18話 リザードマンの事情
しばらく歩き、少し離れた位置から以前の住居を確認する。
たしかにリザードマンらしき人影がいるようだ。
「アシュリンたちは風下に回り込んでくれ。他のリザードマンがいないと決めつけるな。ゆっくりでいいぞ」
俺が指示を出すと、3人のエルフたちは音もたてずに森に溶け込んでいった。
「ふむ、よい指示だ。慣れているな」
「まさか。教わったようにしただけさ」
俺の言葉にスケサンが「ほう、将器があるな」と感心している。
「教わったことを状況にあわせ使いこなすのは才能だ。オヌシは大器だぞ」
「あまり褒めるなよ。油断してしまう」
俺とスケサンが軽口を叩いていると、回り込んだアシュリンたちが配置についたらしい。
物陰から弓をふって合図をしている。
「よし、行くか」
俺はわざとガサガサと物音をたててリザードマンに近づいた。
リザードマンは少し慌てた様子で槍のような武器をこちらに向けたが、どうも様子がおかしい。
どこか槍の先が定まっていない。
(はて、武器を持ったこともない逃亡奴隷か?)
直立したトカゲのような独特の外見から表情は読みがたい。
だが、戦意はあまりないようだ。
リザードマンは二股に別れた槍を持ち、毛皮でできた服を身につけている。
「まて、無意味に争うつもりはない。この家は俺たちが作ったものなんだ。何か用があるのか?」
俺の言葉にもリザードマンは反応せず、二股に別れた槍の穂先をピタリとこちらに合わせる。
その構えは堂に入っており、俺を驚かせた。
「ふむ、目を痛めているな。安心せよ、我らはむやみに争わぬ」
スケサンの言葉で気がついた。
このリザードマンは目があまり見えていないようだ。
先ほどの定まらぬ槍先はこちらの姿が見えなかったのかもしれない。
「まて、争わぬならそこで止まってほしい」
「分かった。ここで話そう」
俺たちは歩みをとめ、リザードマンと向き合う。
家の中にもう1人いるようだが、こちらは顔を出さないようだ。
「我が名はウシカ。川の上から来た」
「そうか。俺はラシードの子、ベルク。こちらはスケサン。この近くに居を構えている」
俺の言葉を聞き、ウシカは
爬虫類っぽい動きで首をかしげた。
「貴殿らは種が違うように見受けるが、群れを成しているのか?」
「そうさ。俺は鬼人、スケサンはスケルトン、仲間は他にもいるがエルフだ」
俺の言葉にウシカが「なんと……!」と絶句している。
たしかに森では珍しいことなのだろう。
ただ、外の都市ではさまざまな種族が入り乱れて生活していたので、俺に異種族に対する違和感は少ない。
「ふむ……そんなことがあるのか」
「次はこちらから聞きたい。ウシカさんはここで何をしてたんだ? いや、責めるわけじゃない。そう構えないでほしい」
俺は長剣を地におき、敵意のないことをアピールする。
まだ腰に棍棒があるが、誠意を示すポーズである。
これを見てウシカも槍の先を地に向けた。
警戒は解かないが、敵意はないと見てよい。
ウシカはポツリ、ポツリと事情を話し始めた。
漁の事故で片目を失い、残りの目も徐々に見えなくなってきたこと。
視力をほぼ失い、狩りや漁ができなくなり虫や芋などで糊口をしのいでいたこと。
そんな状況で夫人の懐妊を知りいよいよ生活に行き詰まり、思いきって川を下ったこと。
「失礼だが、奥方が懐妊したのに集落をでたのかね?」
スケサンが疑問を口にした。
たしかに、普通は逆の気もする。
「我らは雨季に産卵するのだが、その間の女は巣に籠り卵を守るために動けなくなる。男は里を守り、夫らは食を求めて総出で狩猟をするのだが……盲た我では狩にも加われず、産卵期の狩に加わらなければ同族の支援は受けられぬ」
なるほど、なにやらリザードマンの風習が関係しているようだ。
産卵後は女が巣籠もりし、それを男が守るために人手が少なくなる。
子供を守るには優れた仕組みだが、少ない人数で集落を支えるのは大変だろう。
「ここまで川を下ったところで妻が動けなくなった。申しわけないが、空き家と見てここに入った」
「む、奥さんの具合が悪いのか?」
俺が尋ねると、中から痩せたリザードマンが出てきた。
見た目からは判断しがたいが女性なのだろう。
「妻だ。元々の食が足りていない上に身重の体に無理をさせてしまった」
ちなみに奥さんの名前を尋ねたら「ウシカ」という答えが返ってきた。
どうやらウシカの家のものは全員がウシカらしい。
特別に区別するときは「女ウシカと呼べ」と説明されたが、これも文化だろう。
「頼みがある。我らを貴殿らの群れに加えて貰えまいか? むろんタダではない」
ウシカは槍を捨て、家の中から何かを掴み出してきた。
見れば見たことあるような芋だ。
「森イモだ。我はこのイモを増やす術を知っている。それを伝えよう」
この言葉に俺とスケサンは顔を見合わせた。
農耕だ。
森に適応し、狩猟と採集のみで食を賄っていたワイルドエルフとは違い、リザードマンは農耕民族なのだろか。
それを尋ねると、ウシカからは「否」との返答があった。
狩猟や漁のできなくなった彼が工夫をした技術のようだ。
「すごいな。スケサンはどう思う?」
「悪くない、が……問題が1つあろう」
スケサンにうながされ、俺はなぜここに来たのか思い出した。
リザードマンの襲撃についてスッカリ忘れていた。
