23話 猛獣狩り
「ふむ、ヤガー……ネコ型の大型獣か。獅子と同等のサイズ仮定しても、森に潜まれては危険だな」
スケサンもヤガーを知らないようだが、その脅威を感じているようだ。
「そうすね、俺とベルク様とアシュリン様とスケサンでかかるとして――」
「いや、アシュリンは不参加だ」
俺はバーンの言葉をさえぎるように発言した。
すぐにアシュリンがキッとこちらを睨みつけてくる。
「な、なんでだっ! 私を侮るとベルクでもゆるさないぞっ!」
彼女は一人前の狩人なのだ。
侮辱されたと思い、目を三角にして怒っている。
「勘違いするなよ。アシュリンは俺の妻だろ?」
「お、女だからダメって言うのかっ!」
アシュリンは完全に頭に血が上っていて話が通じない。
スケサンがいっていた感情で会話をするということが裏目に出てるようだ。
「アシュリン、話を聞かないならあっちに行け。話の邪魔だ」
売り言葉に買い言葉、こうなると子供の口喧嘩と変わらない。
しばらくアシュリンが泣いて怒っていたが、こればかりは俺も譲るわけにはいかない。
アシュリンは俺の妻であり、エルフのまとめ役だ。
スケサンを除けば、俺が動けなくなったときは彼女が皆をまとめねばならない。
ヤガーという危険がある。
少人数だからこそ、皆でまとまらなければ一人ずつ狩られていくだけだ。
彼女が俺と一緒に危険をおかすのはリスクが高すぎる。
鬼人の国では王と副王は同じ戦場には立たない。
これらを説明したいのだが、当のアシュリンは「私のこと愛してないんだっ」とか「あの言葉も嘘だったんだろ」などと支離滅裂なことばかりいっており取りつく島もない。
「やめよ、いまのはベルクの物言いが悪い。アシュリンに謝るのだ」
しばらく皆から生暖かい視線を集めながら喧嘩をしていたが、見かねたスケサンが仲裁に入った。
「そ、そうだっ! ベルクがひどいぞっ!」
「やめよアシュリン。オヌシはなお悪い。ベルクはこの地の長である。話に耳を傾けぬばかりか衆目の前で罵るとはなにごとか」
スケサンにたしなめられてなおアシュリンは「だって」と頬を膨らませた。
「オヌシの言動はこの地の秩序を乱すことに他ならぬ。罪を問わねばなるまいな――」
「もういいスケサン。そんなに脅かさないでやってくれ」
スケサンの言葉をさえぎり、次は俺が仲裁に入る。
こんなとこで仲間割れしても意味がない。
「ふむ、オヌシが許すのならば問題はない」
俺が一声かけると、スケサンは思いの外あっさりと引いた。
おそらくは、この場を治めるために一芝居してくれたのだ。
スケサンに叱られたアシュリンはぐっと言葉を飲み込んで黙り込んでいる。
「すまん、気を使わせたな」
「気にするな、それよりヤガーだ。私はヤガーは知らぬ。知らぬゆえに見通しが立たぬ」
たしかに相手を知らないのは不安だが、もう巣穴の位置は目処がたっている。
あとは伸るか反るかの勝負だ。
「まじかー、断言しますが俺は1人じゃヤガーに勝てませんよ。逃げた方がよくないっすか?」
「ここで逃げても逃げた先にヤガーが来たらどうする?戦うのが楽だろ」
バーンはブツクサいってるが、森のなかはどこも似たり寄ったりだろう。
逃げた先にも危険は必ずある。
「カメの甲羅で盾でも作るか?」
「いやー、厳しいっすよ」
話は徐々に雑談になり、適当に解散した。
深刻になりすぎても仕方ないし、これでいい。
ふてくされたアシュリンは隅っこの方でなにかしてたが、そっとしておいた。
夜はいつも通り一緒に寝たし、機嫌は治ったのだろう。
☆★☆☆
翌日、早い時間に身支度をした。
天気はあいにくの雨、足跡は消えてしまったかもしれない。
ヤガーは夜行性らしく、明るい時間は巣穴に戻るからだ。
「こ、これ作ったから」
複雑な表情をしたアシュリンがなにかを差し出してきた。
見ればなめし革の籠手とすね当てである。
「これを作ってくれてたのか。ありがとう、早速つけていいか?」
「や、ヤガーの牙を防げるようなモノではないけど」
たしかに革と革ひもを組み合わせただけのモノだ。
防具としては心もとないが、あるのとないのは大違いだ。
「えー、俺にはないんすか?」
にやにや笑いながら寄ってきたバーンが、俺と同じモノを投げつけられていた。
なんだかんだでアシュリンは面倒見がよいのだ。
「ベルク様、槍です。ヤガーに矢は通じません」
「分かった。何本か持っていこう」
コナンの忠告を聞き入れ、槍を束ねて掴む。
4本だ。
バーンの槍3本と合わせてぶちこめば、どんなバケモノでも動けなくなるだろう。
「俺とスケサンはヤガーを知らないからな。バーンが頼りだぞ」
「まじっすか……探して歩く感じすよね」
なんだかんだでバーンもすね当てと籠手を身につけている。
最悪、俺とスケサンで行くことも考えていたが杞憂だったようだ。
「き、気をつけてな。ヤガーは隠れるのがうまいぞ」
