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81話 欲こそが人間のエネルギーなのだ

 ピュロン率いる船団は湿地帯への進入路を通り越し、停泊可能な入江を発見した。


 だが、そこは完全に森の中だ。

 舟を守る人員や、周囲を確認する偵察隊にも数が必要になる。


「よし、冒険者は周辺の確認を。当座の宿泊は舟で行うが、基地ができたら2隻だけ残して下がらせる」


 ピュロンは手早く指示を出し、上陸地の確保に努めた。


 2日後には粗末な小屋やテントなどの仮説住宅がいくつか建ち、窮屈な舟から下りて駐屯が始まった。


 そして物資を集積して船団を下がらせる。

 こちらは物資をピストン輸送させるつもりだ。

 舟は緊急用に2隻のみを残したが、これは万が一の用心である。


 奴隷の中には魔族や獣人など異種族も多く含まれているが、この地に残すのは人間の奴隷のみだ。

 非武装の奴隷とはいえ、敵と呼応して反乱を起こされては厄介きわまりない。

 人間のみを残すのは当然の用心ともいえた。


 全体の3分の2が輸送に回るが、舟での補給に頼るしかない状況では仕方がない。

 戦闘員が500人、輸送や雑務を行う奴隷が400人、それに装備は自弁ではあるが参加した冒険者が100人ほど。

 これが駐屯すればそれだけで大量の物資は消費されるのだ。


 ピュロンに十分な予算と時間があれば、念入りに拠点を固め攻略の橋頭堡とするところだが、残念なことにそれはできない。


「最悪でもここに基地をつくり、後続を待つ手もありますな」


 ピュロンの祖父の代から家に仕える中年のエルフが呟いた。

 この者はギャラハといい聖天教に帰依した信徒である。

 寿命の長いエルフは様々なノウハウや知識を蓄積しているため、ピュロンの補佐として働いていた。

 エルフは数こそ少ないが、その長い寿命を活かして知的労働を行う者も多い。


「そうだな。だが、私には時間がない……ところで、ギャラハは森を見て懐かしく感じたりするのか?」

「ご冗談を。我ら都市に住むアーバンエルフにとって、山野に潜むワイルドエルフは何世代も前に別れた別種ですよ。まして、教えを知らぬダークエルフなど」


 異教徒と同列にするなど、人として扱わないのと同じことである。

 ギャラハの慍色(うんしょく)を見て、ピュロンは「ゆるせ」と素直に謝った。

 ここでつまらぬケンカをするほど互いに若くはない。


「気が急いているようですな。らしくありませんぞ」

「いや……その通りだな。予算が尽きる前に成果を上げねばと焦っている」


 ギャラハに指摘されるまでもなく、ピュロンは焦りを知覚していた。


 混沌の王の都を制圧できれば最上。

 そうなれば蓄えられている黄金を我が物とし、魔族を奴隷として豊かな都に植民することができるだろう。


 そこまでいかずとも、この拠点を維持し、いくつか混沌の王の拠点を制圧して戦争を優勢に進めることができれば道は開ける。

 勝ちが見えれば他国の介入もあるだろう。

 そうなれば奪った土地で領有権を主張することができるはずだ。


「分かりやすい成果が出せればいいが……この遠征が駄目なら俺は亡命することになるだろうな。お前も職探しになるだろう」

「そうですな。ただ、その時は私もエーリスにはいられないでしょう。落ちぶれた僭主の家来など民衆にとって野良犬より殴りやすい」


 ピュロンとギャラハは互いに顔を見合わせ、低い声で笑う。

 兵士の手前、こんな話題で盛り上がっていると知られたくはない。


(そうだ、俺は国からの脱出に成功したのだ。失敗すれば帰国はせず、そのまま戦舟で亡命してやればいい)


