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スローライフの鬼! エルフ嫁との開拓生活。あと骨  作者: 小倉ひろあき


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71話 伝統の継承

 翌朝、俺たちはヤギ人のベンと2頭のパコを加えて山を下りた。

 帰りは荷物が少ないから楽なものだ。


 なぜベンがパコを連れてきたのかはよく分からないが『ヤギ人は互いのパコを見せて語り合う』のだそうだ。

 まあ、ヤギ人の習慣かなにかだろう。


 道行きは基本的に暇だ。

 歩みに余裕があるため無駄話も多くなる。


 ベンはこの丘陵地帯には他のヤギ人の里もあると教えてくれた。

 ただ、パコの放牧に適した場所は丘陵地帯でも限られており、各集団でテリトリーが定まっているのだとか。

 どこで放牧してもいいわけではないらしい。


 地震で牧草地の1つを失ったベンの里は極めて苦しい状況にあるようだ。

 今回の手土産は本当に助かったと礼をいわれてしまった。

 里長が突き返すのではとヒヤヒヤして見ていたらしい。


 ノーマンにいわせると、ベンの集落は山を越えるルートの途中にあるために、ついでの商売にピッタリの位置だったそうだ。

 だが、今の疲弊した里では商売にならないらしい。


 ヌー人は物を動かして利を生む種族だ。

 今後の商売のためにも、ヤギ人の里になんとか持ち直してほしいと願っているのだとか。


「私も独立したいと考えているが、地震の影響で商売にならない里が増えた。今のままではとても独立できん」


 どうやらノーマンは数年前に独立を志したそうだが、あの地震で状況が変わり、話自体が流れてしまったようだ。


「うーん、それは不幸ですけど、独立してから地震が来た場合、より苦しい状況になったでしょう。運がよかったんですよ」

「……そうか、そうかもな」


 コナンが励まし、ノーマンも気を取り直したようだ。


「これを機にウチと商売をするか? ノーマンなら歓迎だよな?」

「はい。ごちゃ混ぜ里とヤギ人の里でなにか交易ができたらいいじゃないですか」


 俺の軽口にコナンが応じる。

 だが、ノーマンもベンも「うーむ」となにか考えているようだ。


 とりとめもない話ばかりだが、余裕のある道中の雑談はそれなりに楽しい。

 こんな機会でもなければノーマンやベンとゆっくり話すこともないだろう。


 兄ウシカも話に混ざることはないが、嬉しそうに喉を鳴らしていた。




☆★☆☆




 ごちゃ混ぜ里についたベンは、その規模に驚いていた。

 幸いなことに『大げさなことはしない』ということで、騒ぎにはならなかったが、パコをつれたヤギ人は目だつので様々な里人から挨拶をされる。

 これがまた、ベンの目には驚異的なことに映るらしい。


「ベルクさん、なんというか……あまりにも警戒されてないようだ」

「そうだな。この里は新入りやよそ者になれてるし、なによりヤギ人のイメージがいいということさ」


 たしかにオオカミ人の里もヤギ人の里も俺が行った時は警戒していた。

 当たり前の用心だと思う。


 だが、いまのごちゃ混ぜ里は、よそ者が来てもはじめに見張り櫓に発見され、スケルトン隊やトラ人の巡回と接触する。

 あからさまな略奪者がいきなり現れることは稀なのだ。


「ノーマンもベンもまずは荷を下ろして休んでくれ。ゲストハウスはいくつかあるからどれでもいいぞ。兄ウシカもありがとうな、母ちゃんに顔見せてきてくれ」


 俺はコナンに「モリーとピーターを呼んでくるよ」と伝え、ベンの案内を任せた。


 モリーはいつも織物をしているためにすぐ見つかるが、放牧をしているピーターはそうはいかない。


 俺はピーターを探すために見張り櫓に向かうと、スケサンが見張りをしていた。

 いまスケルトン隊は居住区の防壁工事にかかりきりなので人手不足なのだろう。


「どうやらうまく行ったようではないか」

「いや、まださ。とりあえず里を見て判断するらしい。挨拶をさせたいんだがピーターはいるか?」


 俺の言葉を聞き、スケサンは「ふむ」と周囲を見渡す。


「……あそこだな。のちほどガイたちオオカミ人の防衛について相談がある」

「分かったよ。そういやガイたちの故郷に立ち寄ったぞ。友好的なやつらだった」


 それだけ伝えて櫓を下りる。

