28話 ヤギ人ってどんなやつらだ?
「――と、いうわけなのだ」
朝食も終わろうかという時間にスケサンがふらりと戻ってきた。
姿が見えないと思っていたら、ずいぶんと遠出をしていたらしい。
森で困っていたヤギ人の子供たちを送り届けてきたそうだ。
事情を聞いたがなかなか面白い。
「しかし、なぜエルフはヤギ人と争ったんだ? この広い森でわざわざ他人の土地を奪うのか?」
俺が疑問を口にすると、エルフたちは気まずげな顔をしてこちらを見た。
「ベルクよ、エルフの土地を奪った我らではないか。忘れたのか?」
「つまり、俺たちに押し出されたから他とぶつかったのか?」
スケサンの言葉に俺は首をかしげた。
俺たちに追い出されて土地を移るのはわかる。
だが新しい土地を拓くのではなく、わざわざ多種族と戦を起こしてまで得たい土地とはなんだろう。
「ベルク様、人が生きるためには狩りや採取をする『ある程度の広さの土地』が必要です。それが重なると争いは起きます」
「そうっす。ベルク様が俺たちと揉めたのもそれっす」
コナンとバーンが複雑な顔で意見を添えてくれた。
なるほど、生きてくための狩り場が重なれば、話し合いなどで取り決めを作るよりも相手を追い出したほうが話は早い。
よく分かる理屈だ。
「それで、やっつけられたヤギ人を助けたわけか」
「成りゆきでな。子供がオオカミに食われるところなど見たくはないからな」
気のいいスケサンらしい行動だと思う。
聞けばまた様子を見に行くそうだ。
「なんか食い物もっていってやれよ。薬草はいるか?」
「すまぬな。大丈夫だとは思うが、合流した者が怪我をしているやもしれぬ。薬草も持っていこう」
スケサンが背負い籠に食べ物や薬草を用意すると、置いていかれると思ったのかウシカの子供らが鳴き声をあげた。
「ふむ、ならばオヌシらも入るがよい。柵の外を見せてやろう」
「な、なら毛皮を敷いてやる。寒いからな」
アシュリンが籠の内側を毛皮で包み、そっと子供らを入れる。
薬草と食料は別にまとめ「い、イタズラするんじゃないぞ」と子供らと共に納めた。
彼女は基本的に面倒見がよいのでウシカの子供らからも好かれている。
「すまぬな。では出かけてくるとしよう」
「スケサン、ヤギ人たちが嫌じゃなければ、こ、ここに呼んであげてもいいと思う……嫌じゃなければだけど」
アシュリンが長い耳をペタンと倒し、かたちのよい眉毛をハの字にしている。
どうやらスケサンが助けたヤギ人を襲ったのがエルフというのを気にしているようだ。
「うむ、本人らに決めさせるつもりだが、こちらに来たときは頼むぞ」
「わ、わかった。エルフが全員敵じゃないって教えてやる。こ、ここは種族で差別のない里だからなっ」
この言葉には感心した。
いつの間にかアシュリンは成長していたらしい。
今のところ食べ物にも余裕があるし、俺も受け入れには賛成だ。
スケサンも満足げにうなずき、籠を背負ってヤギ人のもとへ向かった。
(ヤギ人か、町じゃ見たことない種族だな)
獣人とひとくくりにしてしまうが、人間にごく近い姿のものから獣に近い種族まで様々だ。
残念ながら俺はヤギ人に会ったことがない。
どんなやつらなのか興味もある。
「エルフと争ったわけだし、ややこしいことにならなきゃいいんすけどね」
「来ると決まったわけじゃなし、いまから心配しても仕方ないさ」
バーンとコナンが心配しているが、これももっともな意見だ。
「今のところ余裕はあるし、俺は受け入れてもいいとは思う。ウシカはどう思う?」
俺が水を向けると、寡黙なリザードマンは「そうだな」と少し考えこんだ。
「……スケサンどのが連れてきた場合、親が殺されているということだ。時間はかかるかもしれぬ」
ウシカはあえて口にしなかったが、その場合はヤギ人を殺したのはワイルドエルフだ。
この言葉を聞いたアシュリンはムッと口をへの字に曲げた。
あまりよいムードではない。
「この話はここまでだ。さあ、仕事にかかろう」
俺が声をかけると、なんとなくその場は解散となる。
まだ来るかどうかも分からないヤギ人のことでケンカをすることもない。
今日の俺はウシカと共に家に柱をつけ足す作業だ。
今年の冬は雪が多いらしく、草ぶき屋根が潰されないための工夫らしい。
「なあ、ウシカはヤギ人て見たことあるか?」
作業の合間にウシカにたずねると、彼はそっけなく「ある」と答えた。
ウシカには愛想はないが、いつものことだ。
「どんなやつらなんだ? 問題を起こしそうな感じはあるか?」
「……体は小さい。角が生えている。獣を飼い慣らしている。獣の毛で服を作る」
ウシカの答えは実に客観的で面白い。
本当に見たままを伝えてくれているようだ。
「おっと、コイツは長すぎるな。斜めに入れるから気をつけてくれ」
「承知した」
目の悪いウシカは細かい作業はできないが、頭もいいし器用だ。
注意さえ促せば作業の補助も難なく行える。
「獣の毛で服か。アシュリンがやってるみたいなやつか?」
冬の間は畑もやることが少ないので、エルフたちは木の皮で繊維をつくり織物を始めていた。
