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スローライフの鬼! エルフ嫁との開拓生活。あと骨  作者: 小倉ひろあき


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37話 はじめての法律

「どうしたもんかね?」


 ドワーフの女を眺めながら俺は皆に訊ねる。

 この女を引き取るなら少なくない食料が必要になる。

 少々大げさかもしれないが、皆の命がかかっているのだ。

 俺の独断で決めることではない。


「この人、助けなければどうなるの?」


 ピーターが不安げな表情でリザードマンたちに訊ねた。

 しかし「その場合は雨季の食料だ」と聞かされ顔を引きつらせる。


「引き取るのはいいとして、身分をどうするかが問題になりますね」

「コナンのいう通りだ。こいつを奴婢(ぬひ)とするなら身分を作ることになる。全員が平等な身分ではなくなることになる」


 俺はコナンの言葉に頷いた。

 これは重要な決断が含まれている。


 今までのごちゃ混ぜ里は里長として俺がいるものの、基本的には衣食住は全て平等だ。

 それぞれが各々の得意なことで皆を助けている。

 幼いピーターとて、畑仕事や織物で手伝い子供の面倒をみているのだ。


 そこに、明らかな身分制度を作ってはバランスが崩れてしまうかもしれない。


 病気や怪我、誰だっていきなり働けなくなることはある。

 下手に身分を作って「アイツは働きがいいから上に」「コイツは働きが悪いから下に」なんて始まるのは絶対に嫌だ。


 里の者は俺にとって家族にも等しい。

 家族で身分の上下や待遇に差があるのは絶対に嫌だ。


 俺がそう伝えるとアシュリンはコクコクと何度も頷き、ヤギ人たちはどこかホッとした様子を見せた。

 だが、バーンは明らかに不満げだ。


「そうは言いますけどね、俺は反対っす。いまの皆は家族、それは俺も一緒っす。だけど他の土地で盗みをして売られてきたようなのを家族と同じには扱えないっす」


 バーンは盗みを働いたドワーフに強い忌避感があるようだ。

 ウシカやケハヤも故郷の罪人を受け入れることは反対らしい。


「たしかに、他で罪を犯したものを厚遇しては示しがつきませんし、噂を聞いた犯罪者が集まってくることになりかねません」


 コナンは他への影響を心配しているようだ。


 できれば引き取ってやろうと思ったが、なかなか難しいものである。


「そうか、皆が反対ならば無理をすることもないか――」

「それでいいのかね?」


 残念だが持ち帰って欲しい、リザードマンたちにそう伝えかけたとき、スケサンが俺の言葉を遮った。


「オヌシは差別のない国を作るのだろう? こんなことで節を曲げるのかね? 罪を犯したものには罰をあたえ、道に戻してやるのが為政者の道ではないか」

「そ、そうだぞっ! スケサンのいう通りだ!」


 スケサンが俺をとつとつと諭し、アシュリンが同調するが……なんだか釈然(しゃくぜん)としないぞ。


(なんで俺が叱られてるんだ?)