 話すことはいつでもできるが、ピーターのチャンスは何度もないだろう。

 あまりモタモタしてはいられない。


「おーい、ピーター! パコをつれてきてくれ」

「あ、ベルクさん帰ってきたんだね」


 俺はピーターにざっと事情を説明すると、すぐに納得したようだ。

 どうやら『パコを見せる』とはヤギ人共通の習慣らしい。


「パコを見せるのって、そんなに大切なことなのか?」

「うん、パコはヤギ人の大切な財産だからね。その姿をみればどんな世話をされてるか見えてくるし、それで飼い主の人柄が分かるっていわれてるんだよ」


 俺は「ふうん」と曖昧な返事をした。


(武具の手入れで戦士の心構えを測るようなもんかね?)


 まあ、そこは色々あるのだろう。

 ピーターもさすがに「大丈夫かな?」と不安げにしている。


「俺にはパコはよく分からんが、普段のピーターを見てもらえばいいさ。さて、モリーと一緒に挨拶に行くか」

「そうだけどさ、叔父さんからもちゃんと世話を習えなかったし……ちょっと心配なんだよね」


 若いピーターには、こんなときに自分を支える芯がまだない。


 俺はピーターの胸をドンと拳で小突いた。

 これは理屈ではないので、かける言葉はない。


 モリーにも声をかけ事情を説明したが、こちらは特に気負った感じはない。

 彼女は若いのにずいぶん肝が練れているようだ。


「ピーターがそんなんだから、逆に落ち着いたのかも」


 モリーは笑うが、これに怒ったピーターが抗議をし、ちょっとしたじゃれあい(・・・・・)がはじまった。


(へえ、ピーターの緊張がほどけたな。大したもんだ)


 さすがのモリーである。

 結婚もしてない若い身で、もう立派なおっかさんだ。


 そして、ピーターはベンと対面した。


「ピーターです。こちらは姉のモリー。この里にはもう1人ヤギ人がいます」

「もう1人コナンさんの奥方だな、聞いているよ。俺はベン。北岳の一族だ。しかし……結婚相手を探していると聞いたが2人とも若いんだな」


 互いに名乗り、少し会話をするとベンは「パコを見せてほしい」と告げた。

 どうやら本当にパコを見るらしい。


「もちろんです。僕もベンさんのパコが見たい」

「ああ、つれてきたのは2頭だけだが確認してくれ」


 彼らは互いのパコに触れ、言葉をかけ、よく観察する。

 モリーは参加せずに俺の横で待っているが、落ち着いたものだ。


「心配じゃないのか?」

「え? 別に心配しませんよ。だってパコくらべは危ないことじゃないです」


 よく分からんが、そんなものらしい。


「決闘なのかと思った」

「そんなワケないです。初対面の挨拶でいちいち危ないことするわけないですよ」


 モリーに笑われてしまった。

 どうやら心配するようなことでもないようだ。


「よく肥えているし、人懐こい。大切に育てられているようだが――」

「はい。実は僕たち、最後までパコの世話が習えなかったんです。だから――」


 驚いたことにベンはピーターたちの事情をピタリと言い当てた。

 どうやら本当に互いのことが分かるらしい。


「それで、ピーターさんは俺のパコをどう見た?」

「はい、少し痩せてます。蹄も弱ってるし栄養が足りてません」


 ピーターの言葉を聞き、ベンは「そうだ」と隠すことなく答えた。

 ベンは自分達の里が地震で多大な被害を受けたことを伝え、減らしたパコのエサも満足ではないと呟いた。


「悔しいが、パコを見れば互いの生活が比べ物にならないのは分かる。ごちゃ混ぜ里で妻を探すほうがよいのではないか?」

「そんなことはありません。その、うまくいえないけど、見てもらったようにボクはパコの世話も全然できてなくて、このままじゃダメだとも思ってるし、でもパコは増えて、いままでに3頭つぶしたけど、いまは14頭もいて」


 思わぬベンの言葉にピーターはしどろもどろだ。

 だが、自分の言葉でなにかを伝えようとしている。


 ピーターは独学でのパコの世話に限界を感じているし、学びたいと考えている。

 それはヤギ人としての誇りや矜持なのだろう。


「だから、ヤギ人と結婚して、ちゃんと技術を伝えたいんです。いまのままだと、僕たちの家族がいたことを誰にも伝えることができないから」


 この言葉には参った。

 俺が思っていたよりもピーターはずっと大人だったらしい。

 モリーも思わず涙をこぼして口元をおさえている。


(そりゃ、見知らぬ土地で必死に育てた弟だもんな。泣けばいいさ)


