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38話 はぐれドワーフの女

 ごちゃ混ぜの里に新しく迎えられたストレイドワーフ、彼女の名前はナイヨ。

 本名は違うのだが、なんとなく定着してしまった。


 彼女は仲間と共にリザードマンの里で盗みを働き、この地へと売り飛ばされた経緯がある。


(ちくしょう、ブルーノのヤツが勝手な真似をしてこのざまだ)


 ナイヨは正確には盗みを働いていない。

 だが、彼女が所属していたストレイドワーフ集団の1人が盗みを働き捕まったのだ。

 しかも愚かなブルーノは盗んだ食料を得意がって仲間に食わせ、知らず知らずにナイヨも食べてしまった。


 こうなれば、言い訳はできない。

 盗人の分け前をもらえば盗人である。


 たちまちリザードマンに追跡され、捕縛。

 仲間5人のうち3人が捕まり、ナイヨ以外のものはリザードマンに食われた。

 その時のことを思い出すと身の毛もよだつ思いがする。


 間抜けのブルーノが食われたのはいい気味だが、喜ぶような状況ではない。

 たまたま致命傷を負わなかったナイヨはリザードマンの物々交換の品にされ、この地に引き渡された。


 ここで、ナイヨは期限つきの強制労働を申しつけられる。


 強制労働とは期限つきの奴隷だろう。

 ろくな食事も与えられず、過酷な労役を課される存在だ。

 そしてナイヨは女である。

 夜は女として搾取されるに違いない――そう思っていた。

 それでも『幸いなことに期日つき、死ぬよりはましだ』と納得したのだ。

 期間が35日と短いのは、それで使い潰される過酷な労働だと考えていた。


足のケガもあり、初日はヤギ人の娘たちの手伝いをしろと命じられる。

この里では織物の生産が盛んらしい。


「こうやって、糸を紡いでください。慣れれば簡単な作業です」


 作業小屋ではフローラという小娘が糸紡ぎを命じてきた。

 たしかに単純な作業で、ナイヨはすぐに慣れてしまった。

 ドワーフは先天的に手先が器用なのだ。


「……もう大丈夫そうですね。私は染色をしますから、糸紡ぎはお願いします」


 それだけを告げ、フローラは繊維の入った籠と、染料の入った小壺を抱えて出かけていった。


「ふうん、アオイロ苔か。この辺にも生えてるのかね?」

「あっ、ご存じなんですね。これはヌーの隊商からわけてもらったものですよ」


 ナイヨの呟きを拾い、もう1人のヤギ人の娘が話しかけてきた。

 たしかモリーとかいう名前だ。

 驚くことに、隠そうともせず織物を続けている。


(織物などの技術は盗まれないために秘密にするものだけどね……子どもだから脇が甘いのかね?)


 単純な竪機(たてばた)のようだが、大胆な模様を織り込んでおり面白い。


「しかし、糸を染めるならアタイにやらせそうなもんだが――」

「ふふ、フローラはコナンさんに会いに行くんです。コナンさんはエルフで――」


 モリーは実に嬉しそうだ。

 このくらいの小娘にとって、他人の色恋ほど楽しい話題は他にない。


(なるほど、逢い引きか)


 糸を染め、何度も川で洗濯するのは重労働だ。

 だが、恋人との逢い引きなら頷ける。


「獣人とエルフねえ、悲恋じゃないか」

「んー、やっぱり寿命が違いますから恋人ってわけでもないのかな? でもフローラは明るくなったし、コナンさんのこと好きみたいです」


 モリーはナイヨに「ナイショですよ」と口止めするが、こうもペラペラと喋ってナイショはないだろう。

 口の軽いモリーは要注意だとナイヨは警戒度を上げた。


 糸紡ぎをしたり、モリーの作業を手伝ったりと簡単な仕事で日が暮れる。

 正直、こんなに楽でいいのかと首を傾げてしまいそうだ。


 驚くべきことに食事は里の全員で揃って食べるようだ。

 食事はイモとキノコと魚の煮物、量の違いはあるが里長も同じものを食べている。


「ナイヨの働きぶりはどうだ?」

「はい、とても助かりました!」


 里長が訊ねると、モリーが嬉しげに答える。

 年の離れた兄妹のように仲がよいらしい。


「そうか、慣れるまで大変かも知れんがしっかりやれよ」

「あ、ああ。分かった」


 体の大きな里長はナイヨを労ったが、大した仕事はしていない。


 だが、ナイヨはまともな食事を与えられ、隊商などが泊まる客間で寝ることを許可された。

 部屋を与えられる――里長の妾にでもされるのかと思いきや、そんなこともなかった。


(なんなんだ? からかわれてるのか?)