 正直、スケサンの言葉は理屈としては分かる。

 罪人だからと差別をせずに人となりを見てから判断しろといっているのだ。


 だが、里の半数が反対するような決定をしてよいものか。

 俺が皆に視線を送ると、コナンが軽く頷いた。


「罰を与えるのならば問題ないでしょう」

「そうすね、俺も同列に扱うのが気に入らないだけっす。盗みの罰があれば納得っす」


 よくわからないが、コナンとバーンはケジメがあればいいらしい。

 ウシカとケハヤは無言だが、特に不満げな雰囲気はない。


 ちょっとスケサンの影響力がスゴすぎて怖い。


「よし、なら引き取るか。だが、この女の分を渡すと厳しいな。半分はツケにしてくれるか?」


 俺はリザードマンたちと交渉し、支払いを少し待ってもらうことにした。

 さすがに一気に持っていかれてはこちらがキツい。


 リザードマンたちが二つ返事で承知してくれたのは幸いだった。

 まあ、里がここにあるから逃げも隠れもできないからだろう。


 今日は半分、イモ、干し肉、キノコ、ハチミツ酒などを渡す。

 残りは後日、近いうちに持参することにした。


 リザードマンたちはハチミツ酒に喜び、納得してくれたようだ。


「うむうむ。とりあえずドワーフに大きな怪我がないか確認すべきだな。引き取ったはいいが死なせては寝覚めが悪い」

「そうだな。こいつ女だし、それはアシュリンに任せるか……しかし、罰をどうするかねえ」


 ちなみに鬼人の場合、戦士であれば盗みは刑法的には罪ではない(戦士階級以外は死刑)。

 戦士にとって盗まれる油断こそが罪であり、盗みは戦場で役立つ武術扱いだ。

 だが、他人の財を狙えば発見しだいに半殺しにされる。


 うちでも里内の盗みは半殺しでいいかもしれないが、今回はケースが違う。

 このドワーフは他の土地で盗みを働き、売られてきた犯罪者だ。

 ごちゃ混ぜ里で盗みを働いたわけではない。


 下手にムチ打ちとかで半殺しにしては引き取った意味がない。

 禁固も無意味だ。


「こいつの大きさの食べ物って、1人で食べたら何日くらいかな? 30日くらいか?」

「いや、40日はあるだろうさ」


 俺とスケサンの間をとって35日。

 35日間の強制労働、このくらいが無難ではなかろうか?


「見張りつきで35日の強制労働、その後は好きにさせる。どうだ?」

「ふうむ、軽くも感じるが『買われた奴婢は自らを購えば自由になれる』と考えれば妥当か」


 皆に確認したところ、35日は『軽い』という意見が多い。

 よく考えたら強制労働といっても皆が働いてるわけだし、35日間ここで暮らすだけである……たしかに軽い。


(まあ、いいか。厳罰が前例になっても困るしな)


 話がまとまりかけたとき、アシュリンが「わりと酷いケガだぞ」と教えてくれた。


「お、大きなケガは肋骨が折れてる。ふくらはぎに槍の刺し傷もあるな」

「ふむ、逃げるときに後ろから刺されたか――聞いているのだろう? そろそろタヌキ寝入りをやめよ」


 スケサンが声をかけると、ドワーフは不満げに目を開けた。


「聞いての通りだ。オヌシはここで自らを購うために35日間働くことになる」


 身を起こしたドワーフはスケサンに怯みを見せつつも無言だ。

 その態度はよいものではないが、経緯を考えればこんなものだろう。


「おい、名前は?」


 俺が訊ねると、ドワーフは「そんなのないよ」と自嘲し、ぶっきらぼうに答えた。

 なめた態度だが、相手にするのもバカらしい。


「そうか、ナイヨ。ここでは欲しいものは言え。やれるものならくれてやる」


 俺がわざと『ナイヨ』と呼ぶと周囲から失笑が漏れた。

 ドワーフの女はイラつき舌打ちするが、自分でいったことである。


「逃げたらどうすんだい? 足が治れば逃げるかもしれないよ? 縄で縛るのかい?」

「36日目の朝ならば不問にしよう。それ以前に逃げたのなら殺す」


 俺は『殺す』とハッキリ告げたが、これには反発はない。

 そもそも35日働くだけだ。

 逃げる意味は薄い。


「ふん、足が治れば逃げきってやるよ」

「その場合は腹いせに他のドワーフを見つけ次第に殺す。もう問答は無用だ、足の治療が終わり次第に畑を手伝え」


 俺が解散を告げると、バラバラと皆が散っていく。

 リザードマンたちも最後までつき合っていたが、ごちゃまぜ里の対応を見届けたのかもしれない。


 こうして、里に初めての法が生まれた。

 これからも必要に応じてできていくだろうか。




■■■■



盗みは罪ではない


メチャクチャにも思える鬼人の法律だが、これはスパルタの風習に近い。

古代スパルタでは子供に満足な食事を与えず『他人を出し抜く訓練』として食を盗ませた(しかし、当然ながら盗みが見つかればムチ打ちで半殺し、食料は取り上げ)ようだ。

また『闘争心を育むため』にチーズを巡って子供たちを戦わせたりしたらしい。

鬼人の子供も近い生活をしているのかもしれない。

欲しければ奪うのが鬼人なのだ。

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