39話 増える骨
ナイヨが里に馴染み、数日。
今日はスケサンとリザードマンの里に向かっている。
ツケにしてもらっていたナイヨの支払いを持ってきたのだ。
「ナイヨから聞いたが、炭焼き窯ってのは作るのが大事だぞ。ストレイドワーフが3~5人がかりの作事らしいぞ」
「ふむ、バーンとナイヨの家も作ってやらねばな。忙しくなるぞ」
時期は雨季。
今も雨が降っているが、俺たちの足どりは軽い。
これは慶事、バーンの嫁取りなのだから。
「しかし、エルフとドワーフって珍しいよな」
「うむ、ナイヨは盗みを働いたかもしれぬが、私が見たところ働き者で性根も悪くはない。バーンとは似合いだ」
スケサンのいう通り、ナイヨは働き者だ。
里内の仕事を率先して行い、モリーや女ウシカからの評判もいい。
「足を痛めているが、養生すればよくなるだろう」
「あまり無理をさせたくないな……そうだ、炭焼き窯の制作にはリザードマンに応援を頼むか?」
この提案はスケサンに「やめておけ」と却下された。
リザードマンに技術を見せるのをナイヨが嫌がるかもしれないという理由だ。
ストレイドワーフは技術を売り歩く流しの職人集団だ。
たしかに技術を盗まれるようなことは喜ばないだろう。
ほどなくしてリザードマンたちが川で漁をしているのを見つけた。
「おーい、ごちゃ混ぜ里のベルクだ! 残りの食料を持ってきたぞ!」
俺は大声で敵意のないことを知らせ、リザードマンたちに先導されながら進む。
今回は道中に運よく出会えてよかった。
雨季のリザードマンは気が立っている。
我々は友好的な関係だが、下手に刺激をしないのは大切なことだ。
リザードマンの里には柵がない。
土まんじゅうのようなこんもりとした不思議な住居が立ち並ぶのみだ。
俺とスケサンは集落の中心にある広場に通され、リザードマンたちが作ってくれた大きな雨避けテント(?)の中で休む。
リザードマンたちはよそ者を決して住居に招かない
これは徹底したもので、ごちゃまぜ里のウシカやケハヤらも家族以外を家に招くことを好まない。
そういう文化なのだ。
「ベルクどの、スケサンどの、お待たせしてすまぬことをした」
待つことしばし、顔見知りのカイカ(最近リザードマンの区別がつくようになった)と数人のリザードマンが現れた。
恐らくは里で立場のある者たちだろう。
彼らに声をかけていたから遅くなったに違いない。
「はじめましての方もいるな。ごちゃまぜ里のベルクだ。こちらはスケサン」
「スケサンだ。歴々のご挨拶に感謝いたす」
俺たちが挨拶したことでリザードマンたちにホッとした空気が流れた。
ここで俺が意地を張ってリザードマンたちから名乗らせたりすると、ややこしいことになるからだ。
つまらない話だが、こんなことにこだわって戦争した国もあるのだから、よそを訪れたときには気をつけなくてはならない。
リザードマンたちも順に名乗る。
どうやら里長はおらず、乙名と呼ばれる有力者会議で里を運営しているらしい。
 
「早速だが本題を済まそう。先日、ドワーフと交換のおりにツケにしてもらった分をお渡しする。確認してほしい」
俺は担いできた野ヤギ、キツネ、ウサギを。
スケサンは籠ごと山盛りの果物を差し出した。
籠にはイチジクやスモモが入っている。
「たしかに頂戴する」
カイカは満足げに受け取ってくれた。
どうやら納得してくれたらしい。
それから少し雑談だ。
最近のリザードマンの里ではイモの援助をしてくれるウシカに感謝し、森イモをウシカイモと呼ぶのだとか。
雨季が終われば開墾を始める予定らしい。
定期的なイモの収穫があれば雨季の事情もよくなるだろう。
「そういえば、先日こちらを荒らした盗人の遺骸はまだあるのかね?」
ふと、スケサンが不思議な質問をした。
リザードマンたちも爬虫類を思わせる動きで首を傾げている。
「いや、里で引き取った者の親族らしくてな。弔いくらいはさせてやろうと思ったまでだ」
ストレイドワーフたちが親族だった――そんな話を聞いてない俺は混乱するばかりだ。
(俺が聞いてないだけか? いや、しかし――)
俺の混乱をよそに、リザードマンは納得したらしい。
なにやら相談していたが、かなりの量の骨を持ってきてくれた。
「恐らく全てではないし、他の骨も入っている。これでいいだろうか?」
「うむ、感謝する」
こうしてスケサンは籠に骨を詰めて担ぎ、俺たちはリザードマンの里をあとにした。
そっけないやりとりかもしれないが、雨季のリザードマンは忙しい。
長居は無用だ。
「スケサン、そんなモンどうするんだ?」
「ふむ、解らぬかね? 人手を作ろうと思い立ってな。2体は厳しいが、1体なら十分可能だろう」
そういわれてもピンと来ない。
「まあいいさ。私は少し寄り道するが、オヌシはまっすぐ帰るようにな」
「わかった、あまり遅くなると皆が心配するしな。俺は先に帰るよ」
スケサンは「皆でなくてアシュリンだろう」と笑う。
たしかに俺が遅くなって騒ぎそうなのはアシュリンだけだ。
「川の流れは曲がっておるし、歩きづらい難所も多い。道を整備すれば素早く行き来できそうだが……難しいところだな」
リザードマンの里への往復は俺の足で1日仕事だ。
今日のように用事を済ませると日が暮れてしまう。
だが、道を繋ぐのは難しい。
労力という面ももちろんだが、リザードマンが望まないかもしれないからだ。
「すぐにはできんさ。そのあたりはおいおいだ」
「そうだな。道を拓こうにも人が足りないしな」
移動中はヒマだ。
俺たちはぼんやりとした会話をしながら歩き、里が近くなったあたりでスケサンと別れた。
1人で帰った俺に里の皆が少々驚いたが、スケサンなら心配ないだろとすぐに落ち着いた。
スケサンへの信頼感は凄いのである。
☆★☆☆
翌朝、なんとなく騒がしい空気で目が覚めた。
「おはよう、アシュリン。なんだか騒がしくないか?」
まだ「ふがふが」とイビキをかいているアシュリンの鼻をつまみ、優しく起こしてやる。
彼女はなぜか鼻を触られるのが好きだ。
「ふ、ふがっ! お、おはよう」
「ああ、おはよう。なんだか表が騒がしい。服を着よう」
俺とアシュリンが急いで服を身につけ、表に行くと驚くべき光景が待っていた。
スケサンが増えているのだ。
「す、スケサンが増えてるぞっ!?」
寝ぼけ眼のアシュリンも一気に目が覚めたようだ。
「やあ、これで全員だな。これは新しいスケルトンだ」
さらりとスケサンが紹介したスケルトンは背が低く、がっしりとしている。
恐らくは昨日のドワーフの骨だ。
「えーと、よろしくな。名前はなんて言うんだ?」
話しかけたスケルトンは無反応。
こちらをうつろに眺めていた。
■■■■
スケルトン
動く骨。
まれにドラゴンなどもスケルトンになるそうだが、基本的には人骨である。
意思の疎通などはできず、他者を襲うだけの存在とされてきた。
だが、スケサンが連れてきたドワーフのスケルトンは様子が違うようだ。
スケサンは骨がスケルトンになる原因を理解しているので、それを利用して生み出したらしい。
 




