56話 爆発的な人口増
冬、ヘビ人の里からとんでもないものが持ち込まれた……らしい。
らしい、というのは俺には理解できないからだ。
館にてヘビ人の族長カオとドワーフのサイモンを迎え、俺は話を聞いていた。
どうやら内密の話らしく、同席するのはスケサン、コナン、ナイヨだけだ。
知恵袋のスケサンと、交易などを取り仕切るコナン、鍛冶場の頭のナイヨ……俺はおまけである。
「これは……黄金か?」
「違う。洞穴から銅鉱脈が見つかり、サイモンたちに調査をさせたら多量の『賢者の石』が出た。これはオリハルコンだ」
ヘビ人の族長カオが持ち込んだのは黄金によく似た輝く金属の塊だ。
黄金は稀少でピカピカで加工しやすいから硬貨などにも使われている。
たしかに黄金が産出したのならば一大事であろう。
森の中で流通させるのは難しいが、森から出てどこか都市まで運べば財産になるのは間違いない。
だが、オリハルコンや賢者の石とは知らない言葉だ。
どんな価値があり、どのような用途の金属なのか想像もつかない。
スケサンもコナンも分からないようだ。
「これはたしかにオリハルコンだ。だけど賢者の石が? この森では聞いたことないけどね」
ナイヨが金属を手に取り、しげしげと眺めた。
「ふむ、黄金に似た輝きだな。希少なものなのか?」
「そうだね、少なくともこの森ではまず手に入らないね」
ナイヨがスケサンにオリハルコンを渡す。
すると「む、重いな」とスケサンが呟いた。
「鉄よりも強く、黄金のように輝く金属さ。ただ、重いけどね」
「ふむ、強くともこれで全身鎧はつらいな。兜とすね当てくらいであろう」
俺も持たせてもらったが、たしかに重い。
「でも硬くて重いなら槍とか斧には向いてるかもな」
「たしかに。加工は簡単なんですか?」
サイモンによると、オリハルコンの加工は比較的に容易らしい。
「アタイはオリハルコンが賢者の石と呼ばれるものと銅の合金だとは知ってるけど割合は分からない、賢者の石も見たことないね」
ナイヨがいきなり知識を披露したのでサイモンが戸惑っている。
冶金は秘術であり、簡単にひけらかすモノではないのだ。
「で、オリハルコンが優れた金属だとは分かった。交易品に加えるのか?」
「いや、すぐに量産できるものではないし、ごちゃ混ぜ里とだけ取引したいのだ」
カオは鉄のない森で銅よりもはるかに強いオリハルコンの価値を理解しているが、それゆえに災難を招くと心配しているそうだ。
できればヘビ人の集落で作っていると知られたくないらしい。
(しかし、ウチにだけオリハルコンがあればコッチが狙われるんじゃないのか?)
ヘビ人は数も少ないし、事情は分からなくもないが……リスクをこちらが肩代わりするのもおかしな話である。
「いいたいことは分かる。こちらも岩棚を砦にする予定だ。それが完成するまでは秘匿したいのだ」
「なるほど、守りを固めるまでってわけか。こちらが片づけば人手を貸すこともできるぞ」
こちらの工事は土壁が完成し、柵を作っているところだ。
あとは見張り櫓を組めば完成である。
「助かる、すまないがオリハルコンと交換で食料と木炭の補給をお願いしたい」
「うむ、すでにヘビ人の集落との間には獣道ができている。問題なかろう」
ヘビ人の集落までは自然に獣道ができていた。
道といっても、下草が枯れ道端の石を蹴飛ばして端に寄せた程度のものだが、これがあるのとないのでは大違いなのだ。
「俺たちもオリハルコンは他に流さないようにするべきかな? 作ることができないのに、ごちゃ混ぜ里にだけあるというのも問題がありそうだが」
「いや、少しばかし交易で流すほうがよいやもしれぬな。下手に独占すると狙われるぞ。さして興味がなくとも手に入らぬと知れば奪いたくなるのが人情だ」
この辺はスケサンとコナンに調整してもらおうと思う。
