目に出たらしい。

 小規模で被害も軽微だが、昼夜の区別もなく襲撃され、兵の疲弊や不安が高まっている。


 いま、ピュロンたちも占領したエルフの集落に駐屯しているが、建物や防衛の施設もなくたびたびに襲撃にさらされていた。


「困りましたな。ですが兵を集めて運用するにはこの森は不向きですから、分けたのは間違いではありますまい」


 セリフとは裏腹に困った様子のない態度でギャラハが呟いた。

 この態度にピュロンは腹が立ったが、黙殺することにした。

 ここは戦場なのだ。

 仲間割れをしている場合ではない。


「幸いにして被害は負傷者のみだ。だが、この原始的な集落に留まっていては嫌がらせのようか攻撃にさらされ続け疲れきってしまう。先に兵を進めるしかあるまい」

「でしょうな。捕獲したエルフは極めて少ない、そして集落に財物などは皆無。このまま引き上げてはあなたどころか、エーリス自体が傾きかねない。進み、奪うしかありませんな……あの黄金の兜を」


 真実の黄金(オリハルコン)の兜。

 襲撃者の指揮官が数人身につけた黄金の兜のことだ。


 ピュロンも一度だけ襲撃に立ち会い、遠目だが確認をした。

 陽光に煌めく黄金の鎧兜を身につけたスケルトンの指揮官――あれが混沌の王に仕えるホネカバ将軍に違いない。


「確かに、あの武具だけでどれほどの黄金が使われているのか想像もできんな」


 他にもスケルトンの兵士は黄金の穂先を持つ短槍や剣を持っていた。

 武具に使われるほどなのだ、都には唸るほど黄金が満たされているに違いない。


 ピュロンは回収した真実の黄金でできた矢尻を手のひらでもてあそび、ヒンヤリとした感触を楽しんだ。

 金属の冷たさと硬さが欲を刺激し、前に進む勇気を与えてくれる気がした。


「よし、先に進むぞ。敵の逃げる方角は北だ。これは河口の位置とも一致している。北に混沌の王の都があるのは間違いあるまい」

「そうですな、そうなれば……この地に兵の一部を残し、食料の集積を行いましょう。はぐれたときや避難する砦があれば便利ですからな」


 ギャラハの提案に「もっともだ」と頷き、ピュロンは奴隷とわずかな兵をこの地に残すことに決めた。

 この口の悪いエルフはよくピュロンの神経を逆撫でするが、言葉自体は納得のいくものである。

 それを感情論で退けるほどピュロンは狭量な人物ではない。


「兵を密集陣で進めるのは難しいだろう。半数は軽装とし、間隔を空けて周囲を警戒しながら進ませる」

「しかしながらバラバラに進軍すると各個撃破の危険もありますぞ。休息は開けた場所で兵を固め、進むときは冒険者を先行させて安全確認をするとしましょう。拠点の維持は奴隷にさせればよろしい。奴隷が大森林で反乱や逃亡しても先はありませんからな。その心配はありますまい」


 ギャラハは平然と冒険者や奴隷を使い潰せと口にするが、これは定石だ。


 兵はエーリス市民であり、有権者でもある。

 例え勝ったとしても、彼らを消耗すれば批判にさらされ失脚してしまう。

 優れた装備の戦闘員こそ守らねばならない矛盾がここにはあるのだ。


「奴隷を遊ばせるな。この集落を整備させ、領土とした暁には解放して領民にしてもよい」


 仮定に仮定を重ねた話だが、景気のよい話をバラまいて士気を上げるのは常套手段である。

 相手は奴隷なのだ。

 いざとなれば知らぬ存ぜぬで通しても問題はない。


「決まりだな。進むぞ、帰るにはまだ早い」


 ピュロンはわざと威勢よく兵の前に姿を現し「進むぞ!」と号令した。


「敵が効果の低い攻撃をしかけてくるのは我らが進むのを必死で拒んでいるのだ! この輝く矢尻を見ろ! 黄金だ! この先には間違いなく財宝があるぞ!!」


 ピュロンが矢尻を頭上に掲げ、兵たちに見せつけると「うおっ」と歓声があがる。

 小さくとも目に見えて成果があり、ピュロンの言葉に真実味が加わったのだ。


「進め! 奪うべき財宝に手を伸ばすのだ!」


 ピュロンの演説で兵士たちの士気は目に見えて上がった。

 実際に兵を動かすのはバラけた分隊が戻ってからではあるが、敵の奇襲に対する集中力が増すことだろう。


(もう少し戦えそうだ)


