34話 いろいろ珍しいものが手に入ったぞ
ヌーの隊商が帰ったあと、分けてもらったモノの品評会が始まった。
銅の斧、ヒエ酒、塩塊、染料(苔)だ。
少し無理をして色々交換したが、渡したのはここで生産できるものばかりだ。
なんとでもなるだろう。
女子供が喜ぶようなものまで手が回らなかったと思っていたが、意外と皆が興味津々らしい。
繊維の生産をするコナンが少量の染料をすりつぶし、水につけると黒っぽい色が出た。
これに繊維をつけると緑色に染まるというのだから不思議な話だ。
エルフの染料は樹皮を用いるもので茶色系統の色ばかり、これとは趣が異なる。
「これは……色々と試していくしかないな」
「別の色に染めた繊維を混ぜてもいいかもしれませんね」
コナンとフローラが熱心に繊維や糸を染料に浸けている。
この2人は理屈っぽくて試行錯誤が好きだ。
意外と仲がいいのである。
(まあ、本人同士がよければいいんだけど、長命種と短命種は難しいよなあ)
長命種は繁殖力の強い短命種を交配のために妾にすることはあっても、妻にすることは稀だ。
できればコナンやバーンにも嫁を迎えてやりたいが……ヌー隊商にそのあたりも頼んでみてもいいかもしれない。
コナンの隣ではウシカの子供たちが染料を手につけ、乾燥している窯入れ前の陶器にペタペタと落書きをしている。
「うむうむ、うまいぞ。これは虫だな、兄ウシカは絵心がある。弟ウシカはよく見るのだ、アシュリンには尻尾はないぞ」
「あはは、ひどいな! これはこうして――ゆ、弓にすればいい」
スケサンとアシュリンまで一緒になって遊んでいるが、あの皿を焼いたらどんな感じになるのだろう?
想像もつかない。
銅の斧頭はウシカとケハヤが柄をとりつけていた。
斧頭の穴に堅い木を突っ込み、逆からくさびを入れる。
「おっ、柄をつけてくれたのか?」
「ああ、我らの故郷は銅の道具はあまり使わぬゆえ珍しい、興味深い」
銅というやつは産地によって強度がかなり違う(※注)。
黄金に近い色の銅は磨かないと緑青が湧いて青っぽくなるから青銅と呼ばれる。
青銅が使えればよいのだが、この森の銅はかなり赤い。
つまり、赤銅だ。
赤銅はさほど強度がある金属ではないが、それは鍛鉄や青銅と比べればの話である。
十分に刃物になるし、武器としても使えるだろう。
「でも日常使いには少しもったいないよな?」
「ああ、貴重なものだからな。客を迎える礼装や戦のとき使うのがいいだろう」
ウシカたちの里では銅器は実用品ではなく祭具であったらしい。
光輝く金属を神聖視する文化はわりとある。
「うん、余裕があれば銅の鼎(足つきの鍋)も発注してみるか。便利だし」
かまどでは女ウシカが煮物を作り、モリーとピーターがお手伝いで塩塊を削っている。
慎ましく気が利く女ウシカは酒が来たことで宴になると思ったのだろう。
せっせと火を起こし、割った獣骨を煮込んでいる。
獣骨を煮込んだ汁に塩は抜群に合う。
干し魚やイモもあるし、今晩はごちそうである。
「女ウシカ、助かるよ。モリーとピーターも精が出るな」
「へへ、僕は食べ物を煮炊きするのが好きなんだよね」
ピーターがはにかみながら返事をした。
彼はまだまだ子供で体も小さいが、積極的に皆の手伝いをする働き者だ。
叔父のパーシーが家畜を連れてきたら一緒に世話をさせるのがよいかもしれない。
「お塩がたくさんあると色々できますよね。私たちの家族は肉を塩漬けにしてましたよ」
「姉ちゃんは煮物に幼虫が入るのが嫌だからね」
どうやらヤギ人には昆虫食の習慣がないらしい。
モリーとフローラは露骨に嫌がるが、ここに来たときに幼かったピーターは慣れたようだ。
こうして姉をからかう程度には虫も食べる。
「痛てっ! やめろよ!」
「アンタがケンカ売ってきたんでしょ! いい加減オネショやめなさいよっ!」
この姉弟は本当に仲がいい。
モリーは最近、角も伸びてきており徐々に大人になってきたようだ。
(モリーやフローラにもよい婿を探してやらねばなあ)
ヤギ人は大抵の場合、婚姻は家長が決めていたらしい。
だが、モリーたちの一族は壊滅しているし、この辺は臨機応変にやるしかないだろう。
(パーシーとかいうのは頼りないしな……本人同士が望むならまだしも、ちょっとオススメはできんな)
いつの間にか、ヤギ人の娘らにも情が移ってしまった。
(今のサイズじゃちょいと難しいが、大きくなってから俺が妾にしたら――アシュリンが嫌がるだろうな。やめとこう)
俺だって男だ。
女をはべらすような生活をしてみたいが……アシュリンはベルが寄ってきただけで目を三角にするのだ。
俺には妾をむかえて家庭の平和を保つ自信がない。
ぼんやりとしているうちに、いつの間にか日が暮れ食事のために皆が集まってきた。
今日は仕事にならなかったが、こんな日があってもいいだろう。
塩気の利いた食事に皆が舌鼓を打っている。