「私もヤガー狩りは参加したことありますが、危険な相手です。バーンも気をつけてな」
アシュリンとコナンが心配をして声をかけてくれる。
「それじゃ、行ってくるよ」
なるべく心配をかけたくない。
俺は意識して自然に出発した。
「やっぱあれっすか。ベルク様は強いから怖くないんすか?」
「そんなわけあるか、知らない怪物と戦うんだ。怖いに決まってるさ」
バーンとむだ話をしながら雨の森を歩く。
先頭はスケサン、少し離れて俺たちがついていく形だ。
「ここだな。昨日の足跡は薄いが見つけることができそうだ」
「なるほど、これはヤガーすね。ヤガーは子供でも足がしっかりしてるから個体の大きさはよくわからんす。でも小さくはないっすよ」
スケサンとバーンが足跡を観察している。
俺はこの手のことは及ばないし、追跡は2人に任せるかたちになるだろう。
(なら、俺のやることは決まってくるな)
不意の事態に備えるのが俺の役割だろう。
下に気をとられている2人の護衛だ。
俺は周囲を警戒し、体をほぐすためにアゴや手足の指を細かく動かす。
特になにごともなく、俺たちは岩場まで歩を進めた。
ここはアシュリンもヤガーの巣穴があると予想していた場所だ。
岩場のため、足跡からの追跡はここで終わる。
「バーン、この先に洞穴がある。スケサンはそこにいたんだ」
「へえ、洞穴に住んでたんすね。見にいきましょうか?」
確認に向かったスケサンの洞穴はいつも通りだ。
相変わらずコウモリの糞で悪臭を放っている。
「……うむ、ここはコウモリの巣のままだな」
「うーん、巣穴としては悪くないですが、この臭いは嫌がるでしょうね」
どうやら外れだ。
だが、ここは岩だなや岩場の裂け目はいくらでもある。
「雨がふってるのはアタリっすよ。濡れてない場所がすぐに見つけれるし」
「そうか。バーンが目星をつけたところを私が先行しよう。ベルクは周囲を警戒してくれ」
洞穴を離れ、バーンは大きくせりだした岩だなに目をつけた。
岩だなの影はえぐれて小さな洞穴のようになっているようだ。
「あれは怪しいっすよ」
「火が使えれば燻りだすこともできるのだろうがな」
この雨では火を起こすことは難しい。
危険だがスケサンが近づき、様子を窺うことにした。
「ヤガーと争いになれば、私と共に槍で突け。バーンは知らぬだろうが、私の体は代えが利くのだ」
スケサンが岩だなに近づき、穴に身を寄せると唸り声と共に獣が飛び出した。
「ヤガーっす!」
バーンの叫びより獣が早い。
ヤガーは体勢を崩していたスケサンに飛びかかり、上から抑えつける。
ヤマネコに似たまだら模様の肉食獣だ。
だが、スケサンも巧みに体勢を入れかえて揉み合いになる。
完全な不意打ちをしのぐ見事な戦いぶりだ。
「今だ! やれっ!」
「おおおっ! 任せろっ!!」
俺の繰り出した槍は揉み合うスケサンごとヤガーを貫き、地に縫いつける。
(よし、とった!)
勝利への慢心か、はたまた目の前の敵に精一杯だったか、俺は完全に周囲への警戒を忘れていた。
「ベルクっ! 後ろだ!!」
スケサンの声に反応し、振り返る。
すると自分に襲いかかってくる巨大なヤガーが視界に飛び込んできた。
俺よりも大きな姿だ。
(こいつが母親か!!)
全てがスローモーションのようにゆっくりと見える。
両前足を振り上げ、牙をむき出しにしたヤガーの攻撃は、もはや躱わすことはできない。
(死んでたまるかよっ!!)
俺はとっさに槍を捨て、ヤガーに飛びかかった。
「うおおおおおっ!!」
自ら前に出たことでヤガーの牙をくぐり抜け、両手でヤガーの胴体を締め上げるかたちとなる。
ヤガーは狂ったように前足を振り回し、俺の肩や背に鎌のような爪を突き立てた。
背にヒヤリとした爪の感触と焼けるような痛みを感じる、だが逃すわけにはいかない。
「おおおおおおっ!!」
力任せに胴を締めつけるとバキバキと嫌な感触が伝わり、ヤガーが俺から逃れるように身をよじる。
最後にボキンと鈍い音と共に、ヤガーは血の泡を吐いて動かなくなった。
「ベルク様っ! スケサン! 大丈夫すか!?」
バーンの声が聞こえる。
どうやら無事だったようだ。
力を失った母ヤガーの体はずっしりと重い。
俺はそれを横たえ「見事だ」とヤガーの戦いを称えた。
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革の籠手、すね当て
いわゆる手甲脚絆。
アシュリンが作ったものは、なめし革と革ひもを組み合わせたシンプルなものだ。
だが、これがあるとないでは大違い。
弓の弦が手にあたると大変痛いため、手甲はこれを防ぐことにも使える。
また、すね当ては強く縛ることでうっ血を防ぎ、長時間歩けるようになる。
すね当てというよりゲートルと呼ぶほうが馴染みがあるかもしれない。
もちろん森の枝などを引っ掻けるケガなどを防ぐ防具としても有効。
ただし、戦闘で用いるには心もとない。