 ピュロンは内心の恐怖を隠して自信ありげに笑う。

 不安を見せないのは指揮官の大切な役割なのだ。




☆★☆☆




 それからの進軍は順調とはいえないものだった。


 じめじめとした暑さのある深い森は不快であり、気味の悪い虫や鳥の羽音でさえ進軍を拒んでいるようだ。

 こうした環境のストレスに加え、たび重なる襲撃に神経をすり減らす。


 歩みの鈍った軍は、それでも数を維持しつつ11日目にそれを発見した。

 混沌の王の都である。


(これは……予想外に大きい。力攻めは厳しいかもしれん)


 資料にもあった継ぎ目のない一枚岩の防壁は大人の身長よりも高く、その上に木製の柵がこしらえてある。

 空堀との組み合わせで考えれば防壁を乗り越えるのはほぼ不可能だろう。

 広く開けた視界は森からの奇襲に備えた用心のはずだ。


(ならば隊列を組み、城門を破壊すべきだが……)


 こちらはさらにも増して防備が厚い。

 金属で固められた防壁、跳ね橋、高い物見櫓。

 これらは明らかに戦争を想定して造られている。


「見ろ、防壁の上に兵は少ないぞ。我らを近づけたくなかった理由はあれだ」


 だが、ピュロンは不利を口にせず、広い防壁を守る兵の少なさを指摘した。


 ここまで軍を進めて一戦も交えずに引き上げるわけにはいかない。

 それはあら探しに近いものではあるが、間違いのない事実でもある。


「なるほど、よく見ましたな。確かに少ない」

「そうだ。我らは600、敵は100ほどだ。倍の兵力だと考えても200ほどだ。3倍の兵ならば勝てる」


 ピュロンの軍も冒険者も数は減らしたが、奴隷を補充し数は揃えている。

 いかに奴隷とはいえ、前に並べて矢避けの盾にはなるのだ。


「拠点を攻めるには3倍の兵力が必要とされるが、我らはこれを満たしている。梯子(はしご)を用意しろ!」


 ピュロンの指示で簡素な梯子が組み上げられていく。

 この様子は丸見えであろうが、それはお互い様だ。


「よし、兵は周囲を警戒せよ。敵は少ないぞ、迎撃に出てこれば数で押し返せ!」


 ピュロンの指示で兵が壁となり奴隷や冒険者たちの作業を守る。

 数で勝る側が油断しなければ奇襲は対応できるはずだ。


「数は少なくともワータイガーやワーウルフなど強力な個体も確認されているぞ、固く陣を維持しろ! 梯子の作業を急げ!」


 幸いこの地は森だ。

 資材はいくらでもある。


 半日ほどをかけ、堀を渡るための短い架け橋と梯子が用意された。

 満足な工具がないために不出来で時間もかかったが、即席のものと考えれば問題はない。


「よし、隊列を整えろ! 奴隷は盾を持ち梯子を守れ! 冒険者は横に広がり敵の攻撃を分散し、撹乱しろ!」


 冒険者は統率だった動きは苦手だ。


 防壁の外にも建物や畑はある。

 冒険者を使いそれらを適当に荒らせば挑発になり、うまくすれば敵を城外へ誘い出すことができるかもしれない。

 そこまでは無理にしても、本隊への攻撃を分散させることができるだろう。


「進め! 城門の左から攻撃を仕掛けよ!!」


 ピュロンが号令をかけると、兵士たちは一斉に「アララララアアーイッ!!」と鬨の声を上げて進む。

 防壁からは投石があるが、盾を構えた兵士たちの士気は高く、怯む様子はない。


「思いのほか! 投石が強力ですな!」


 ギャラハが隣で怒鳴り声を上げた。

 飄々とした彼には似つかわしくないが、鬨の声にかき消されないようにするには仕方がないのである。


「どうしたギャラハ、腹から声を出せ――」


 ピュロンがギャラハをからかう、その瞬間に前方から悲鳴が聞こえた。

 防壁から弓を放たれたようだ。


「進め! 怯むな! 弓勢は少ないぞ、進め!」


 ピュロンが声をかけるまでもなく軍は進む。

 なんのことはない、矢避けの奴隷が倒れただけの話だ。


 ここが奴隷の使いどころだとピュロンが確信しているだけに惜しげもなく盾にする。

 奴隷は高価だが、使わねば連れてきた意味はない。


 奴隷も足を緩めれば命がないのは理解している。

 進めば命を拾うこともある。

 だが、怯めば背中から兵に剣で突かれる。

 後から剣で突かれるよりは敵の矢で死んだほうが遺族の扱いがましになるのだ。


 いくらかの奴隷と数人の兵士が倒れたが空堀に何本も橋がかかり、兵が進む。

 丸太を重ねて縛りつけただけの橋だが何も問題はない。


 橋から覗いた堀の中にはおどろおどろしいイバラがビッシリと絡み合っている。

