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21話 セカンドライフの骨

 スケサンの朝は早い。

 と、いうよりも寝ない。


 とはいえ、鹿の体ではできることは限られているので、夜中は軽く見回りをして作業場で待機している。

 たまには遠出もするが、それも気分次第だ。


 睡眠をとらない彼が夜中に食料などを集めることも考えた。

 だが、ベルクと仲間たちは立派な成人である。

 干渉はアドバイス程度にすべきだとスケサンは感じていた。


 1人でぼんやりと日が昇るのを待っていると、昔のことを思い出す。


 聖霊王と呼ばれる存在に呼び出され、鍛えられ、魔石を授かり、名を与えられた。

 いまでは遠い記憶だが、仲間と過ごした時間は楽しい日々だったのだろう。


 侵入者に敗れ、長い時を孤独に過ごした。


 そしてベルクと出会い、外に出てみればまるで原始の世界だ。

 自分達の文明は神話よりも過去のものとなり、その痕跡すら誰も知らない。


(ひょっとしたら、ここは違う世界なのかもしれぬ)


 まれに、違う世界からまぎれ込む者がいると聞いたことがある。

 もしや自分がそうなのではないか……そんなことをぼんやりと考えていると、リザードマンのウシカが起きてきた。

 まだ日の出前だ。


「早いなウシカ」

「スケサンどのこそ」


 この目を悪くしたリザードマンの妻は出産のために巣籠もりをしている。

 感心なことにウシカは妻のため、毎朝早くに川の水を汲みに行くのだ。


「同行しよう、私に掴まれ。昨夜の雨でぬかるんでいるぞ」

「かたじけない」


 このウシカは目こそ悪いが、迎え入れられたことに感謝し懸命に働いている。

 スケサンにとっては好ましい性質の持ち主だ。

 そして夫婦でいたわりあい助け合う様子はベルクたちにもよい影響を与えている。


 ゆっくりとした足取りで川に向かう。

 水をくみ、戻ると日が昇っていた。


 コナンとバーンが作業場の火を起こしている。


「おはようございます」

「スケサンはいつも早起きっすね」


 コナンとバーンが個性を出して挨拶をする。


 このエルフたちはベルクと縄張り争いをし、結果として里から放逐された経緯がある。

 単独では生きていけぬと判断し、ベルクの仲間に加わった。


 そうしたこともあり、バーンには隠しきれぬ不満が見えていたのだが……いまではベルクの鷹揚な態度に触れすっかり打ち解けた。


 一方のコナンはベルクとの争いで肩を砕かれたこともあり、ある意味で割りきった態度を見せていた。

 狩猟採取のワイルドエルフ社会では、利き腕が上がらなくなった若者には居場所がないのだ。


 その点、人手がないここでは肩が悪かろうが、目が悪かろうが、仕事にはこと欠かない。


(バーンはまだしも、コナンはここに来てよかったかもしれぬな)


 いまは2人ともすっかり馴染んだ。


「うむ、おはよう。食事を温めておいてくれるか? 私はベルクを起こしてこよう」


 スケサンはエルフ2人と簡単な挨拶をし、ベルクの寝る小屋に向かう。

 小屋は簡素な造りでドアもない。


 スケサンが小屋に入ると、足の壊れたベッドと床で転がる裸の若い男女が確認できた。

 ベルクと妻のアシュリンだ。


 この2人は遅くまで(むつみ)あっているので朝に弱い。

 先日、とうとう夜中にベッドを壊してしまい大騒ぎをしていた。


「起きよ、久しぶりに晴れた。狩に出なくてはならぬ」


 スケサンが声をかけると、若い2人はすぐに目が覚めたようだ。


「あー、よく寝たな。おはようスケサン、アシュリン」

「うん、お、おはよう」


 惜しげもなく健康的な裸体を晒す2人はくったくなく笑い、身を寄せあっている。

 互いに身を離すのが惜しいようだ。


 アシュリンはベルクの妻、ワイルドエルフの貴種らしい。

 はじめこそベルクといがみ合っていたが、一線を越えた今ではすっかり夫に夢中の様子だ。

 彼女には少し吃音があるようだが、コミュニケーションをとるのに不具合はない。

 ここにいるエルフたちのリーダーのような存在である。


(この娘には早く子を成して欲しいものだ)