「塩か……魚を塩漬けにしたものを熟成させると我らが魚醤と呼ぶ調味液になる」
「生魚をか? どのくらい熟成させるんだ?」
ウシカによると、リザードマンは魚醤と呼ぶ調味液を作るらしい。
だが、1年以上塩漬けにした生魚から出た汁とは……挑戦に勇気が必要だ。
いつものようにモリーたちヤギ人が聖霊へのお供えとして、食事を少し取り分ける。
それをモリーがスケサンに供えると、スケサンは「いつもすまんな」と礼をいい、ウシカの子供らに与える。
よく分からないが、いつの間にか始まった光景だ。
誰も嫌がってないし、食事をしないスケサンも少し楽しそうだ。
皆で食事を終えるとお楽しみの酒である。
「ヒエ酒は飲んだことがない。楽しみだな」
ちいさな甕の蓋を外すと、独特の香りの濁った液体がなみなみと入っている。
よく見ると、液体にはぷちぷちと小さな泡がたっているようだ。
「では、早速」
俺は小さなお椀を甕に浸し、直接酒をくむ。
森に来てはじめての酒だ。
少し緊張しながら口に含むと、なんともいえない酸味と酒精の熱さを舌に感じた。
「たしかに酒だ。皆も飲んでくれ」
俺が促すと、皆がわらわらと甕に群がる。
酒は貴重品、滅多にないごちそうなのだ。
「……悪くないが、酸味が強いか?」
「噛み酒かも? 酒精は弱いな」
コナンとバーンが酒を飲みながらうんちくを垂れている。
面倒くさいやつらだ。
ウシカとケハヤは無言で飲んでいるが、これはリザードマンの嗜みらしい。
酒を飲んで言葉を放つと争いの種を撒くから無言で飲むのだそうだ。
理解できるし立派なことだとは思うが……少し素っ気ない気もする。
「さ、酒か、うちでも作れないかな?」
「ん? エルフは酒を作ってたのか?」
アシュリンが漏らした一言は聞き逃せないものがある。
酒作りが可能ならわざわざ買う必要もないし、量によっては売り物になりそうだ。
「うーん、エルフの里では作ってたぞ。で、でも長老たちの仕事で私たちはよく分からないんだ」
「どんな酒なんだ?」
アシュリンがいうにはハチミツを使った酒とブドウの実を使った酒を作っていたそうだ。
そういえば、かつてエルフの貢ぎ物に酒があったような気もする。
「作るとこは見たけど……ハチミツと祈りを捧げた清水を混ぜて、かまどの側に置いておくんだ。だ、だけどお祈りの言葉が分からないし……」
「ふうん、たしかにそれだけで酒ができるなら祈りが大切なんだろうな」
酒作りは神秘の技とされる。
祈りが秘技だとしても不思議はない。
「ブドウの実はどうだ?」
「うーん、ブドウの実をたくさん集めなきゃいけないから、これは滅多につくらないな。ぶ、ブドウをそのまま潰して甕に入れるんだけど、これもそれだけしか分からない」
いきなり酒が作れるようになる――そんなに甘い話はないということだろう。
みんなで小さな甕の酒を舐めると、すぐに空になってしまった。
モリーやフローラは耳を真っ赤にしているが、他はケロッとしている。
弱い酒だし、酔っぱらうほど量がないのだ。
「皆がこれだけ酒が好きなら作れるようになるといいな」
「う、うん。祈りの言葉をしっかり思い出せればいいんだけど……」
酒造はワイルドエルフの秘事だったらしく、族長の一族だったアシュリンしか見た記憶がないらしい。
コナンやバーンはまったく分からないのだそうだ。
「ふむ、リザードマンの嗜みではないが酒は理性を弱める働きがある。ワイルドエルフは皆が勝手に作りはじめ、酒浸りになるのを恐れたのだろう」
「なるほど。たしかに今日はなにも手につかなかった。こんな日ばかりでは困ってしまうな」
スケサンの言葉には皆が笑ってしまった。
たしかに酒は理性を弱めるかもしれないが、こうして楽しむぶんには構わないだろう。
「ヤギ人はお葬式のとき、近親者は酩酊するまでお酒を飲むんです。死者の言葉が聞こえるから」
フローラがポツリと呟いた。
「でも、お酒を飲んでも私には声が聞こえません。家族は生きてる」
「そうか、そうだな」
酒は日常の楽しみであり、身を持ち崩す毒であり、大切な祭具なのだ。
なんとかして酒作りをはじめたい。
俺は密かに決意をした。
■■■■
銅器
そのまま、銅でできた道具。
銅は柔らかくて武具などには使い物にならないという人もいるが、そんなことはない。
人類史において銅器を用いた時代を銅器時代といい、ちゃんと実用品として使われていたのだ。
アルプスで発見された青銅器時代以前の遺体は純度の高い銅の斧と石のナイフを所持していたことでも知られている。
(※注)もちろん、青銅とは銅と錫の合金のこと。
しかし、冶金の知識がないベルクは銅の産地の問題だと思い込んでいるらしい。
どこかの銅鉱山で不純物量の錫やアンチモンなどが含まれていた可能性も捨てきれないが、冶金は秘中の秘であるから嘘を教えられた可能性は大いにある。




