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62話 お姉ちゃんだいすき

 夏、雨上がりの森がじめじめ蒸し暑い。


 俺は溜め池の予定地で伐根作業にいそしんでいた。

 何だかんだで木の根も資源になるから持ってこいといわれたからだが……他の皆は水路を造っているので、ここにいるのは俺とホネイチだけである。

 他のスケルトン隊は分隊を作って作業中だ。


(まあ、馴れた作業だし、別にいいけど)


 オリハルコンのクワで根を掘り出し、ある程度のところで切断する。

 やはり道具がよくなれば作業も早い。


「いいか、かけ声に合わせて思いっきり押すんだぞ」


 露出した根を2人(声をだすのは俺だけだが)で「よいしょー、よいしょー」とタイミングを合わせて揺する。

 すぐにメキメキと音をたてて木の根は転がった。


「よし、運ぶのは皆が集まってからにしよう。次の根を――」


 俺たちが次の根っこにとりかかると「ベルクさん、ヌー人たちが来たよ」と声がかかった。

 見ればピーターである、珍しくパコを連れていない。


「お、どうした? 1人でいるなんて珍しいな」

「うーん、なんか面倒くさくてさ」


 俺は「おや?」と感じた。

 基本的にピーターは真面目だ、サボりとは珍しい。


「体調でも悪いのか?」

「そうじゃないけど、なんか疲れちゃって」


 ピーターが「はあ」と大きなため息をつく。

 なにやらわざとらしいが、話を聞いてもらいたいのだろう。


「俺でよければ聞いてやれるぞ。解決できるかは別問題だが」

「うん、なんていうか……の話なんだけど」


 ピーターがボソボソとしゃべるが、肝心なとこの声が小さい。

 俺が「聞こえないぞ」と確認すると、恥ずかしそうに「だから結婚だよ!」と抗議をされた。

 どうやら恋の悩みらしい。


「ウサギ人のケリーって知ってるでしょ?ケリーのお父さんが僕にケリーと結婚しないかっていうんだ」


 うろ覚えだが、ケリーはピーターのガールフレンドの1人だ。

 たしかにピーターはまだ少年だが、許嫁(いいなずけ)と考えれば早いこともない。


「嫌なのか?」

「嫌じゃないけどさ、できればヤギ人と結婚しなきゃって思ってるし……その、姉ちゃんが決まってないのにさ――」


 なるほど、ピーターは一族で生き残った男子である。

 若いながらも責任を感じているのだろう。


「他のヤギ人の集落はあるんだろうけど、土地を捨ててこちらに来るのは難しいよなあ。でも、モリーはピーターが本当に好きな人と結婚してほしいって考えてるはずだぞ」

「うん、でも好きな人っていわれてもよく分からないし……ケリーは仲がいいけど、結婚とかいわれても」


 そりゃそうである。

 許嫁なんてのは親同士が決めるものだ。

 思春期の若者が決められることでもないだろう。


「ま、ケリーの親父さんには俺からうまいこと伝えとくよ」

「うん、ありがと。ゴメン」


 こんな調整は俺やアシュリンの仕事だし、ピーターは年の離れた弟みたいなもんだ。

 俺は「気にすんなよ」とピーターを励ました。


「で、どんな娘が好みなんだ? ちゃんと隊商に伝えてやるからな」

「えっ? いいよそんなの!」


 ピーターは嫌がるが、うちに来てくれたヤギ人がへちゃむくれ(美醜の判定は種族でかなり違う)では気の毒だろう。


 嫌がるピーターから無理やり聞き出したところ『お姉ちゃんみたいな人』なのだそうだ。


 もちろんこれは、なにかをこじらせた彼が姉に欲情しているわけではない。

 モリーはピーターが幼い頃から母がわりとなって懸命に育てたのだ。

 母として、姉として、強く慕う気持ちは当然理解できる。

 ひとつの『理想の女性像』として刷り込まれているのだろう。


(モリーが聞いたら泣いて喜びそうだな)


 本当に仲のいい姉弟なのだ。


「なるほど。がんばりやで乳の大きな年上だな」

「それはなんか違うよ!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ俺たちを見て、ホネイチがカクカクと口を開閉していた。