難しいことは賢いやつがうまくやればいい。
(しかし、オリハルコンに賢者の石ねえ……)
俺は改めて黄金色の金属を眺めたが、正直なとこ俺には価値がよく分からない。
「このオリハルコンで皆が便利になればいいよな」
俺が呟くと、スケサンが「まったくだ」と応じてくれた。
☆★☆☆
工事は進み、冬が終わり春を迎える頃に館は完成した。
落成の祝いと例年の祭りを兼ねた宴会にはリザードマン、オオカミ人、ヘビ人の代表も招き大変な騒ぎとなったがご愛敬だろう。
この時、彼らが大量の手土産を持ってきてくれたので食べ物が尽きることはなかったが、あまりに量が多くて返礼の品で苦労をしたほどだ。
バーンなどは「貰っとけばいいんじゃないすか?」などと気楽にいうがそうはいかない。
ここで受け取ったままにすると『貢物』になってしまう。
それでは彼らも気分がよくないだろうし、上下関係を作らない里の方針からズレてしまうのだ。
そして、この祭りがひとつの契機となる。
この大盤振る舞いの影響か、里への移住希望が目に見えて増えたのだ。
『ここに来れば飯が食える』
『移住者を受け入れてくれる』
『防壁で安全な生活が送れる』
移住希望者は一様に同じようなことをいい、理想郷を求めてやってくる。
彼らは地震で住居を失い、生活の基盤が失われた者たちだ。
当然、中には荒みきっている者も多い。
里で盗みや暴行などを働く者もいた。
これらの犯罪者は半殺しにして放逐するが、それでもなお『大人しくしていれば大丈夫だ』と人は集まってくるのだ。
「館という分かりやすいかたちで里の力が示されたためだろう。噂にもなるだろうよ」
「そうかもな。ウチはわりとすぐに立ち直ったが、ずいぶんと人が死んだ土地もあったらしい。俺たちは運がよかった」
隊商から聞いた話によると、川沿いのこの辺りは『かなりまし』な部類で、山崩れに巻き込まれた里や、住んでいた洞穴がまるごと崩落して消滅した集落もあったそうだ。
シカ人隊商などは何度も飢民に襲われ、ロクに商売にならないと嘆いていた。
地震の影響は甚大なものだったようだ。
しかし、やってくるのは悪いやつらばかりではない。
難民の中には養蜂の技術をもつクマ人や、腕自慢のトラ人兄妹(スケサンに挑んでボロボロにされてた)、キツネ人の娼婦なんてのも来た。
特別な技術がないものには農業、織物、製陶、製炭などを手伝わせる。
畑は広がり、ひっきりなしに焼き物や炭焼き窯は煙を吹く。
里が活気づけば人の出入りも増え、隊商が様々なものを持ち込む。
すると賑やかさを知った移住者が増え、新たな住民を得て里に活気が出る。
そして、増えた新入りの食料を賄うために隊商が食料を持ち込むーーもう里は膨らむ一方だ。
当然、里は今までの家族のような集合体から変化をした。
食事は各家庭でとるようになり、館で食事をするのは単身者が目立つ。
私有財産を持つ者も増え、揉め事も頻繁に起こる。
「里長、また移住の希望者がきました。ウサギ人が4家族、畑仕事が希望でニンジンの耕作ができるそうです」
「そうか、わりと多いな。館で会うよ」
イヌ人リーダーのヘラルドが報告に来た。
どうやらまた、新たな住民が加わりそうだ。
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オリハルコン
ファンタジー御用達の不思議金属だが、ここでは真鍮のこと。
賢者の石とは亜鉛である。
銅と亜鉛の合金で、亜鉛の含有率で性質がかなり変わるが、鋼鉄のない世界ではかなりの硬度の金属である。
オリハルコンの元ネタは、プラトンが紹介したアトランティス伝説のなかで登場する幻の金属。
多くのファンタジー作品で『最高の強靭さをもつ金属』として扱われているオリハルコンだが、実はアトランティス伝説では武器として使われていない。