55話 解説! ごちゃ混ぜ館
秋が来た。
広間の工事も粗方が終わり、今は内装工事を残すのみだ。
ヘビ人集落から手伝いに来ていたドワーフたちには謝礼として木炭と酒を渡したら喜んでいた。
どうやらヘビ人が住み着いた岩棚には銅の鉱脈があるようだ。
有望であれば冶金を考えているらしく、試用に炭が必要らしい。
「しかし、立派だな」
「うむ、これはちょっとしたものだ。里の発展の象徴といえる」
俺とスケサンはドワーフたちを見送ったのち、改めて建物を見上げた。
イヌ人たちの合流もあり、建物は初期の計画よりサイズが大きくなっている。
広間は高さのある瓦葺きの建物だ。
シンプルな長方形だが、土壁は分厚く、柱や梁には丸太が組み合わされている。
焼き討ちも想定し、両開きの大きな扉は銅張とした。
木製の扉の補強に銅の装甲板を張りつけたのだ。
そして、建物の周囲には水溜まりにならぬように浅い排水溝が掘ってある。
この森は返しの雨や雨季など降雨量が多く、土でできた壁を守るために溝は必要なのだ。
だが、これすら見ようによっては防衛機能のように見えるだろう。
「ちょっと中も見ていこうか」
「うむ、ベアードとコナンがイヌ人と作業しているはずだ」
重い扉を開けると明かり取りから日が差し込んでおり、思いのほかに明るい。
夜間は内部の柱に備えつけられた松明ホルダーが照明になる。
床はカチコチになるまで突き固めた土間。
炭焼き窯と同じように念入りに仕上げてあるので、土とは思えぬ固さと滑らかさがある。
まるで1枚の砂岩のようだ。
「おや、どうしたんです?」
俺たちに気がついた(扉が1つしかないのだから当たり前だが)コナンが声をかけてきたが、冷やかしに来たとはいいづらい。
「いや、見学に来ただけだよ。邪魔をしてすまん」
「うむ、作業を続けて欲しい」
スケサンの言葉で皆が作業に戻る。
コナンは粘土でかまどを作っているようだ。
隣でイヌ人が必死で土をこね、コナンが受けとりながら成形している。
広間の中心には料理に使えるかまどが4基、これは食堂の機能と暖房を兼ね備えたものだ。
いままでのものとは違い、外側に石を並べて見栄えをよくしているらしい。
そして、建物の奥にはドワーフのベアードが周囲より1段……俺の手のひら2つ分くらい高くした舞台のようなスペースを作っている。
「あれはなんだと思う?」
「知れたことではないか。玉座を置くのだろう」
これを聞いて思わず「げっ」と声が出た。
あんなとこでふんぞり返れとでもいうつもりか。
「ここは外部からの客人も招く施設になるだろうからな。体裁が必要なのだ」
「うーん、その客人よりも高い位置で威張るなんて嫌だぞ」
そもそも、そういう身分差が嫌だから故郷を出たのだと抗議すると、スケサンが「簡単な話ではないか」と呆れた顔(骨のくせにハッキリと表情が分かるのは不思議だ)をした。
「まず、玉座に座り威儀を整えるのだ。その後に舞台から下りて客と話せばよい」
スケサンがいうには里の者が惨めな思いをしないように里長が立派な格好をしなければならないらしい。
たしかに里の皆が『うちの里長はみすぼらしい』などと思わぬようにするのは大事なことだ。
「うむ、客にしてもわざわざ高い位置から里長が下りて対応すれば親しみを感じやすくなるだろう」
「なるほど、それは助かる。ただし、あくまでも客人用だ。普段から皆と差を作りたくないからな」
実際に会話をするときに舞台から下りればいいというのは楽だ。
普段は使わず、いつも通りにすればいい。
「まあ、行事用の舞台ならいいか」
そもそも、すでに作ってあるのだ。
ここまでできたモノを壊せともいいづらい。
「うむ、あとは呼び名だ。いつまでも広間や食堂でもなかろう?」
「名前か、そうだな……避難所だし城か? いや、食堂でもあるし館かな?」
名前はそのまま『ごちゃ混ぜ館』である。
こんなのはさっさと決めないと迷走してしまう。
なにせ皆で考えたこの里の正式名称は『川辺にある聖霊王に祝福された鬼人ベルクと妻アシュリン、スケルトンとエルフとリザードマンと獣人たちによる差別の無い土地及びドラゴンハンターの里』なのだから。
「すまん、邪魔したな」
「あ、もういいんですか?」
俺とスケサンはコナンたちに一言かけて外に出た。
ホネイチたちが懸命に地突きをしている姿が目に入る。
館はほぼ完成だが、防壁はまだまだだ。
防壁は木枠の中に、色々なモノを混ぜて突き固めて造る。
混ぜるのは土、砂利、灰、乾いた粘土、割れた焼き物を砕いて粉にしたものなどだ。
木枠は最終的には土壁の上に柵として再利用する予定なので無駄がない。
「だいぶ進んだが、門も橋も櫓もできてないからなあ」
「うむ、まだしばらくかかるだろう。急ぐ必要はない」
防壁の出入口は2つ、それぞれ里の方と鍛冶場の方に向いている。
これは利便性もあるが『出入口は2つあったほうがいい』とスケサンの進言があったためだ。
いざ籠城戦になったときに進退に柔軟性がでるし、脱出路にもなる。
出入口が1つだと守りやすいが脱出は困難だ。
敵を分散させる効果もあるだろう。
「門はやはり銅張だろうな」
「うむ、門は威圧感も大切だ。金属ならば十分だろう」
門は守るだけでなく、里の皆に『あそこに逃げれば大丈夫』と思ってもらう必要がある。
わざわざ厳めしい銅張にするのは意味があるのだ。
現状では門前の堀には仮設の橋がかかっているが、これはいずれ跳ね橋にする予定だ。
その跳ね橋の巻き上げ器を門の上にに設置することを予定しているが、丸太とロープの簡単なものにする予定である。
森での攻防を考えれば過剰な守りではあるが、これもアピールである。
ごちゃ混ぜ里の守りは固いと内外に示すことで身内は安心し、敵の戦意をくじく。
「とりあえず、館ができた時点で里のみなで宴会するか」
「うむ、ならば防壁が完成したおりに近隣の部族ーーリザードマン、イヌ人、ヘビ人の代表を招くといい。直接見せて噂を広げてもらうのだ」
こんな話は楽しいものだ。
つい、話だけは先に進む。
「だけど、眺めてるだけでは先に進まないな」
「うむ、我らも作業に加わるぞ」
こうして工事はゆっくりと、だが確実に進む。
まだまだ先は長い。
■■■■
跳ね橋
跳開橋や可動橋ともいう。
ようは中世ヨーロッパ風の城門によくあるアレ。
片側を蝶番で固定し、ロープや鎖を巻き上げることで橋が跳ね上がる構造になっている。
橋を上げ下げすることで通行を制限し、治安の維持や防衛にもちいた。
時代が下り、跳ね橋は鉄道橋などでも利用されたが、現代ではほとんど姿を消した。
全くの余談だが、三重県四日市にある末広橋梁(重要文化財)が日本国内で現役唯一の跳開式可動鉄道橋梁である。