 鷹揚でものごとにこだわらぬベルクと、明るくほがらかなアシュリン。

 実に似合いの夫婦だ。

 2人に子供が生まれればなんと素晴らしいことであろうか、スケサンは常々そう考えていた。


 ほどなくして巣籠もりをしている女ウシカを除き、皆が集まった。

 彼らは簡単な食事をしながら今日の予定を話し合っている。


「き、今日は久しぶりに雨がやんだから遠くに狩に出たいぞ」

「そうすね、雨季の猟果は読みづらいっす。明日の不猟を見越して天気のいい日に多めに獲らなくちゃ」


 ウシカが来てよりアシュリンとバーンは狩りの担当だ。

 リザードマンとのいざこざを避けるため、雨季は川の漁をしない。

 バーンは少々不安定な食料事情を心配しているようだ。


(イモの栽培が軌道にのれば多少は安定するのだろうがな)


 畑作に頼るのではなく、狩猟採取と平行する形が無難だろう。

 だが、まだ畑は森を拓く段階だ。

 安定した収穫は、まだまだ先になるだろう。


「なら、今日は柵の中での作業にしましょう。矢の補充に皮なめし、薪も割りたいです。なにより私とウシカが留守番すれば4人が狩に出れます」

「すまぬ、雨季が終わり、しばらくすれば子が歩けるようになる。さすれば妻も仕事ができるようになる」


 リザードマンは産卵の直後に孵化し、歩けるようになるまで母親が巣籠もりして子を守るそうだ。

 その間は全くの無防備になる。


 その事情を知ったコナンが気づかい、留守番を申し出たのだ。

 そしてウシカは素直に頭を下げて感謝を伝えている。


 初めこそエルフたちはリザードマンのウシカを警戒していたが、いまではこうして助け合っているのだ。

 その姿を見てスケサンは大いに満足した。


「よし、決まったな。今日は4人で狩りだ。皆でやるか、それともバラけるか」

「あ、ならスケサンと俺で。アシュリン様もそれがいいでしょ?」


 バーンがアシュリンをからかっているが、これは彼なりの気づかいなのだ。

 アシュリンも文句をいいながら口元がゆるんでいる。


「2人なら大物狙いじゃなくていいな」

「うむ、オヌシならともかく、いまの私とバーンだけでは大きな獲物は運べぬよ」


 ベルクは淡々と籠と槍を用意し、狩り仕度を整える。


 スケサンが見るところ、この青年には大いに見所がある。

 鬼人の出身と聞いたが、恐らく鬼人とはオーガ種だ。

 混血が進み、オーガにしては体格も小ぶりで角もない。

 そのことで故郷で嫌な思いをしたようだが、スケサンからいわせれば馬鹿らしい話だ。


(私に体さえあれば、この若者を鍛えてみたいものだ)


 スケサンは初めて会った時よりベルクの資質に光るものがあると感じていた。

 体格は他のオーガ種にはかなわぬかも知れない……だが、それに勝る知性がある。

 戦いの前の冷静な判断、いざ戦いとなれば果敢な進退。

 狡猾な用心深さも持ち合わせている。


 そしてなにより仲間への高潔なふるまいはどうだ。

 スケサンが知るかぎり、ベルクが独り占めや横暴なふるまいをしたことはない。


 これは得難い資質だ。

 体格など、戦技や連携でいくらでも補える。

 だが、人品は教えることができないのだ。


「どうした? スケサン」

「……いや、ウシカの子も気になるがな。早くオヌシとアシュリンの子をこの老骨に抱かせてくれ」


 スケサンが誤魔化したその一言にベルクは鼻白む。


「いや、そうはいうが鬼人とエルフじゃ――」

「そうだな。今日も励むのだ」


 こうして今日も、スケサンの賑やかな1日が始まる。


(夢の時間なのやも知れぬな)


 洞穴で転がっていた時、思い焦がれた世界がここにある。

 スケサンは自分の口元がゆるむのを感じていた。




■■■■



リザードマンの産卵


リザードマンは卵胎生に近い生態をもっており、産卵直後に孵化し25~40センチていどの幼体が産まれる。

幼体は産まれた直後に這いまわることができ、およそ2ヶ月ほどで直立して歩き回るようになる。

母体は子供の生存率を高めるため、2ヶ月の間はつききりで子供を守り育てるようだ。

リザードマンは鬼人やエルフと違い短命種であり、性成熟は13~15年ていど。


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