60話 リザードマンのアタック
やや時は戻り、人間たちが帰ったころ。
見送りに行っていたスケサンが戻ってきた。
なにやら機嫌が悪そうだ。
「どうした? 機嫌が悪そうだな」
「ああ、悪いぞ。ひとつ訊ねるが、オヌシはこれを人間にくれてやったかね?」
スケサンはコトリコトリとオリハルコンのゴブレットを並べて置いた。
俺が渡した手土産は食料や酒などの補給品と反物だ。
オリハルコンは全く記憶にない。
「いや、盗品だな。俺とスケサンが知らなきゃオオカミ人の集落しかないが、ガイも知らなかったんだろ?」
「うむ、舟に乗り込む前に荷を検めたのだ。すると出てきたのでな」
スケサンが詰問すると、コスタスや他の従者も知らないと答えたらしい。
そうなると『盗人は半殺し』という里のルールが適用される。
コスタスは必死で「聖教国の裁判が必要」と庇ったそうだが、そもそも国同士のつき合いがないのだ。
そんな裁判は知ったことではない。
「抜打ちで盗人の右手の指を落とした。本来ならばオヌシの判断を仰がねばならぬところだが、事情をかんがみて私が裁いたことになる。許せ」
「いや、よかったんじゃないか? しかし残念だ、スケサンの剣術を見そこねたな」
俺が冗談めかしていうと、シャリンと鍔なりの音がして、スケサンがいつの間にか目の前に剣を突き出していた。
鼻先をツンと切っ先が触れる。
「どうかね?」
全く気配を感じない早業に心臓が掴まれたような恐怖を感じ、冷や汗がぶわりと吹き出した。
「……す、スゴい技だな。全く見えなかった」
「ふむ、こんなものは手品に近い。速さではなく虚を衝いたのだ。柔でも教えているであろう? 呼吸を読むのだ」
虚を衝くといったって全く察知できないのは異常だろう。
これをやられたらコスタスたちも泣き寝入りするしかない。
下手に抗議して的にされたら確実に殺される。
「おいおい技術は教えるが、今のところはモリーに話を聞くとしよう」
「そうだな、ちょっと声をかけるか」
気をとりなおし、人間たちに里を案内したモリーを呼んで話を聞くことにした。
不審な行動はないと聞いていたが念のためである。
「そうですねえ、特に変わったことはしてないですよ。神殿を見て驚いてましたけど……うーん、畑とか織物とか……あ、城壁とか鍛冶場も見てましたね」
モリーは紡錘で糸を紡ぎながら俺たちに応じてくれる。
その様子はいかにも片手間だが、モリーも図太くなった。
(このおかん感がモテない理由かもな)
まだ幼さの残る年から女衆に混じり、弟のピーターを育てた彼女は耳年増で少々オバン臭いのだ。
俺はかわいいと思うが、好みの分かれるところだろう。
「まあ、普通の観光だな」
「そうかね? 農業や兵器の生産、軍備の有無……露骨な偵察だろう」
スケサンは「まあよい」とニヤリと笑う。
「やつらは引き返さず、川を遡上した。そこで待つのは雨季で気が立ったリザードマンだ」
「そこに食い物を満載したよそ者の舟か」
おそらく川に慣れたリザードマンの襲撃に遭うだろうが、こちらは『里から外を探るな』と伝えたのだ。
あとは知ったことではない。
「しかし、気になるところもある。居住区と鍛冶場にも防壁を造らせて欲しい。館ほどのものでなくとも、あるのとないのでは大違いだ」
「それはいいけど、防壁が広がれば守りの数が足りないぞ?」
守る面積が増えれば守備に割く人員も増える。
当たり前の話だ。
「ふむ、その辺りは追々だな。スケルトンも増やしていかねば」
スケサンはスケルトン以外にも希望者には柔や武器の扱いを教えている。
ひょっとしたら戦力の目処がついているのかもしれない。
「まあ、その辺りは任せるよ。防壁を造るなら力仕事は任された」
「……もう少し興味を持ってもらいたいものだがな。縄張り(建設計画)は任されよう」
スケサンは「やれやれ」と肩をすくめるが、できるやつがやるのが1番いいのだ。
「うむ、とりあえずは溜め池の説明だな。今からだと日が暮れる、また明日にでも説明しよう」
この日はこれで解散。
これは後に聞いた話だが、案の定リザードマンの里で探検家たちは襲撃を受けたらしい。
雨季のリザードマンたちは俺たちでも気をつかうのだ。
まあ、これを教訓にして森の民とのつきあい方を学べばいいんじゃないかな?