☆★☆☆




 里に戻ると、ヌー人隊商と住民が市をなしていた。

 最近の里では私有財産をもつ住民もいるので、こうして個人単位でも売買するのである。


「やあ、ベル。大にぎわいだな」

「ああ、里長さんかい。久しぶりだね。おかげさまでウチも人を増やしたのさ」


 彼女はヌー人隊商のリーダー、ベル。

 もう出会ってからそれなりの時間がたったはずだが、あまり見た目に変化はない。


 今回も隊商にくっついて移住希望者が数人ほど来たが、こちらの世話はアシュリンがしているようだ。

 ベルたち商人は信用を大切にする。

 まず、おかしなやつは連れてくるはずがないので大丈夫だろう。

 こちらも馴れたものだ。


「なにせ、今のここは食料を持ってきただけ売れるからね。もっと人を増やしたいくらいさ」

「ああ、これだけの胃袋を充たすのは大変だからな。助かるよ」


 ベルの隊商は14人。

 はじめ5人だったことを考えると3隊分だ。

 いまの彼女はヌー人社会でもかなりの実力者だろう。


 大量の干し魚、塩漬け肉、野菜の漬物などの保存食が並べられ、ヌー人とコナンが交渉している。

 木炭、陶器、衣類、投網、弓、石器、銅製品、少量のオリハルコン……こちらからはさまざまな物が並べられていく。


「この塩漬け肉は香草がたっぷり入ってるからね、臭みが少ないはずさ。香草ごと煮込むといいよ」

「へえ、仕入れ先を変えたのか?」


 ベルは俺と雑談ばかりしているが、これが彼女の仕事なのだ。

 ごちゃ混ぜ里の事情を把握し、次の仕入れに役立てるのである。


「そういやな、溜め池を造る計画が動いてるんだ。なにか水辺で育つ作物が欲しい」

「へえ、溜め池ねえ……水辺で育てるのはヒエかねえ。次にまとめて仕入れとくよ」


 色々と雑談する中でヤギ人を紹介してほしいと伝えると、ベルは少し困り顔をした。

 快活でいつもムリを聞いてくれる彼女にしては珍しい。

 どうやら以前、彼女の隊商に参加していたパーシーが里で罪を犯したことを気にしているようだ。


 ピーターやモリーの事情を説明すると「他の群れを知らないわけじゃないけど」と気のすすまない様子で教えてくれた。


「可能なら話を通して貰えたらありがたい。許可がでたら俺が訪ねていってもいい」


 なにせピーターやモリーの結婚相手を探すのだ。

 できることならなんでもしてやりたい。


 俺の意思が固いことを知り、ベルも「わかったよ」と了承してくれた。


「ま、お得意さんの頼みはきくものさ」

「恩に着るぞ、こいつを持っていってくれ。代金さ」


 俺が身につけていたオリハルコンの短剣を渡すと、ベルは嬉しそうににんまりと笑った。

 オリハルコンは持ち出しを制限しているために他の里では極めて高価で取引されているそうだ。


「代金を貰ったからには働くさ」

「ああ、頼むよ」


 取引を終えた隊商は、手早く荷物をまとめて「ヌー、ヌー」と、独特のかけ声とともに里を去る。

 いつもは一晩泊まっていくのだが、急いでくれたようだ。


 そして、ケリーの父親には俺とアシュリンが事情の説明をすることにした。

 ウサギ人など、比較的新しい住民はヤギ人たちの事情を知らないのだ。


「ピーターは一族で最後の男子、家の再興へ志をかけているんだ。ケリーのことは憎からずに思っているようだが……よければ友人として、これからも変わらないつき合いをしてやってくれ」


 俺が説明すると、ケリーたちは「そんな過去が」とショックを隠しきれない様子だ。

 特にケリーの父親は感銘を受けたらしく「まだ若いのに立派な家長だ」としきりに頷いていた。

 なぜかアシュリンまで感動し、さめざめと泣いていたが……まあ、彼女の奇行はいつものことだ。


 これ以後、いつの間にか新しい住民たちの中でピーター株が急上昇したらしい。

 ピーターから「どんな説明の仕方をしたんだよっ」と責められたが、うまくやったと思う。


 そしてモリーは「私のお婿さん来ますかね?」と妙にソワソワしていた。




■■■■



塩蔵(えんぞう)


いわゆる塩漬けのこと。

食料を長期間保存するため、塩に漬け込むことは古くから世界中で行われてきた。

日本でも塩辛や漬け物などいまでも親しまれている。

まったくの余談だが、家庭でも豚肉の塩漬けはわりと簡単に作れる。

1・肉の重さに対し5%程度の塩を全体的にもみこみ、まぶす。

2・肉から水分が出たら取りのぞく。

3・寝かす。

もし、臭みが強いと感じた時は出てきた水分をきれいに取りのぞくようにしよう。

塩を増やせば長期間の保存も可能だが、塩が足りないと腐敗してしまうので注意が必要。

作るときは自己責任だ。


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[一言] ホント、モリーに彼氏を作ってあげてください!作者様!
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