 そう考えたら気が軽くなってきたようだ。

 ギャラハは軽口でピュロンの気を鎮めてくれたらしい。


 いつも、このようにピュロンはギャラハに助けられてきた。

 恐らく、亡命にも同行してくれるに違いない。

 理屈ではない何世代に渡る繋がりがここにはあるのだ。


「もう落ちついたぞ。気をつかわせたな」

「それは何より。落ち着いて定石通りにいくべきでしょう。急いで進めば森で兵を消耗してしまいますからな」


 ギャラハがいう定石とは傭兵である冒険者を先行させ、威力偵察をさせることだ。

 当然、冒険者の消耗は激しくなるが、傭兵の仕事とはそうしたものである。


 エーリス市民である兵はもちろん、奴隷を使い潰すわけにはいかない。

 非戦闘員の奴隷は兵站や基地の造営を担当する。

 奴隷に使い道はいくらでもあるのだ――初手から偵察で使い潰すには勿体ない。


 冒険者たちを一党(パーティー)で分けると7組となり、それを別々に進ませることにした。


「いいか、南の山地に都はない。西か北に向かうのだ。戦闘や略奪は許可をするが、情報を持ち帰ることを優先しろ。働きのよい者は褒美をだす」


 本来ならば略奪はピュロンの元で行うものであるが、冒険者に軍規を求めることはできない。

 どうせ守られないなら許可をしたほうが士気は保つことができる。

 ピュロンはこうした小知恵の利く指揮官なのだ。


「さて、どれほど成果がでるでしょうか。見知らぬ土地、深い森、野獣に魔族、帰らぬ一党があっても不思議ではありませんな」

「ああ、半分は無駄足だろう。だが、全てが空振りということはなかろう」


 魔族とはいえ、人の営みには必ず痕跡がある。

 それは火だ。


 火を焚けば灰や炭が残る。地面が燃える。

 かまどを組んだ石が焦げる。

 火の痕跡を見つければ、集落まで辿ることは不可能ではない。


(あとは運だ。神の加護を祈るしかない)


 そう、探索隊を出せば神の加護を信じて待つしかない。

 焦る気持ちを押さえつけ、待つこと4日。


 ついに西側を探索していた一党が情報を持ち帰った。


「怪我人がでた、ダークエルフだ!警告からすぐに弓で狙われた!」


 冒険者の負傷は矢傷だ。

 彼らはダークエルフの領域を侵し、警告と攻撃を受けたものらしい。


「よくやった! 褒美を取らす!」


 ピュロンは大袈裟に喜び、冒険者たちに十分以上の銀貨を与えた。

 この遠征初の成果である。

 士気を高めることに使わぬ手はない。


「さて、問題はダークエルフは混沌の王の眷属か否かだが」

「ふうむ、話によれば彼の者は大森林を掌握しているとは聞き及びましたが……なるほど、はぐれ魔族の可能性はありますな」


 どこにでも体制から外れたはぐれ者はいる。


「ああ、ダークエルフの矢尻を見たが全て獣骨を削ったものだ。噂のオリハルコンではなさそうだ」


 そう、ダークエルフの装備は蛮族(バルバロイ)と変わらない。

 数も多くなかったと報告され、強力な軍勢を率いる混沌の王の情報とは食い違いがある。


「ですが、ここで見つけた獲物を逃す手はありませんな」

「そうだ。我々は時間がない……手当たり次第にいくぞ」


 針の先ほどのわずかな成果を出せば本国に伝令を飛ばして大騒ぎをさせる。

 市民を納得させれば政敵を黙らせ、僭主として続けられる。

 巻き返しは可能だ。


「よし、軍を動かすぞ! 一気にダークエルフの集落を奪え! 長命のダークエルフは奴隷としては高額だ! 奪え! 土地を奪え! 財を奪え! 奴隷を奪え!」


 ピュロンは武人というより扇動家である。

 少々言葉が多すぎるのが難ではあるが士気は十分に上がったようだ。


「見てろ、ギャラハよ。俺はまだまだ伸し上がる。窮地は英雄にはつきものだ。これを乗り越えれば――」


 ピュロンは自らに語り聞かせるように希望的な未来を口にした。

 彼は常に身の丈以上の欲をもち、短い寿命の中を必死であがき続けている。


 その姿を見たギャラハは「実に人間らしい」と小声で呟いた。




■■■■



ピュロン


エーリスの僭主、33才男性。

立派な風貌とよく回る舌があるが、特別な才能に恵まれているわけではない。

だが、上昇志向が強く、物欲や虚栄心も旺盛。

つまりとても人間らしい強欲さをもち、それがエネルギーになるタイプである。

今の政治的な立場は非常に不安定だが、ここで1発逆転の目に賭ける胆力と『自分は成功する』と信じることができる図太さを併せ持つ。

エルフのギャラハは三代にわたり家に仕えてくれる家臣であるが、産まれたときから側にいるためか友人のような気安さがあるようだ。


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