知らんけど。
☆★☆☆
さて、溜め池である。
翌日に俺とスケサンはリザードマンのケハヤとドワーフのナイヨと共にヘビ人の集落を訪れた。
ヘビ人の里は岩棚の高低差を利用して要塞化されている。
囲まれた柵で足止めし、高さを変えた複数の射線が交差する凶悪な構造だ。
「こりゃスゴいな。この棒はなんだ?」
「それは我々が上下に移動する棒だ」
ヘビ人の族長カオによると、ヘビに似た下半身を絡みつけて棒を昇降するらしい。
これだけで他の種族には足止めになるだろう。
「ヘビ人の特徴を活かした面白い工夫だな」
「うむ、だが感心ばかりしてはいられぬ。本題に入ろう」
俺はスケサンに促され、族長カオに泉からあふれでた水を利用していいか確認をする。
実際に工事がどうなるかは分からないが、いまから頻繁にテリトリーに出入りするわけだ。
挨拶は最低限のマナーである。
「もちろんだ。あふれた水だけでいいのか?我々は泉の共用でも構わぬが」
「ありがとう。でも今回はあふれた水を溜めたいだけなんだ。工事が実際にどうなるか分からないけど、一声かけときたくてな」
ちなみに現在、泉から流れ出た水はごちゃ混ぜ里とは逆方向に薄く広がっている。
低くなった土地の一部が沼のようにぬかるんでいるようだ。
ヘビ人の里から出て、スケサンとケハヤから現地で説明を聞く。
「ここに小さな堤を作り、水の流れを変えるのはどうか?」
「なるほどね、それなら銅か、石を削って水樋を作ればいいんじゃないかい?その方が水を地に吸わさず運ぶことができるよ」
ケハヤとナイヨが互いの意見を検討している。
水に詳しいリザードマンとドワーフの技術者が協力しているのだ、俺が口出しする余地はない。
「うむ、そして引いた水をこの窪地に流したい」
「ああ、なるほど。これならわざわざ穴を掘る必要はないわけだな」
スケサンらしく、地勢を読んだ無理のない計画だ。
これなら大がかりな工事は必要ない。
「ごちゃ混ぜ里からは少し離れるな」
「うむ、新たに移住させるのがよいだろう」
ここは、ごちゃ混ぜ里とリザードマンの里の中間に近い。
ここから水路を新たに用意するよりは開墾を望む者を移住させるのが手っ取り早いだろう。
「あとは地面がどれだけ水を吸い込むかが問題だねえ」
「ふむ、ならば生えている木を抜き、底を突き固めるか?」
木は俺たちにとって大切な資源である。
伐根をするかは不明だが、溜め池に放置はあり得ないだろう。
「溜め池を流れ出た水は地なりで川の方へ流れるだろうが、この岩が少々邪魔になるな」
「ああ、これなら……水を溜めるためには堤を造る必要があるだろうし、この岩の横まで土を盛って水樋を――」
そこには寝そべった俺くらいの岩と、岩に根を絡みつかせ一体化したような大木がある。
これはそのまま残すようだ。
この場に俺がいる意味があるのかは不明だが、スケサン、ケハヤ、ナイヨが意見を出し合って計画は進む。
どうやら実現は十分に可能なものらしい。
溜め池に、居住区の防壁……また大規模な工事が始まるようだ。
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溜め池
主に農業用水とするために、造られた人工の池のこと。
谷にダムを造る谷池と、平地に水を溜める平池があるが、ここでは平池タイプのもの。
日本でも全国各地で溜め池はつくられ、大規模なダムや水路ができるまでは農業用水の主役であった。