ウシカはそっけなく「分からぬ」と答えたが、これは仕方ない。
どうやら、リザードマンには織物の文化がないようなのだ。
エルフの里では基本的に織物は女の仕事だったらしい。
コナンやバーンはほぐした樹皮を川にさらして繊維にすることは知っていたものの、それ以上は知らなかった。
問題のアシュリンは狩ばかりで織物はうろ覚えであったらしい。
なんとか思い出しながら進めているそうだ。
「いろいろはじめて作業場も手狭になったし、新しい建物が必要かもな。どう思う?」
「必要だろう。ヤギ人の住居とて必要になるかもしれぬ」
たしかにその通りだ。
冬の川に浸かるのはかなりおっくうだが、エルフの里跡から建材を集める必要があるだろう。
「よし、それなら俺が建材を集めるから、ウシカはコナンと家の造作を頼む」
雪対策の柱を増設し終え、俺はエルフの里跡へと向かった。
森は日陰が多く、道中は雪が残っている。
(今年は雪が多いとはいってたが、この程度なんだよな)
鬼人の国は雪深い北の山脈地帯にある。
軍にばかり力を入れていたのは、その立地のせいだろう。
この森は文明からは隔絶しているが、よく目をこらせば食料は豊かで争いはまれだ。
ワイルドエルフとヤギ人とて、なにごともなければ争わなかったはずだ。
だが、雪に閉ざされる北の大地では、そうはいかない。
欲しいものは奪わねばならないし、守りたければ争いに勝つしかない。
貧しい土地では強い軍隊こそが必要なのだろう。
自然や獣の驚異はあるが、ワイルドエルフもリザードマンも森で上手く順応して生きている。
鬼人の国は貧しい土地に順応した人々の姿だったのかもしれない。
(中にいたときは嫌で嫌でたまらなかったのにな)
外に出たことで故郷の理解が進むとは皮肉なことだ。
故郷では川は凍り、雪がつもる。
だが、ここでは常に濁った流れがあるだけだ。
川の様子ひとつとっただけでも、ここは故郷とはまるで違う。
冷たい川を渡ったことでセンチな気分になったのかもしれない。
放置されたエルフの里はかなり朽ちてきており、屋根の材料である草などはかなり状態が悪くなっている。
やはり人が住み、火を入れなければ建物はすぐに傷んでしまう。
(木材や壁土はまだしも、屋根はもう無理かもな)
このタイミングを外したら、もう屋根材は使えなかったかもしれない。
運がよかったのだろう。
俺が何度か往復し、ウシカとコナンが作業に入る、
この辺りの手順はもう慣れたものだ。
「新しい作業場にかまどを作って、こちらは食堂にしたいと思います」
「なんなら古い作業場を食堂にしてもいいぞ。任せるから使いやすいようにしてくれ」
建てる場所から任せているのだから、もうほとんどコナン頼りだ。
森の中での建築はワイルドエルフが詳しい。
できるやつがやればいいのだ。
適当に建材を集め、ついでにエルフの里跡でカンとよばれる果実を収穫した。
これは冬の間に成る変わった果実で、赤みがかった明るい黄色をしている。
長持ちするが酸味が強く、俺は苦手だ。
だが、エルフたちは大好物らしい。
カンの実を見ると、アシュリンはニコニコして食べる。
その様子が見たいので、俺も見つけたら持ち帰るようにしていた。
ちなみにウシカたちリザードマンは見向きもしないし、子供たちは果実を威嚇するほど嫌いだ。
アシュリンたちへの土産にといくつか収穫し、集落へ戻る。
すると、スケサンが見慣れないやつらと作業場で車座になっていた。
彼らがヤギ人なのだろう。
俺が近づくと、ヤギ人たちが明らかに怯えた様子を見せた。
子供たちだと聞いていたが小さい。
「もどったか、スケサン。彼らがヤギ人だな」
「うむ、子供が3人。あまり脅かさないでやってくれ」
俺はスケサンの言葉に肩をすくめて応えた。
脅したつもりなど全くない。
「それで、彼らはここで暮らすのか?」
「うむ、ことの顛末を話せば長くなるがな」
どうやらスケサンが戻ったときには1人合流して3人になっていたらしい。
俺は脅かさないようにちらりと横目でヤギ人たちを観察した。
ヤギ人の見た目はかなり人に近い。
特徴的な角や瞳のかたちはヤギそのものに近く、足は蹄のようだ。
なにより着ている服がモコモコとして暖かそうにみえる。
俺が観察していると、視線に気がついたのか3人は身を寄せ合うように縮こまった。
(そんなに怖がらなくてもいいんだが……スケサンに注意されたばかりだし、やめとこう)
俺はじろじろと眺めるのをやめ、籠からカンの実を3つ取り出した。
「これ、食うか?」
1つずつ放り投げると、ヤギ人たちは戸惑いながらに受け取り、ウシカの子供が「シィーッ!」と威嚇音を放っていた。
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カンの実
柑橘類のカン。
ワイルドな品種なので、皮は分厚く種も多い。
エルフが好んで食べるが、肥料などもあたえていないため、味は苦味や酸味が強くイマイチ。
他の種族は食べない者も多い。