 俺はヤギ人たちを残し、その場をそっと離れた。

 この様子ならうまく行くだろう。


(しかし、自分たちの生きた証明か)


 ヤギ人にとって、それはパコの飼育を通した伝統の継承なのだ。


 俺にとって『それ』はなんなのか。

 そう考えながら家に帰るとアシュリンに怒られた。

 どうやら帰ってきて、挨拶がなかったことが気に入らなかったらしい。


「いやいや、勘違いをするな。里長が我慢し、里の者を優先するのは当たり前だ。夫婦といえば一心同体、俺がアシュリンを後回しにしたのは夫婦として信頼しているからだ。アシュリンなら俺の気持ちを理解してくれるが、他ではこうはいかん」

「そ、そうかっ。夫婦なら仕方ないか! うん、それは仕方ないかもしれない」


 よく分からないが、これで納得してくれたらしい。

 ちょっとチョロすぎて心配になるな。


 まあ、アシュリンは置いといてヤギ人たちだ。


 その後、ベンは数日滞在し、ピーターにパコの世話を教えていた。

 たかが数日、されど数日だ。


 もともと独学で飼育をしていたピーターはすぐにベンの技術を吸収したらしい。

 ベンも「たいしたものだ。勘がよいのだろう」と感心していたほどだ。


 そして、そのベンは驚いたことにモリーに求婚したらしい。

 彼の滞在中は甲斐甲斐しく世話を焼いていたし、なにより織物の素晴らしさに惚れ込んでのことのようだ。


 この話を聞いた時は『やっとモリーに春が来たか』と皆で喜んでいたのだが……なんと、彼女はこれを断ってしまった。


「私は1度土地を捨ててここに来たんです。2度も土地を捨てることはできません」


 そうモリーは口にした。


「まあ、俺も山は捨てられん。気持ちは痛いほどにわかる」


 ベンも未練を残さず、男らしく諦めたようだ。


 決められた土地を移動しながら暮らすヤギ人だが、驚くほどに土地への執着が強い。

 例外は他の里への嫁入りくらいだそうだ。


「次に来る時はピーターさんへ嫁をつれてくるときだ。数年後ってとこかな」

「はい、またパコのことを教えてください」


 ピーターとベンも笑顔で別れた。

 どうやら本当にわだかまりはないようだ。


 こうして、ベンは笑顔でごちゃ混ぜ里を去った。

 帰りもノーマンが同行し、道中の心配はないだろう。


 ちなみに、ノーマンも今回の流れで再度独立を志したらしく「私とも取引してくれ」と笑っていた。

 もちろん断る理由などない。


「どうかね、今回のことはピーターだけでなく、オヌシも色々と見えることがあったのではないか?」


 ふと、スケサンが声をかけてきた。

 たしかに、ほとんど里からでていない俺にとって、多くのことを学ぶ機会だったのは間違いない。


「そうだな。思ったよりも森には人が住んでいた……そして、思ったよりも仲良くできそうな気がするな」


 そう、オオカミ人の里も、ヤギ人の里も、これからもつきあっていけるはずだ。

 そう伝えると、スケサンはニヤリと嬉しげに笑った。


 あと、これは余談だが……ガイの里とガイの故郷、オオカミ人の里が2つあるのは区別がつかず不便だ。

 いつの間にかガイたちの里をオオカミ人の里と呼び、故郷のほうは古いオオカミ人の里と呼ばれるようになった。

 地名ってのはこんなもんだ。




■■■■



ごちゃ混ぜ里


溜め池に新たな居住区が生まれつつあり、規模を拡大しつつある。

漁業、農業、狩猟など食料の生産は盛んだが、それでも消費に追いついておらず多くを輸入に頼っている。

織物、銅器、酒類などの生産も盛んで訪れる隊商も数多い。

寄合所帯のため揉め事は多いが、スケルトン隊の巡回により速やかに鎮圧されるため治安は落ち着いてきた。

居住区と鍛冶場で防壁工事が始まったが、溜め池の方は動物避けの柵があるのみ。



リオンクール戦記、月刊キスカ誌上で連載中です。

WEBコミックガンマでもプロローグが無料で読めます(12月16日現在)ので、そちらもあわせてよろしくお願いします。

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