 ナイヨはあまりの厚遇に騙されているのかと混乱した。

 だが、この里がナイヨを騙す意味は全くない。


 その晩に酷い熱がでた。

 悩みすぎたせいかと思ったが、どうやらふくらはぎに受けた槍傷が化膿し、熱が出たらしい。


「ろ、ろくな手当てをしなかったのが悪かったな。このままじゃ足が腐り落ちるとこだったぞ」


 手当てをしてくれたのはアシュリンというエルフの女だ。

 里長の妻らしい。


「ちゃんと元気になってから働けばいい。べ、ベルクは優しいんだ」


 このエルフから、しきりにのろけ話を聞かされて里長の人となりは理解した。

 初対面の女をぶちのめしてエルフの里を壊滅させたヤバいやつだ。

 優しいと喜んでるこの女は毎晩犯されて色々壊れたんだろうか。


(だけど、ここの里の女子供は大事にされてるみたいだし、このエルフが(しいた)げられてるとも思えないけど……?)


 このアシュリン、相当な世話好きらしい。

 寝込んでいるナイヨに新しい服を用意し、古い服は洗濯までしてくれた。


「へへ、里の仲間を世話するのは妻の私の仕事だからな。み、皆が仲良く暮らせるようにするのは私の仕事だってスケサンにもいわれてるんだ」


 スケサンとはあの不気味なスケルトンだ。

 モリーから聞いたが、この地を守る精霊らしい。


「ナイヨもこの村の仲間になったんだから、遠慮なく私を頼っていいんだぞ。わ、私は里長の妻だからな」


 どうやらアシュリンの中でナイヨはすでに住民らしい。


 数日で杖をつけば歩けるまでに回復したが、ナイヨの左足は軽い麻痺が残った。

 ふくらはぎから下が鈍くなり、かかとの辺りは常に痺れるような痛みがある。


 日常生活に問題はないが、旅から旅のストレイドワーフには少々つらい症状だ。


 足が悪いことも考慮されてか、ナイヨは里の中の仕事ばかりを手伝った。

 織物、料理、洗濯、薪割り、伐根、子守り、畑仕事。


 だが、どれもしっくりとはこない。


(強制労働か……どうせ働くなら得意なことがいいな)


 つい、こんなことばかり考えてしまう。


(ここでは鉱石は採集してないみたいだ。だけど製炭なら……? あとは酒作りかな? ハチミツ酒のオリ(沈殿物)を使えばイモから酒が作れるかもしれない)


 1度だけ酒が振る舞われたが、ハチミツ酒だけだった。

 ハチミツはたくさん取れるものではないし、森イモを醸造すれば定期的に酒が飲めるようになるかもしれない。


 ナイヨもドワーフの例に漏れず、酒が好きだ。


 病気もしたし、いつの間にかナイヨの労役はうやむやになってしまったが、さすがにまだ35日は働いていない。


 思いきって食事時に里長に申し出てみることにした。


「製炭か、たしかに銅器を作る土地では必要なものだし、物々交換に使えるな。しかし酒作りか」

「だ、ダメだぞ!ベルクは私としか酒作りしちゃダメだ!」


 よく分からないが、酒作りに掟があるらしい。

 酒の作り方は秘伝の場合も多いので仕方ないだろう。


「うーん、どうやって作るんだ?」

「ふかしたイモをすりつぶして、お湯に浸す。ハチミツ酒のオリを加えたあと、腐りどめとしてカンの果汁を加える」


 基本的にはキビやヒエと同じでいいはずだ。


「ふむ、この里の掟では男女で酒を作るのだが、ベルクでは障りがある。誰に手伝わせるかね?」


 なにやら揉めている里長夫婦を差し置き、スケサンが訊ねてきた。


「手伝いねえ」


 手伝いがいるほどの作業ではないが、酒が好きそうなバーンがいいのではないか。

 そう伝えると、バーンが「お、俺っすか!?」と驚いていた。


「俺はまだナイヨを認めたわけじゃないっす、そこは知ってもらわないと――」


 そういえばバーンはナイヨをリザードマンから引き取ることを最後まで抵抗していた。


 これはしまったな、と内心で思っているとアシュリンが「つ、つべこべいうな!」とバーンをたしなめた。

 バーンもアシュリンには頭が上がらないらしい。


「ふむ、ならば支度ができたら励むがいい」

「わかったよ。まず大丈夫さ」


 少し不安はあるが断言した。

 すると、モリーらヤギ人の娘らは恥じらい、他の者たちはにやついた(・・・・・)雰囲気を見せた。


(なんだ……? まあ、よそ者のアタイにゃわからないか。先ずは酒作りだね)


 そして、ナイヨはこの意味を酒作りの最後に知る。


 ごちゃ混ぜ里で初めて法の裁きを受けた女は、こうしてストレイドワーフからただのドワーフになった。




■■■■



ナイヨ


元ストレイドワーフの女性。

茶色い髪の若いドワーフ。

ドワーフらしく、背は低めでボインボインの体型だがウエストも太い。

リザードマンの里で巻き込まれ事故のような罪を被り、足が若干不自由になった。

冶金の技術もあるが、ごちゃまぜ里には鉱山がないので今のところ腕をふるう場所がない。

本名はジェーンらしい。


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