 落ちたら痛いではすまされないだろう。


 望めば触れられそうなほどに近くなった防壁からは激しく投槍や投石が打ち込まれ、見る間に味方の損害が増えていく。

 ピュロンも盾や兜に強い衝撃を受けた、石が当たったようだ。


「怯むなっ! 梯子をかけろっ! 乗り込めえっ!!」


 ピュロンも必死で声を張り上げ、防壁に梯子がかけられる。


「アッララララアアァァイッ!!」


 兵士たちが吶喊(とっかん)し、梯子を駆け上がる。

 こうなれば恥も外聞もなく、ピュロンも兵に混じり鬨の声を張り上げた。


 すぐに頭上は剣戟の音で満ち、血飛沫が舞う。


 ある兵士は堀に突き飛ばされ悲鳴を上げた。

 またある兵士は敵の槍を掴み、絡み合って梯子を転げ落ちる――すぐさま兵士と共に落ちたワーキャットは味方にトドメを刺された。


「押し返せ! 壁を守れ、侵入させるな!」


 こちらも必死なら敵も必死だ。

 防壁ではエルフの男とリザードマンが指揮を取り、声を張り上げている。


「アッララララアアアァァイッ!!」


 味方が武者押しの声と共に進む、敵が阻む。

 一進一退の攻防が続く。


「こちらのほうが数で勝るのだっ!!一気に押せえっ!!」


 檄を飛ばすピュロンの声もガラガラに枯れてきた。

 だが、休むわけにはいかない。


 皆の意識が防壁の攻防に向いたころ――思いもよらぬ方角から争いの音が聞こえた。

 いや、ひょっとすれば直近で起こる剣戟にかき消され気づかなかっただけかもしれない。


 ピュロンが振り返ると、そこにあるのはスケルトンに血祭りにあげられ、逃げ惑う冒険者の姿だった。


(なぜだ、いや、我らが来るのは知っていたのだ! このくらいはおかしくはない)


 ピュロンは混乱する頭で状況を整理する。


「やられましたな、伏兵です。畑や建物に潜んでいたのでしょう」


 落ち着き払った声でギャラハが声をかけてくれたが、声色とは裏腹にシリアスな顔色だ。


「怯むな! 後方の敵は少数のスケルトンだ! 冒険者が時間を稼ぐ間に対処は可能だ!!」


 対処は可能だとピュロンは自分に言い聞かせるように何度も声に出す。

 事実、冒険者がやられただけで本隊には奇襲の被害はない。


「攻撃の指揮はギャラハがとれ!私に続いて半数は橋を守れ!堀の向こうで盾を並べろっ!!」


 ピュロンは臆病者ではない。

 自らの指揮で兵と共に堀を渡り、盾を並べて防御陣を敷く。


 だが、並んだ兵の1人が「あれを見ろっ!!」と悲鳴に近い声で叫んだ。


 そこには森から現れ、こちらに駆け寄る新手の姿が確認できた。

 悪いことに新手はワーウルフのようだ。


「ダメだッ! こっちもいるぞ!?」

「うわっ!? 正面からも来た! リザードマンだっ!」


 森からは続々と魔族が姿を現す。

 ワーウルフ、リザードマン、ラミア、コボルド、他には見たこともない魔族もいるようだ。

 まるで現実感のない悪夢のようだとピュロンは感じた。


(あの黄金の兜の巨人……あれが混沌の王か)


 多数の魔族を率い、先頭を駆ける巨人がいる。

 濃厚な死の気配を身にまとい雄叫びを上げる巨人――どこか現実離れをした光景に、ピュロンはしばし、呆然と眺めることしかできなかった。




■■■■



アララララーイ


古代ギリシャやマケドニアの兵が上げたかもしれない鬨の声。

ぶっちゃけ本当に言ったのかは調べてもよく分からないが、某マンガで有名になったので雰囲気つくりに採用している。

ラの数は4つかも知れないが、違うかもしれない。

ひょっとしたら「アラレー!」かもしれないが、本当によくわからない。

詳しいかたはご教授ください。



拙著リオンクール戦記のコミカライズが月刊キスカ、並びにWEBコミックガンマで連載中です。

そちらもあわせてお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ぐぐると、アレクサンドロス大王の軍隊 東征軍の実像なる本にアララララーイが書いてあるそうで。 ギリシアの軍神の加護を祈る言葉だそうですが、この世界の一神教とは相性が悪そうですね。 精霊王が言…
[良い点] 戦いがそれぞれの視点で進むのが面白い。
[一言] 理由は分からないけど混沌の王として登場したシーンでライオンのように長髪の巨人を想像した
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