「すまんが、1つだけ確認させてくれ。俺の仲間は雨季のリザードマンが人を襲うと恐れている。それが本当か教えてくれないか」
「……半ば本当だ。先ほどいったように雨季になると食を求めて川を下る。好んで人を狩るわけではないが、必要な食がなければ狩ることもある」
ウシカは「人は知恵があり、報復が執拗だ。狙いたい獲物ではない」と説明した。
彼によると泳ぎが巧みなリザードマンたちは川を素早く移動して狩猟を行うそうだ。
たまたま不猟のリザードマンたちと、水辺で作業していたエルフが鉢合わせて狙われたのかもしれない。
好んで人を襲わないのであれば特に問題はない。
盲目のウシカと身重の妻が脅威になるとは考えづらいし、策略の可能性も低いだろう。
「スケサン、俺は悪くない話だと思うがアシュリンたちがどう思うかだな」
「うむ、私も同感だ。それに――」
スケサンがウシカ夫妻を見つめて何度も頷く。
目が悪いためかウシカは無反応だが、妻の女ウシカはスケサンに戸惑っているようだ。
しかし、当の本人には気にした様子はない。
「生まれや境遇で差別されない国をつくるのだろう?」
スケサンはニヤリと笑いこちらを見る。
骨なのに最近は表情がなんとなく理解できるようになってきたみたいだ。
「うーん、そんなに大げさな話じゃないんだけど」
俺が苦笑し、頭をかくとスケサンは「違わんさ」とアゴをしゃくった。
その示す先にはアシュリンたちがいる……意見を聞けといいたいのだろう。
「ウシカさん、俺は迎え入れたいと思う。だけど他の仲間にも聞く必要がある。ここに呼んでいいだろうか?」
俺はウシカに確認し、了承を得るとアシュリンたちの射線を遮るように位置を変えた。
そそっかしいアシュリンが俺からの合図だと勘違いして矢を放つかもしれないからだ……考え過ぎだろうか。
俺が大きく手を振って呼びかけると、すぐに3人は姿を現した。
「すまない、念のために射手を配していた」
「それは当然の用心だ。気にしていない」
リザードマンであるウシカの表情は読み取りづらく、言葉に抑揚も少ない。
言葉通りに受け取ってよいものか難しいところだ。
ほどなくして緊張の面持ちで現れた3人をウシカ夫妻に紹介する。
「こちらが順にアシュリン、バーン、コナンだ。アシュリンは、その……俺の妻だ」
俺の言葉を聞き、アシュリンは満面の笑みで「里長ベルクの『妻』アシュリンだ」と重ねて自己紹介した。
心なしか妻の部分が強調されている気がする。
「こちらはウシカ夫妻だ。まずは彼らの事情を聞いてほしい」
俺は順にウシカの目のことや、奥さんの懐妊のことを3人に伝える。
そして最後に「彼らを迎え入れたいと思うがどうか?」と尋ねた。
3人の反応は一言で表情すれば『戸惑い』だろうか、互いに顔を見合わせている。
「イモの栽培とはそれほど大切なことなのでしょうか?彼らの窮地は理解できますが――」
コナンがためらいがちに声を発した。
バーンも同意見のようで軽く頷いている。
俺がどうしたもんかと考えていると、スケサンが「少しいいかね?」と口を開いた。
「ベルクはな、ウシカどのの境遇に自らを重ねたのだ。わかるか、アシュリン」
なぜかスケサンはアシュリンに問いかける。
彼女は理解が追いつかないようで、小首をかしげてアゴに人差し指をあてた。
「わからぬか? ベルクはな、自らに何かあったときに身重のオヌシが苦しむ姿を想像したのだ。すると居ても立ってもいられず、ウシカどのらの保護を申し出た。身重の女が苦しむ姿を見たくない――つまりはオヌシへの思いゆえのことだ」
アシュリンは強い衝撃を受けたように体を直立させ、目を見開いた。
視線の先には女ウシカがいる。
「な、なにも心配することはない。あなたたちを里に迎えたなら、産まれる子は里の子供だ。お、夫のベルクはきっと子を守ってくれる。私も手伝わせてくれ」
アシュリンはとびきりよそゆきの顔をして、女ウシカの手をとり「丈夫な子を産むんだぞ」と優しく微笑んだ。
コナンとバーンは顔を見合わせ困惑しているが、多数決ならば3対2である。
ここは飲んでもらうしかない。
「衆議を制するのは多数の味方を作るのではなく、声の大きな影響力のある者を狙うのだ。今回ならばアシュリンだ」
スケサンがニヤリと笑い、俺にだけ聞こえるボリュームで話しかけてきた。
「いいか、アシュリンのような女には理で説くのではなく、情に訴えよ。覚えたか」
「ああ、参考になる。ありがとう」
俺はそっけなく礼をのべたが、スケサンはまんざらでもなさそうに喜んだ。
本当に得体の知れない骨である。
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ウシカ
リザードマンの男性。
狩りや漁で身を立てていたが、事故で視力をほとんど失ってしまった。
そこからは同族の支援を受けながら細々と暮らしていたようだが、雨季の狩猟に参加できず妻と共に里を出た。
元々、リザードマンは採集したイモを少し戻すとまた収穫ができることを知っていたが、ウシカはそれを自分の畑で再現することに成功したらしい。
ちなみにリザードマンの名前は一家皆が同じ名前を名乗る。
呼びわけが必要な場合のみ、ウシカの妻は女ウシカ、ウシカの子は子ウシカといった具合に呼びわけをするようだ。
ちなみに兄弟が増えると兄ウシカ、弟ウシカ、姉ウシカ、妹ウシカのように呼称する。